いくら時が戻っても

ちくわぶ(まるどらむぎ)

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「あら。それにしても。
そんなに稼ぎたかったのなら何故、フェリが《働く》と言い出した時にセディクは反対したのかしら。
働くつもりだったでしょう?フェリ。私にそう言っていたわよね?」

亜麻色の髪の、同僚の奥方が首を傾げた。

「ええ。成長した娘も賛成してくれたからそのつもりだったのだけれど。
あの人が《家のことが疎かになるからやめろ》って……」

フェリが答えれば黒髪の友人がぴしゃりと言った。

「プライドが許さなかったんでしょ。
この町で唯一の《一代男爵》の娘を働かせるなんて」

「え?」

「貴女、この町で唯一の《一代男爵》の娘だもの。
国王陛下に発明を認められた天才《一代男爵》のご令嬢」

フェリが苦笑する。

「やめてよ、ご令嬢だなんて。《一代男爵》なんて名ばかりの称号よ?
あの変わり者の父一代限りの称号だし、偉いわけでも裕福なわけでもない。
そんなこと、この町の人ならみんな知っているわ」

「そうよねえ……」

同僚の奥方は同意したが、黒髪の友人はなおも言った。

「でも名ばかりでも立派な《貴族の身分》よ。
貴女を働きに出すなんて、自分の不甲斐なさを晒すことだとセディクは思ったんじゃない?」

フェリは息を呑んで―――目を伏せた。

「だとしたらあの人にとって相当に重い荷物ね、私。
声も聞きたくないと思って当然ね」

「え?」

「義母が倒れた時よ。
看病に行ったの、私。あの人は行けないって言うから一人で」

黒髪の友人が吐き捨てるように言う。

「何が《行けない》よ。倒れたのは自分の母親なのに」

フェリはカップを両手で包むようにして持ちながら言った。

「それは良かったのよ。私、義母のことは嫌いじゃなかったの。
遠くてあまり会えなかったけど、優しくしてもらったもの。

けれど義姉夫婦はそうは思わなかったみたい。
私が義母の《財産目当てで看病している》と思われたみたいで。

義母には《出来るだけ来て欲しい》と言われたけど。
足繁く行くべきなのか、あまり行かない方がいいのか悩んで。

思いきってあの人に聞いてみたのよ。
……そうしたら。

《やめてくれよ。仕事で疲れてるのに。
何でそんな不愉快な話を聞かなくちゃならないんだ。
好きにしたらいいだろう。
家にいる時くらい静かにゆっくり過ごさせてくれ》って。

そう言われてやっとわかったの。
《ああ、この人は私の声を聞くのが嫌なんだ》って。

ふふ、目から鱗だったわ。

私、夫婦は会話するものだと思っていたのよ。
あの人はそんなもの求めてなかったのに。気づかなかった。

それからはもう何も言わないようにした。
あの人からの言葉を欲しがるのもやめた。

そうしたら、やっと穏やかな気持ちになれたわ。

笑っちゃったわ。
私ったら長年、何をしていたのかしらね。

やっとあの人との付き合い方がわかった。

あの人に何の感情も持たず、期待せず、ただ感謝するの。
生活を支えてくれる人。
《お金を持ってきてくれる人》だって」


ぐらりと世界が歪む。

がらがらと足下が崩れていくような錯覚を覚えた。


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