いくら時が戻っても

ちくわぶ(まるどらむぎ)

文字の大きさ
上 下
12 / 15

絶望

しおりを挟む



結婚式《だった》日の夜だ。

俺は一人、家の中にいた。

《前回》の今頃はフェリと二人で食事をしていた。

それが《今》は、薄暗い家に俺一人だ。


《前回》フェリが立っていた台所を見る。

――「今日はセディクの好きな物ばかりよ」――

そう言って笑って、フェリが作ってくれた料理はどれも美味しかった。


ふと、思い出した。

そういえば……
《あの日》フェリが使っていた鍋や食器は真新しい物だったな。

プロポーズから結婚までひと月。
何も買い揃えていないと思っていたが……買ったのだったか?

違う。
俺は買いに行った記憶はない。
だから買ったのはフェリだ。

フェリが買い揃えたんだ。
俺との生活のために。

いつ買いに行ったんだろう……。

休日は式の準備をしていたはずだ。
飾る花やら招待状やら。
俺は全くわからなくて《フェリの好きなものにしていい》と任せたから。

なら平日の、仕事の合間に行ったのか。
必要な物を買い揃えに。

なんで言わなかったんだ。
言ってくれれば俺も手伝ったのに。

―――いや。
俺は《独身最後なんだから許してくれ》と毎日のように遊び仲間と飲み歩いていた。
言えたはずもないか……。


だいたい、プロポーズから結婚までが早すぎたんだ。
もっと時間をかけていればゆっくり準備ができたのに。

―――あれ?
そういや、なんでそんなに早く結婚したんだ?

ああ。
俺が言い出したんだ。

フェリを誰かに――《ご次男様》に取られるのが怖くて。
さっさとフェリを自分のものにしてしまいたくて。

互いの親もフェリも、早すぎると言ったけど俺は聞き入れなかった。


俺のせいか。


乾いた笑いが出た。
俺は……いつもそんなだったのか。


俺が頑なに《早く結婚を》なんて言わなければ、もっと準備する時間があった。

結婚式でも、母親から借りたドレスじゃなくて。
作ったウエディングドレスを着せてやれたのに。

そうだ。

作るように言ってやれば良かった。
母親から借りたのより、ずっとフェリに似合うドレスが出来上がったはずだ。

そうだな。例えば……
娘のリリが小さい頃、どこからか持ち出してきた作りかけのウエディングドレスのような、清楚な―――。

あれ?

「リリにウエディングドレスなんてまだ早すぎるだろ」と大笑いしたけど。
……なんでフェリはウェディングドレスなんか作っていたんだろう。

大人になったリリのドレスなんか作れるのか?

子どもを見れば大人になった時の服のサイズがわかるのか?
いや……そんなわけは―――

―――待てよ。
フェリが家で、ドレスを作っていたところなんか見たことがない。
置いてあるところも……見たことがない。なら。

《いつ》作っていたんだ?
あのウエディングドレス。

《誰の》だったんだ?
本当にリリのか?

…………まさか……あれは……フェリの……?

作っていたのか?結婚前に。
自分のウエディングドレスを。

間に合わなかったのか?
結婚式がプロポーズからひと月後、なんて早かったから。

いや。
でも《ひと月しかない》のはフェリもわかっていたはずだ。

それでも作り始めた。

間に合うと思ったから作り始めたはずだ。
なのに間に合わなかった。

なんでそんな……

―――ああ。

フェリは休日は式の準備をしていた。
飾る花やら招待状やら。細かく決めること、やることがいくつもあった。

その上、平日の。仕事の合間には必要な物を買い揃えに行って。

結婚式の、結婚の準備に忙しくて……間に合わなかったんだ。

俺が全部……フェリに丸投げしていたから。


俺は頭を抱えた。


なんでフェリは何も言わなかったんだ。
何故、何でも一人で抱えて……

……違う。

俺が言えなくしたんだ。

―――自分が早い式を望んだくせに、準備はフェリに丸投げして。

そうだ。俺はフェリの母親への挨拶すら面倒でフェリに任せた。
父親には結婚の許しをもらったのだから、
別居中で、隣町にいた母親にはフェリに言ってもらえばいいだろうと……。

―――フェリが《言っていて》も聞かなかったんだ。

フェリは《ひと月後の式は早すぎる》と言っていたじゃないか。
それを俺は無視した。


―――ああ。思い出した。


娘に《ミリィ》という《ありえない》名をつけた理由もそれだ。

娘が生まれて、
名前は何にしようかと二人で話していた時。

女の子の名前なんか良くわからない俺は適当に聞き覚えのある名前を言った。
それが《ミリィ》だ。

多分、アメリアと付き合っていた時に、誰かがアメリアをそう呼んだんだろう。
全く記憶はないが……とにかく《ミリィ》という響きだけは覚えていた。
きっとそんなところだ。

それでも。
二人であげた名前の中で、俺が一番可愛いと思った名前だった。
それをフェリが「その名だけは嫌だ」と反対したことにムッとして。

俺はフェリを置いて家を出た。

そしてその足で、
俺は、勝手に《ミリィ》で出生届けを出したのだ。

だから《ありえない》名前がついた。

そのあと……フェリは……

そうだ。

《ミリィ》で届けを出したと言ったら泣き出して

いつまでもしつこく泣いていて、
その態度に俺は腹が立って……

「娘の名を父親の俺がつけて何が悪い!」

と怒鳴って……それで……終わりにした。

もう娘の名前の話をフェリとすることもなかった。
いいや。フェリに話を《させなかった》んだ。


それから……仕事が忙しくなって。

気がついたら……フェリが娘を《リリ》と呼んでいて
娘も、《リリ》でなければ返事をしなくて

そのまま娘の呼び名は《リリ》で定着した。
何故《リリ》か、なんて考えもしなかった。

フェリの顔を表情を見ていなかっただけじゃない。
フェリに話をさせなかったんだ。

フェリの気持ちは全て無視していた―――――


……どれだけ馬鹿なんだ、俺は。

愛想を尽かされて当然じゃないか。


むしろ《前回》よくフェリは俺といてくれたものだ。
20年も。

《今回》は許されなかった。
当たり前だ。


笑うしかない。

フェリとは結婚できず、
無断で休んでばかりいたせいで仕事も失った。

もう財布の中に金はない。
貯金も全くない。

家はあっても親のだ。
所有者は俺ではないから売れもしない。

二つ先の故郷の町へ、親に会いに行っても門前払いされるだけだろう。
この町にいても、みんな俺がフェリにした仕打ちを知っていて白い目で見られている。

そしてもっとも最悪なのは……

娘は――リリは《生まれない》。
もう……会えないのだ。


笑った。
笑いながら涙することしか出来なかった。


絶望しかなかった。

台所にあったナイフを手に取る。

《今》のままじゃあ生きていけないんだ。

だからこうするしかない。


だけど、もし神様がいるのなら

お願いだ。

もう一度、奇跡を

時を
戻してくれ―――


祈りながら自分の胸にナイフを突き立てる。

だがその刹那、

俺は《時が戻った》きっかけを思い出した。


《あのお茶会》を見て
向きをかえて、
歩き出そうとしたら、リリがいて……それで……


はは……


馬鹿だな……俺は……

………それほど嫌われていたのか。


ごめん、リリ


時が戻るなら
やり直せるなら


今度は……


そして俺の世界は消えた。


しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

無価値な私はいらないでしょう?

火野村志紀
恋愛
いっそのこと、手放してくださった方が楽でした。 だから、私から離れようと思うのです。

初恋の呪縛

緑谷めい
恋愛
「エミリ。すまないが、これから暫くの間、俺の同僚のアーダの家に食事を作りに行ってくれないだろうか?」  王国騎士団の騎士である夫デニスにそう頼まれたエミリは、もちろん二つ返事で引き受けた。女性騎士のアーダは夫と同期だと聞いている。半年前にエミリとデニスが結婚した際に結婚パーティーの席で他の同僚達と共にデニスから紹介され、面識もある。  ※ 全6話完結予定

愛は全てを解決しない

火野村志紀
恋愛
デセルバート男爵セザールは当主として重圧から逃れるために、愛する女性の手を取った。妻子や多くの使用人を残して。 それから十年後、セザールは自国に戻ってきた。高い地位に就いた彼は罪滅ぼしのため、妻子たちを援助しようと思ったのだ。 しかしデセルバート家は既に没落していた。 ※なろう様にも投稿中。

魔法のせいだから許して?

ましろ
恋愛
リーゼロッテの婚約者であるジークハルト王子の突然の心変わり。嫌悪を顕にした眼差し、口を開けば暴言、身に覚えの無い出来事までリーゼのせいにされる。リーゼは学園で孤立し、ジークハルトは美しい女性の手を取り愛おしそうに見つめながら愛を囁く。 どうしてこんなことに?それでもきっと今だけ……そう、自分に言い聞かせて耐えた。でも、そろそろ一年。もう終わらせたい、そう思っていたある日、リーゼは殿下に罵倒され頬を張られ怪我をした。 ──もう無理。王妃様に頼み、なんとか婚約解消することができた。 しかしその後、彼の心変わりは魅了魔法のせいだと分かり…… 魔法のせいなら許せる? 基本ご都合主義。ゆるゆる設定です。

夫は平然と、不倫を公言致しました。

松茸
恋愛
最愛の人はもういない。 厳しい父の命令で、公爵令嬢の私に次の夫があてがわれた。 しかし彼は不倫を公言して……

地獄の業火に焚べるのは……

緑谷めい
恋愛
 伯爵家令嬢アネットは、17歳の時に2つ年上のボルテール侯爵家の長男ジェルマンに嫁いだ。親の決めた政略結婚ではあったが、小さい頃から婚約者だった二人は仲の良い幼馴染だった。表面上は何の問題もなく穏やかな結婚生活が始まる――けれど、ジェルマンには秘密の愛人がいた。学生時代からの平民の恋人サラとの関係が続いていたのである。  やがてアネットは男女の双子を出産した。「ディオン」と名付けられた男児はジェルマンそっくりで、「マドレーヌ」と名付けられた女児はアネットによく似ていた。  ※ 全5話完結予定  

不倫をしている私ですが、妻を愛しています。

ふまさ
恋愛
「──それをあなたが言うの?」

10年間の結婚生活を忘れました ~ドーラとレクス~

緑谷めい
恋愛
 ドーラは金で買われたも同然の妻だった――  レクスとの結婚が決まった際「ドーラ、すまない。本当にすまない。不甲斐ない父を許せとは言わん。だが、我が家を助けると思ってゼーマン伯爵家に嫁いでくれ。頼む。この通りだ」と自分に頭を下げた実父の姿を見て、ドーラは自分の人生を諦めた。齢17歳にしてだ。 ※ 全10話完結予定

処理中です...