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絶望
しおりを挟む結婚式《だった》日の夜だ。
俺は一人、家の中にいた。
《前回》の今頃はフェリと二人で食事をしていた。
それが《今》は、薄暗い家に俺一人だ。
《前回》フェリが立っていた台所を見る。
――「今日はセディクの好きな物ばかりよ」――
そう言って笑って、フェリが作ってくれた料理はどれも美味しかった。
ふと、思い出した。
そういえば……
《あの日》フェリが使っていた鍋や食器は真新しい物だったな。
プロポーズから結婚までひと月。
何も買い揃えていないと思っていたが……買ったのだったか?
違う。
俺は買いに行った記憶はない。
だから買ったのはフェリだ。
フェリが買い揃えたんだ。
俺との生活のために。
いつ買いに行ったんだろう……。
休日は式の準備をしていたはずだ。
飾る花やら招待状やら。
俺は全くわからなくて《フェリの好きなものにしていい》と任せたから。
なら平日の、仕事の合間に行ったのか。
必要な物を買い揃えに。
なんで言わなかったんだ。
言ってくれれば俺も手伝ったのに。
―――いや。
俺は《独身最後なんだから許してくれ》と毎日のように遊び仲間と飲み歩いていた。
言えたはずもないか……。
だいたい、プロポーズから結婚までが早すぎたんだ。
もっと時間をかけていればゆっくり準備ができたのに。
―――あれ?
そういや、なんでそんなに早く結婚したんだ?
ああ。
俺が言い出したんだ。
フェリを誰かに――《ご次男様》に取られるのが怖くて。
さっさとフェリを自分のものにしてしまいたくて。
互いの親もフェリも、早すぎると言ったけど俺は聞き入れなかった。
俺のせいか。
乾いた笑いが出た。
俺は……いつもそんなだったのか。
俺が頑なに《早く結婚を》なんて言わなければ、もっと準備する時間があった。
結婚式でも、母親から借りたドレスじゃなくて。
作ったウエディングドレスを着せてやれたのに。
そうだ。
作るように言ってやれば良かった。
母親から借りたのより、ずっとフェリに似合うドレスが出来上がったはずだ。
そうだな。例えば……
娘のリリが小さい頃、どこからか持ち出してきた作りかけのウエディングドレスのような、清楚な―――。
あれ?
「リリにウエディングドレスなんてまだ早すぎるだろ」と大笑いしたけど。
……なんでフェリはウェディングドレスなんか作っていたんだろう。
大人になったリリのドレスなんか作れるのか?
子どもを見れば大人になった時の服のサイズがわかるのか?
いや……そんなわけは―――
―――待てよ。
フェリが家で、ドレスを作っていたところなんか見たことがない。
置いてあるところも……見たことがない。なら。
《いつ》作っていたんだ?
あのウエディングドレス。
《誰の》だったんだ?
本当にリリのか?
…………まさか……あれは……フェリの……?
作っていたのか?結婚前に。
自分のウエディングドレスを。
間に合わなかったのか?
結婚式がプロポーズからひと月後、なんて早かったから。
いや。
でも《ひと月しかない》のはフェリもわかっていたはずだ。
それでも作り始めた。
間に合うと思ったから作り始めたはずだ。
なのに間に合わなかった。
なんでそんな……
―――ああ。
フェリは休日は式の準備をしていた。
飾る花やら招待状やら。細かく決めること、やることがいくつもあった。
その上、平日の。仕事の合間には必要な物を買い揃えに行って。
結婚式の、結婚の準備に忙しくて……間に合わなかったんだ。
俺が全部……フェリに丸投げしていたから。
俺は頭を抱えた。
なんでフェリは何も言わなかったんだ。
何故、何でも一人で抱えて……
……違う。
俺が言えなくしたんだ。
―――自分が早い式を望んだくせに、準備はフェリに丸投げして。
そうだ。俺はフェリの母親への挨拶すら面倒でフェリに任せた。
父親には結婚の許しをもらったのだから、
別居中で、隣町にいた母親にはフェリに言ってもらえばいいだろうと……。
―――フェリが《言っていて》も聞かなかったんだ。
フェリは《ひと月後の式は早すぎる》と言っていたじゃないか。
それを俺は無視した。
―――ああ。思い出した。
娘に《ミリィ》という《ありえない》名をつけた理由もそれだ。
娘が生まれて、
名前は何にしようかと二人で話していた時。
女の子の名前なんか良くわからない俺は適当に聞き覚えのある名前を言った。
それが《ミリィ》だ。
多分、アメリアと付き合っていた時に、誰かがアメリアをそう呼んだんだろう。
全く記憶はないが……とにかく《ミリィ》という響きだけは覚えていた。
きっとそんなところだ。
それでも。
二人であげた名前の中で、俺が一番可愛いと思った名前だった。
それをフェリが「その名だけは嫌だ」と反対したことにムッとして。
俺はフェリを置いて家を出た。
そしてその足で、
俺は、勝手に《ミリィ》で出生届けを出したのだ。
だから《ありえない》名前がついた。
そのあと……フェリは……
そうだ。
《ミリィ》で届けを出したと言ったら泣き出して
いつまでもしつこく泣いていて、
その態度に俺は腹が立って……
「娘の名を父親の俺がつけて何が悪い!」
と怒鳴って……それで……終わりにした。
もう娘の名前の話をフェリとすることもなかった。
いいや。フェリに話を《させなかった》んだ。
それから……仕事が忙しくなって。
気がついたら……フェリが娘を《リリ》と呼んでいて
娘も、《リリ》でなければ返事をしなくて
そのまま娘の呼び名は《リリ》で定着した。
何故《リリ》か、なんて考えもしなかった。
フェリの顔を表情を見ていなかっただけじゃない。
フェリに話をさせなかったんだ。
フェリの気持ちは全て無視していた―――――
……どれだけ馬鹿なんだ、俺は。
愛想を尽かされて当然じゃないか。
むしろ《前回》よくフェリは俺といてくれたものだ。
20年も。
《今回》は許されなかった。
当たり前だ。
笑うしかない。
フェリとは結婚できず、
無断で休んでばかりいたせいで仕事も失った。
もう財布の中に金はない。
貯金も全くない。
家はあっても親のだ。
所有者は俺ではないから売れもしない。
二つ先の故郷の町へ、親に会いに行っても門前払いされるだけだろう。
この町にいても、みんな俺がフェリにした仕打ちを知っていて白い目で見られている。
そしてもっとも最悪なのは……
娘は――リリは《生まれない》。
もう……会えないのだ。
笑った。
笑いながら涙することしか出来なかった。
絶望しかなかった。
台所にあったナイフを手に取る。
《今》のままじゃあ生きていけないんだ。
だからこうするしかない。
だけど、もし神様がいるのなら
お願いだ。
もう一度、奇跡を
時を
戻してくれ―――
祈りながら自分の胸にナイフを突き立てる。
だがその刹那、
俺は《時が戻った》きっかけを思い出した。
《あのお茶会》を見て
向きをかえて、
歩き出そうとしたら、リリがいて……それで……
はは……
馬鹿だな……俺は……
………それほど嫌われていたのか。
ごめん、リリ
時が戻るなら
やり直せるなら
今度は……
そして俺の世界は消えた。
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