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赤
しおりを挟む結局、次の日にフェリの父親に挨拶に行くことはできなかった。
フェリがうんと言わなかったからだ。
それどころか「結婚は少し考えたい」と言い出した。
『何を言っているんだ!俺たちがひと月後に結婚するのは《決まっている》ことなんだぞ!』
危うく叫ぶところだったが、何とかこらえた。
フェリは《未来》を《知らない》のだ。
そんなことを言えば《頭がおかしい》と思われる。
だが、「少し考えたい」と言われて「そうか」とは言えなかった。
当たり前だ。
結婚を遅らせれば娘が――リリが《生まれなくなって》しまう。
フェリを説得しなければ。
だが今はフェリも働いている。商会で事務をしている。
お互い仕事がある。
フェリと会う時間が取れないまま、次の休みが来た。
《本当なら》俺の両親に挨拶に行く日だ。
しかしフェリは「結婚は少し考えたい」と繰り返した。
俺は当然、受け入れられない。
俺はフェリを必死でなだめた。
急な話で不安になったんだろう。だが心配いらない。
《絶対》うまくいくさ。俺には《わかる》んだ。
だがフェリはうんとは言わなかった。
結局、時間がなくなり二つ先の町に住む俺の両親の所へは行けなかった。
俺は《前回と違う》事態に焦った。
結婚式までもうひと月もないというのにフェリのせいで、まだ互いの親に結婚の許しを貰えていない。
《前回》は《終わらせて》いたことなのに。
早くフェリを説得しなければ。
時間がない。フェリともっと話す時間が欲しい。
夜、家に行けばもちろんフェリはいるが、フェリは実家住まいだ。
そこにはフェリの父親もいる。
結婚を許して貰わなければならないのだ。
俺たちが揉めているところを見せるのは不味い。
どうしたらいい?
このままでは結婚式が行えなくなる。
いや。
そんなものはこの際、どうでもいい。
だが、娘が――リリが生まれなくなってしまうのは絶対に駄目だ。
結婚してひと月後には、リリはフェリに宿っていた。
早くフェリと結婚しなければリリがこの世に《生まれなくなってしまう》。
早く
早くフェリを説得して結婚しないと……
―――いや。待てよ。
俺は良い方法を思いついた。
休みの日を待っていては時間がかかるだけだ。
俺は仕事を休み、商会の前で仕事終わりのフェリを待ち伏せした。
「フェリ!」
同僚たちと一緒に商会から出てきたフェリはぎょっとして立ち止まった。
「セディク?仕事は?」
「休んだ。仕事どころじゃないからな。フェリ、話をしよう!」
「セディク……だから私は……結婚は少し考えたいって――」
「――ああ、わかった。結婚はいい」
「え?」
「結婚はしなくていい。
一緒に暮らそう。それだけならいいだろう?」
いい考えだと思った。
結婚なんて届けを出すだけだ。後でできる。
結婚式だってしなくていいさ。必要ない。
重要なのはフェリと一緒に暮らすこと。
そして娘を――リリを《この世に存在させる》ことだ。
だがフェリは言った。
「――ごめんなさい」
「……は?」
「別れましょう、セディク」
信じられなかった。
何を言っている?
「……おい……何を……」
「さようなら、セディク」
「フェリ?!」
フェリを追おうとしたが
フェリの同僚三人が、遮るように俺の前に立った。
三人が口々に言う。
「いい加減にしろよ、セディク」
「別れようって言われただろう。受け止めろよ」
「そうよ。もう終わりにしてあげてよ。
―――あんなフェリ、もう見ていられないわ」
憎々しげに睨まれて腹が立った。
何故そんな目で見られなきゃいけない?
《知らないくせに》。
なにも《知らないくせに》。
俺とフェリは《結婚する》んだ。
そして《娘》を授かる。
《今度こそ》二人を幸せにするんだ。
時が戻ったのだ。
奇跡がおきた。
なんとしても、やり直さなければ。
だが結婚どころかフェリは俺に別れを切り出した。
《夫》の俺に。
腹立たしかった。
何故《わからない》。
俺たちは《夫婦》になるんだ。
そして《娘》が生まれる。
――― それを変えることなんて出来ないんだぞ ―――
そうだ、フェリは《知らない》から《別れる》なんて軽く言えるんだ。
《娘》がいる《将来》を知れば、フェリだって《わかる》はずだ。
俺はフェリに《今まで》の話を打ち明けることにした。
前回の、結婚してから《今まで》を打ち明けて……謝って。
そこからやり直そう。
しかし何故か、フェリとはそれから全く会えなくなった。
かわりに会えたのはアメリアだ。
その赤い髪ときつい顔立ちを見て、《前回》見たお茶会でフェリの黒髪の友人が彼女の名を口にしたのを思い出した。
アメリアは俺とフェリのことに何か関係がある。
―――まさかフェリに何かしたのか?
《前回》も《今回》も?
だとしたら許さない。
『フェリに何をした?!』
そう言おうとしたが――アメリアに先に怒鳴られた。
「ちょっとセディク!
貴方とフェリが別れたのが、私のせいみたいに言われてるんだけど!
どうしてよ!何したの?
私はもう貴方となんの関係もないでしょう?!」
俺は呆気に取られた。
「お前がフェリに何かしたんじゃないのか?」
「はあ?!」
アメリアは目を見開いた。
「冗談はやめてよ!なんで私がフェリに?
私には、もう新しい彼がいるのよ。
結婚しようと思ってる、《本気》の彼がね。
貴方と別れて《良かった》としか思ってないの。
フェリには感謝してるくらいよ。
なのに私が、フェリに何かするわけがないでしょう。
――したとしたら貴方じゃないの?」
言いがかりも甚だしい。
俺はかっとして言い返した。
「俺がフェリに何かするわけがないだろう!
俺はフェリにプロポーズしただけだ!《あの丘の上》で」
「《あの丘の上》で……フェリにプロポーズ?」
「ああ。あそこにフェリを呼び出して。それで――」
「――それからフェリの様子がおかしくなった。そうでしょう?」
「―――――」
「図星なのね。馬鹿ねえセディク。
あそこは《私たちが》二人きりになる時に使っていた場所じゃない。
何年も、ずっとね。
小さな町よ?
きっと誰でも知ってるわ。
あの丘の上が《私たちの場所》だってね。
そこにフェリを呼び出してプロポーズするなんて。無神経よ」
俺は鼻で笑った。
「馬鹿馬鹿しい。フェリは気にしてなかったぞ」
「気にしてなかった?
言わなかっただけでしょう?
貴方がなーんにも考えてやしないのなんて、すぐわかるもの。
でも、じゃあ聞くけど。
もしも、フェリが《次男様》と《噂通り》愛し合っていて。
《あの場所》が何年も《フェリと次男様の場所》だったとしたらどう?
貴方はフェリにプロポーズするのに《あの場所》を選ぶ?
フェリが他の男と愛を囁き合った場所なのに」
「―――――」
「貴方がしたのはそういうことよ。
ねえセディク。
貴方が《そういうこと》に疎いのは嫌というほど知ってる。
それは仕方ないわ。性格だものね。
でも、相手の顔は見なさいよ。
顔を見れば、その人が貴方の言動をどう思ったかがわかる。
そのままだといつか痛い目をみるわよ」
目の覚める思いだった。
そうだった。
《前回》俺はフェリの顔を見なかった。
だから知らずにフェリを傷つけ続けた。
アメリアの言う通りだ。
これからは気をつけよう。
でないと、また《前回》と同じ《失敗》をしてしまう―――
アメリアは一人話し続けていた。
「でも貴方とフェリが別れたのが、私のせいみたいに言われてる原因がそのプロポーズだったとして。
……フェリはそれを人に話すような子じゃないわ。
いつも笑っていて、悩みは一人で抱えるタイプだもの。
なら、きっと誰かが《あの丘の上》から戻ってきた貴方たちを見かけたのね。
そのあと貴方たちはギクシャクし、ついにはフェリが別れを切り出した。
それで貴方たちが別れたのは《あの丘の上》に行ったのが原因……
つまり私の存在が原因だってことになったのかしら。
もう!
これだからこの町は……
冗談じゃないわ。私を巻き込まないでよ。
彼にどう思われるか。
貴方がフェリにふられたのはどうでもいいけど」
「ふられてない。話せばちゃんとわかってくれるさ」
「はあー。貴方ねえ……」
アメリアは大きなため息を吐いた。
「まだそんなことを言っているの?もう遅いのに」
「何だと?」
「そのぶんだと知らないんでしょう。
フェリは今、子爵様のお屋敷で暮らしているわよ。
お屋敷の人手が足りないから、って商会から派遣されてね。
住み込みですって。
お屋敷に勤める《友達》がいるフェリが適任だ、ってすぐに決まったらしいわ。
復縁をせまる《厄介な男》からも身を隠せるしね」
「―――――」
動けなかった。
アメリアがそんな俺の肩に手をかけ、囁いた。
「ねえ……。今なら《あの丘の上》は草花が一面に咲いていたでしょうね。
私の髪の色―――《赤い》花が、辺り一面にね」
「―――――」
「何年も貴方が《前の彼女》と愛を囁き合っていた《場所》。
そしてそこには一面に、《前の彼女》の髪色の《花》。
貴方は何も考えていないだけ。
そうわかっていても、見せつけられたフェリはどんな気持ちだったか。
――どれほど傷ついたか。
もう気づいても、いいんじゃないの?」
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