24 / 34
24 できることは
しおりを挟む私は彼――王太子殿下の了承を得て、クロードに全てを打ち明けました。
「もう終わったからいいのよ」と言えばきっとクロードは聞かなかったでしょう。
そうして実体のない、前回の彼をいないものとしてしまうことはできたでしょう。
彼は、信じられないほど身勝手な理由で私を閉じ込め、私に毒杯を送って来た人です。
この国を滅茶苦茶にした人です。
それでも……私は見限ることができませんでした。
彼は前回の王太子であり国王です。
たとえ実体がなくとも《今の王太子殿下》に影響を及ぼせるのです。
放っておけば今回も、この国が荒れるかもしれません。
―――いいえ。それは建前。私は―――
彼が、本当はどう考えてそうしたのかはわかりませんが。
我が子だと目頭を熱くして抱いていた赤子を。
共に暮らし、その成長を見ていた王子殿下を……葬る決断ができなかった。
国王としては至らなかったのであろうその未熟さが
私に、彼を見捨てるという判断を躊躇わせていました。
私は、どうしようもなく甘いのかもしれません。
「どうしますか?」
話を聞き終わったクロードが言いました。
私は彼――王太子殿下と思わず顔を見合わせていました。
「どう、とは?」
「どうって?」
「王太子殿下の婚約者云々の話は別にして。
また今回も西の大国からカタリナ王女との縁談話が来るかもしれません。
それでは国が危ないかもしれないのでしょう?」
「そうだが……」
「そうだけど」
私の話を聞いた国王陛下が、縁談話を持ち込んだダール卿のことを調べてくださってはいるはずです。
怪しい動きはないか。西の大国との過剰な繋がりはないか。
ですがダール卿が縁談話を持ってきたのは、私が彼と結婚してから二年が過ぎた頃だったと記憶しています。
つまり、今から四年後。
現在のダール卿に何か疑わしいところがなければ、それで終わってしまいます。
けれど……他にできることなんて、あるでしょうか。
あるとすれば……
「王宮の大時計が落ちれば……国王陛下も私の前回の話を《本物の予知夢》だと信じて、何か今後について策を講じてくださるかもしれないけれど……」
自分でもそんなにうまくはいかないだろうと思っていましたが、やはりクロードにはっきりと言われてしまいました。
「大時計が落ちたとして、国王陛下がお嬢様の話を完全に信じ切ることは難しいでしょうね。
いくら公平な御方でも《将来、息子である王太子殿下が側妃となったお嬢様を閉じ込め、顧みもしなくなる》とは信じたくないでしょうから」
彼が肩を下げましたが、さすがに慰めることはできません。
私はクロードに同意しました。
「……そうよね……」
「それに。―――謁見で《予知夢》として話されたのは前回のお嬢様の話のみ。
その先で《この国が西の大国の手に落ちる》とはお伝えしてないのですよ?」
途端に彼――王太子殿下の顔色が変わりました。
彼は国王陛下には知られたくないでしょう。
ですが、前回と同じ未来にならないようにするには。
国王陛下に動いていただこうと言うなら、お伝えするしかないことです。
クロードはちらりと彼のいるあたりに目をやりました。
「ですが。もう一度お嬢様が謁見を求め、国王陛下にお話しする機会を得られたとして。
お嬢様が《将来この国は西の大国の手に落ちる》と口にすればどうなるか。
カーステン侯爵家に反意ありと捉えられかねません」
私は頷くしかありませんでした。
「……やはり私が、《今の私》に受け入れてもらうしか……」
そう言って、彼は唇を噛みました。
「王太子殿下が、自分が身体に――《今の王太子殿下》に入るしか手はないか、って」
クロードに彼の言葉を伝えると、クロードは小さく息を吐きました。
「でも、入れないのでしょう?」
「ええ。拒絶され、弾き返されている、って。
入ろうとすれば《今の王太子殿下》は《悪夢》を見そうだと飛び起きて。だんだんと疲れていっているようだと」
私は前回の私の記憶も、前世の《ツバキ》の記憶も。
どちらも、すとんと心に入ったのですが、何故でしょう。
彼のいうように、彼の持つ前回の記憶が重すぎて《今の王太子殿下》は受け入れられないのでしょうか。
「《悪夢》?」
クロードが私を見て言いました。
「《悪夢》ということは。こちらの王太子殿下が身体に――《今の王太子殿下》に入ろうと試みるのは《今の王太子殿下》がお休みになっている時、ということですか?」
「そうだが?」
「そうよ?」
「《今の私》が起きている時に触れても、何にもならない。先ほど執事見習いが触れたように、すり抜けるだけだ」
彼が自分の手を見て目を伏せました。
「クロード。《今の王太子殿下》が起きている時に触れても、すり抜けるだけで何にもならないそうよ。私の時もそうだったわ。《入る》のは眠っている時みたいね」
クロードは腕を組み、顎に手をやって何か考えていましたが。
私の視線であたりをつけたのでしょう――すぐに王太子殿下の方に顔を向けました。
「王太子殿下にお聞きしたいのですが。
ご自分以外の身体に入ろうと試されたことは?」
「は?」
「え?」
「あ、あるわけないだろう。自分の身体ではないんだ。そんなことをしても入れはしない!別人なんだぞ?」
「自分でなければ入れるはずもないから、試したことはないそうよ」
「――では、試していただいても?」
「何?」
私はクロードの、眼鏡の奥の瞳をじっと見ました。
「クロード。どうしようと言うの?」
「《悪夢》を見ていただけないかと思いまして。
国王陛下と王妃陛下に。王太子殿下の、前回の記憶を自身で知っていただくのです」
202
お気に入りに追加
1,488
あなたにおすすめの小説

二度目の婚約者には、もう何も期待しません!……そう思っていたのに、待っていたのは年下領主からの溺愛でした。
当麻月菜
恋愛
フェルベラ・ウィステリアは12歳の時に親が決めた婚約者ロジャードに相応しい女性になるため、これまで必死に努力を重ねてきた。
しかし婚約者であるロジャードはあっさり妹に心変わりした。
最後に人間性を疑うような捨て台詞を吐かれたフェルベラは、プツンと何かが切れてロジャードを回し蹴りしをかまして、6年という長い婚約期間に終止符を打った。
それから三ヶ月後。島流し扱いでフェルベラは岩山ばかりの僻地ルグ領の領主の元に嫁ぐ。愛人として。
婚約者に心変わりをされ、若い身空で愛人になるなんて不幸だと泣き崩れるかと思いきや、フェルベラの心は穏やかだった。
だって二度目の婚約者には、もう何も期待していないから。全然平気。
これからの人生は好きにさせてもらおう。そう決めてルグ領の領主に出会った瞬間、期待は良い意味で裏切られた。

婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました
Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。
順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。
特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。
そんなアメリアに対し、オスカーは…
とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。


最愛の婚約者に婚約破棄されたある侯爵令嬢はその想いを大切にするために自主的に修道院へ入ります。
ひよこ麺
恋愛
ある国で、あるひとりの侯爵令嬢ヨハンナが婚約破棄された。
ヨハンナは他の誰よりも婚約者のパーシヴァルを愛していた。だから彼女はその想いを抱えたまま修道院へ入ってしまうが、元婚約者を誑かした女は悲惨な末路を辿り、元婚約者も……
※この作品には残酷な表現とホラーっぽい遠回しなヤンデレが多分に含まれます。苦手な方はご注意ください。
また、一応転生者も出ます。

【完結】ドアマットに気付かない系夫の謝罪は死んだ妻には届かない
堀 和三盆
恋愛
一年にわたる長期出張から戻ると、愛する妻のシェルタが帰らぬ人になっていた。流行病に罹ったらしく、感染を避けるためにと火葬をされて骨になった妻は墓の下。
信じられなかった。
母を責め使用人を責めて暴れ回って、僕は自らの身に降りかかった突然の不幸を嘆いた。まだ、結婚して3年もたっていないというのに……。
そんな中。僕は遺品の整理中に隠すようにして仕舞われていた妻の日記帳を見つけてしまう。愛する妻が最後に何を考えていたのかを知る手段になるかもしれない。そんな軽い気持ちで日記を開いて戦慄した。
日記には妻がこの家に嫁いでから病に倒れるまでの――母や使用人からの壮絶な嫌がらせの数々が綴られていたのだ。

完結 「愛が重い」と言われたので尽くすのを全部止めたところ
音爽(ネソウ)
恋愛
アルミロ・ルファーノ伯爵令息は身体が弱くいつも臥せっていた。財があっても自由がないと嘆く。
だが、そんな彼を幼少期から知る婚約者ニーナ・ガーナインは献身的につくした。
相思相愛で結ばれたはずが健気に尽くす彼女を疎ましく感じる相手。
どんな無茶な要望にも応えていたはずが裏切られることになる。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

冤罪から逃れるために全てを捨てた。
四折 柊
恋愛
王太子の婚約者だったオリビアは冤罪をかけられ捕縛されそうになり全てを捨てて家族と逃げた。そして以前留学していた国の恩師を頼り、新しい名前と身分を手に入れ幸せに過ごす。1年が過ぎ今が幸せだからこそ思い出してしまう。捨ててきた国や自分を陥れた人達が今どうしているのかを。(視点が何度も変わります)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる