この死に戻りは貴方に「大嫌い」というためのもの

ちくわぶ(まるどらむぎ)

文字の大きさ
上 下
33 / 34

33-1 貴女に ※クロードside

しおりを挟む



その日。
俺はカーステン侯爵家の門の横に立ち、考えていた。

仲間からこの屋敷でケビンが執事をしていると聞いて、会いに来たのだった。

寄宿学校を出るとすぐ、騎士の異父兄に武術を叩き込んでもらい、俺は諸国を旅する冒険者となった。
その俺を、歳の離れた弟か子どものように可愛がり、一人前の冒険者にしてくれたのがケビンだった。ケビンは恩人だったのだ。

そのケビンが、利き手を負傷して冒険者をやめたと噂で聞いた時は驚いた。

冒険者は気ままだ。幾つもの国を縦横無尽に渡り旅をする。
同じ冒険者同士でも、何年も会わないことはよくある。

だから何年もケビンに会っていなくても気にしていなかったが。
まさか冒険者をやめるほどの怪我を負っていたなんて。

一目会いに行こうと決めた。
そして数年かかかって、ようやくケビンのもとに辿り着いたのだが、ここで困った。


貴族が――それも令嬢は王太子の婚約者候補だという侯爵家が。
他国の民で、しかも素性を明かせない俺を屋敷に入れてくれるはずはない。

俺は深く被ったフードの下のゴーグルに触れた。

色付きのゴーグルだ。
眩しい陽が目に入らないように。あるいは訳ありで。色付きのゴーグルを愛用する冒険者は多く、俺は全く目立つことはなかった。

しかし、侯爵家を訪ねるなら怪しまれないようにゴーグルは外さなければならない。
だが外せば――出自が知れる、厄介な瞳の色を晒すことになる。

さて。どうするか。

ケビンに届くかどうかわからないが、門番にメモを託そうか。
ケビンが出てくるまで待とうか。
それとも……残念だが諦めるか。


悶々と考えていると――馬車が来て門の前で止まった。
馬車を通すため、すでに門は開いているのに。どうしたのだろう。

そう思って見ていると――なんと馬車から令嬢が降りてきて、俺の手を握った。
そして笑って言った。

「騎士様ですね?ようこそカーステン侯爵家へ。どうぞ中に。すぐに父を呼びますわ」

俺が違うと言うより早く、護衛たちが令嬢を止めようとした。

だが彼女は「この方はお父様のお客様です」と平然と言い放ち、玄関前まで一緒に行こうと馬車に乗るよう俺を促した。
馬車の中にはこちらも何故かにっこり微笑む夫人がいた。

断れば即、不審者扱いは必至だ。断れる雰囲気でもない。
……あとはケビンに助けてもらおう。

俺は観念して馬車に乗った。


「―――ク……っ!」

屋敷に通されると、まずは俺を見たケビンが目を丸くし口を押さえた。
その前で屋敷の主人――カーステン侯爵はにこにこと笑顔でいた。

令嬢と夫人は俺に挨拶をし、屋敷の奥へ入って行った。
それを待っていたのだろう。
二人が見えなくなると、カーステン侯爵は笑顔のままで言った。

「私の知り合いの騎士は先ほど帰ったのだけど。
―――で。君は誰なのかな」


◆◇◆◇◆◇◆


「あはははははっ!はーははっ!!ははははっ――く、苦しい。ああ、おかしい」


通された執務室で。
わけを話すとカーステン侯爵は腹を抱え、目尻に涙まで浮かべて笑った。
侯爵の後ろに立つケビンは口に手を当てるだけに止めているが、肩が震えている。

「ご、ごめんよ。クロード。くくく……それにしても。
君で良かったよ。とんでもない輩だったかもしれないと思うとゾッとする。
ロゼも迂闊なことを。
……いや。君だったから、なのかな」

「――は?」

「普段は上手く隠しているのだろうが。今の君の立ち居振る舞いは貴族のそれだ。
ロゼの行動に面食らって咄嗟に地が出て、そのままなのだろう。
いくら離れていても、身についているものは消えたりしないんだよ」

「―――――」

「そして腰の剣だ。ロゼが君を《今日来訪すると聞いていた騎士だ》と信じて疑いもしなかった理由はそれかな。単純な子だなあ。ちょっと注意しておかないと」

「……その必要はないかと。
最初に手を握られました。私が本当に騎士かどうかを確かめられたのでしょう」

「ああ。剣だこを、かな。あの子がねえ。確かめたのかな。ならまあ、いいか」

カーステン侯爵は笑みを浮かべたまま、両手を胸の前で組んだ。

「クロード。これも何かの縁だ。しばらくここで。ケビンの下で働かないかい?」

俺はケビンを見た。
カーステン侯爵の言い方からして、俺の素性をご存知なのだと思えたからだ。

しかし、俺はケビンにも素性を明かしてはいなかった。
ただ一度。ゴーグルの色を変えた方がいいと言われただけだ。

それでもケビンは気づいていたのだろう。
ゴーグルの下の、俺の瞳の色に。
ケビンに出会った頃の俺は、自分の所作にも無頓着だった。
よくある名なので、名を偽ることもしなかった。

答えなのか。悪戯がばれた子どものようにケビンは笑った。
そしてカーステン侯爵が言った。

「見ての通り、ケビンは私に仕えてくれている。
執事となる以前から、もう何十年もね。
私には冒険者の知り合いが何人かいるんだ。
いろんな国の、いろんな話を聞かせてもらっている」

「…………」

「だが君にそれを求めはしないよ。
君の見たいものと、私が聞きたい話は全く違うのものだからね。
それに君を誘えば、私を信じて《可愛い弟子》の話を聞かせてくれたケビンに叱られてしまう。
だから私に下心があって言っているわけじゃない。
誓ってもいいよ。
――ただ、君はこうしてケビンを訪ねてきた。
いい機会だ。
しばらくここで休んでいったらどうかな、と思っただけだよ」

「―――休む?」

「ずっと飛んでいるのは、疲れるだろう?」

「―――――」

「巣に帰るのが嫌なら止まり木でいい。生き物には休む時間も必要だよ」

「…………」


旅に憧れていた。

色々な場所へ行って、色々な物を見て。
なんでもやってみたい。なんでも知りたい。

生きているんだから。
せっかく健康な身体があるんだから。
自由に、好きな所へ行ってみたい。

ずっと旅していたい。
あんな家には戻らない。
休む時間もいらない。

もっと遠くへ。
もっと、もっと、もっと。

そう強く思っていた。
だから冒険者になった。


なのに。何故だろう。

俺は「お願いします」と頭を下げていた。


しおりを挟む
感想 71

あなたにおすすめの小説

「君を愛するつもりはない」と言ったら、泣いて喜ばれた

菱田もな
恋愛
完璧令嬢と名高い公爵家の一人娘シャーロットとの婚約が決まった第二皇子オズワルド。しかし、これは政略結婚で、婚約にもシャーロット自身にも全く興味がない。初めての顔合わせの場で「悪いが、君を愛するつもりはない」とはっきり告げたオズワルドに、シャーロットはなぜか歓喜の涙を浮かべて…? ※他サイトでも掲載中しております。

初夜に大暴言を吐かれた伯爵夫人は、微笑みと共に我が道を行く ―旦那様、今更擦り寄られても困ります―

望月 或
恋愛
「お前の噂を聞いたぞ。毎夜町に出て男を求め、毎回違う男と朝までふしだらな行為に明け暮れているそうだな? その上糸目を付けず服や装飾品を買い漁り、多大な借金を背負っているとか……。そんな醜悪な女が俺の妻だとは非常に不愉快極まりない! 今後俺に話し掛けるな! 俺に一切関与するな! 同じ空気を吸ってるだけでとんでもなく不快だ……!!」 【王命】で決められた婚姻をし、ハイド・ランジニカ伯爵とオリービア・フレイグラント子爵令嬢の初夜は、彼のその暴言で始まった。 そして、それに返したオリービアの一言は、 「あらあら、まぁ」 の六文字だった。  屋敷に住まわせている、ハイドの愛人と噂されるユーカリや、その取巻きの使用人達の嫌がらせも何のその、オリービアは微笑みを絶やさず自分の道を突き進んでいく。 ユーカリだけを信じ心酔していたハイドだったが、オリービアが屋敷に来てから徐々に変化が表れ始めて…… ※作者独自の世界観満載です。違和感を感じたら、「あぁ、こういう世界なんだな」と思って頂けたら有難いです……。

十分我慢しました。もう好きに生きていいですよね。

りまり
恋愛
三人兄弟にの末っ子に生まれた私は何かと年子の姉と比べられた。 やれ、姉の方が美人で気立てもいいだとか 勉強ばかりでかわいげがないだとか、本当にうんざりです。 ここは辺境伯領に隣接する男爵家でいつ魔物に襲われるかわからないので男女ともに剣術は必需品で当たり前のように習ったのね姉は野蛮だと習わなかった。 蝶よ花よ育てられた姉と仕来りにのっとりきちんと習った私でもすべて姉が優先だ。 そんな生活もううんざりです 今回好機が訪れた兄に変わり討伐隊に参加した時に辺境伯に気に入られ、辺境伯で働くことを赦された。 これを機に私はあの家族の元を去るつもりです。

私の愛した婚約者は死にました〜過去は捨てましたので自由に生きます〜

みおな
恋愛
 大好きだった人。 一目惚れだった。だから、あの人が婚約者になって、本当に嬉しかった。  なのに、私の友人と愛を交わしていたなんて。  もう誰も信じられない。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】婚約破棄され毒杯処分された悪役令嬢は影から王子の愛と後悔を見届ける

堀 和三盆
恋愛
「クアリフィカ・アートルム公爵令嬢! 貴様との婚約は破棄する」  王太子との結婚を半年後に控え、卒業パーティーで婚約を破棄されてしまったクアリフィカ。目の前でクアリフィカの婚約者に寄り添い、歪んだ嗤いを浮かべているのは異母妹のルシクラージュだ。  クアリフィカは既に王妃教育を終えているため、このタイミングでの婚約破棄は未来を奪われるも同然。こうなるとクアリフィカにとれる選択肢は多くない。  せめてこれまで努力してきた王妃教育の成果を見てもらいたくて。  キレイな姿を婚約者の記憶にとどめてほしくて。  クアリフィカは荒れ狂う感情をしっかりと覆い隠し、この場で最後の公務に臨む。  卒業パーティー会場に響き渡る悲鳴。  目にした惨状にバタバタと倒れるパーティー参加者達。  淑女の鑑とまで言われたクアリフィカの最期の姿は、良くも悪くも多くの者の記憶に刻まれることになる。  そうして――王太子とルシクラージュの、後悔と懺悔の日々が始まった。

本日より他人として生きさせていただきます

ネコ
恋愛
伯爵令嬢のアルマは、愛のない婚約者レオナードに尽くし続けてきた。しかし、彼の隣にはいつも「運命の相手」を自称する美女の姿が。家族も周囲もレオナードの一方的なわがままを容認するばかり。ある夜会で二人の逢瀬を目撃したアルマは、今さら怒る気力も失せてしまう。「それなら私は他人として過ごしましょう」そう告げて婚約破棄に踏み切る。だが、彼女が去った瞬間からレオナードの人生には不穏なほつれが生じ始めるのだった。

さよなら、皆さん。今宵、私はここを出ていきます

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【復讐の為、今夜私は偽の家族と婚約者に別れを告げる―】 私は伯爵令嬢フィーネ・アドラー。優しい両親と18歳になったら結婚する予定の婚約者がいた。しかし、幸せな生活は両親の突然の死により、もろくも崩れ去る。私の後見人になると言って城に上がり込んできた叔父夫婦とその娘。私は彼らによって全てを奪われてしまった。愛する婚約者までも。 もうこれ以上は限界だった。復讐する為、私は今夜皆に別れを告げる決意をした―。 ※マークは残酷シーン有り ※(他サイトでも投稿中)

処理中です...