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19 会う3 ※妊娠に関するセンシティブな内容を含みます
しおりを挟む扉とは反対側の壁際――ベンチの横に立っている人を見て、私は固まってしまいました。
「――王太子殿下。何故ここに」
「王宮を抜け出してきた」
気まずそうに彼が言った瞬間、私はベンチから弾かれたように立ち上がり叫んでいました。
「―――人を呼びますっ!」
「呼ばないでくれ!頼むっ!」
「どういうおつもりですか!いったいどうやってここにっ?誰の手引きです!」
「ロゼ!落ち着いてくれ!
大声を出さないでくれ。二人きりで話がしたいだけだ。頼むから――」
「――お帰りください。私はもうお話しすることはありません」
私は彼――王太子殿下に背を向けて扉へと向かいました。
「待ってくれ!」
「お帰りを」
「ロゼ!」
「お帰りください!今すぐに!でなければ大声を上げますよ?!」
「待ってくれ!」
取っ手に手をかけ扉を開けようとした瞬間、視線の端に彼が入りました。
なんと膝をつき、その場に崩れ落ちています。
驚き、思わず彼に手を伸ばそうとした時。
彼が頭を地につけ、私に祈るような姿勢を向けました。
「待って……。ロゼ……頼む……。
お願いだ……もう……どうしていいか……ロゼしか……頼れる人がいないんだ」
「……え?」
「駄目なんだ。どうしても……駄目なんだよ……」
「…………」
「ロゼだけなんだ……お願いだ……私を……助けて……」
私は首を傾げました。
「……王太子殿下……?」
ゆっくりと……彼に近づいた時です。
「―――私と結婚してくれ、ロゼ」
いきなり顔を上げると、彼は言いました。
「頼む!私と結婚してくれ!そして私を助けてくれ!」
私は無意識に後退っていました。
手を握り、声が震えないよう気をつけて彼の懇願を退けます。
「王太子殿下。私はもう婚約者候補を辞退しております」
「頼むよ!約束する!ロゼだけだ!絶対に他の女性など迎えない!誓うよ!だからロゼ!」
呆れてしまいました。
何度同じことを言われても、私は拒んだというのに。
私が婚約者候補の辞退を願い出た理由はそこではないとお父様、王妃様。そして国王陛下までが諭されたというのに。
彼には全く届いていないようです。
何故、ここまで頑なに《自分が私以外の妃を迎えなければいい》という考えを変えないのでしょうか。
「……そのようなことを私は望んではおりません」
私ははっきりと言いました。
「気づいてください王太子殿下。
私は貴方と《支え合える関係》にはなれない。それが求婚をお断りする理由です。
殿下が何人、妃を娶るかとは関係のないことなのです」
「そんなこと言わないでくれ!
君だけを妃にすれば君の望む関係を築けるさ。
私は他の女性など迎えない!だからロゼ!」
はしたなくも薄ら笑いを浮かべてしまいました。
唯一の妃であれば《支え合える関係》が築けるわけではありません。
それに。彼は次期国王という自分の立場をわかっているのでしょうか。
すると、私の表情をどう取ったのか。
彼は笑って言いました。
「子なら頑張ればできるさ!」
息が止まりました。
「今……なんと……?」
「子なら頑張って作ればいい!きっとできるさ!私とロゼの子が!」
「―――――」
―――頑張って作ればいい?
ふつふつと怒りが湧いてきました。
この人は命を何だと思っているのでしょう。
命は簡単には生まれません。
子を授かることも、授かった子が無事に生まれてくることも、奇跡なのです。
それを……。
次期国王――《王太子》という、子を望まれる立場が言わせた言葉かもしれません。
深く考えた言葉ではないのでしょう。
そう思おうとしましたが……駄目でした。
唇を噛みました。
ですが。じくじくと疼く胸の痛みを……こらえきれません。
「いい加減にしてください」
「……ロゼ?」
「私の答えは変わりませんわ。
……まだわかりませんか?私では駄目なのです、王太子殿下。
貴方はどうか貴方と《支え合える関係》を結べる方を選んでください」
「ロゼっ!私は――」
「――貴方は私の話を聞こうとしない!
貴方は私を見ようとしない!
それでどうやって関係が築けるの?
無理なのよ。わかっていたわ。
前回だってそうだったもの!」
「―――――ロゼ……」
「お帰りください、王太子殿下」
「待ってくれ!お願いだ!私はロゼを手離したりしない!
絶対にカタリナなど迎えない!
別棟に送ったりしない!
蔑ろにしたりするものか!
―――今度は絶対に君に毒杯を送ったりしない!だからロゼ!」
「―――――」
彼がはっとして。顔色を変えていくのを瞬きもせず見ていました。
彼の様子が前回と違うとは思っていました。
けれど、気づいてはいませんでした。
気づくべきだったのでしょう。
でもまさか……。思いもしなかったのです。
「……王太子殿下。何故、毒杯のことをご存知なのですか?」
「それは……君が……」
「――言っておりません、殿下には。
なのに何故、ご存知なのですか」
「―――――」
「王太子殿下にもあるのですね?前回の……記憶が」
「……ロゼ……」
「それで?
自分にも前回の記憶があるのに。
私が話したことは本当に、全て実際にあったことだと知っていたのに。
それを夢だろう。馬鹿馬鹿しいと否定して。
《なかったことにして》やり直そうとしていたのですか。もう一度」
「違う!」
「どこが違うのですか。そういうことでしょう?」
「違うっ。……違うんだ、ロゼ。待ってくれ。今、説明を――」
「――結構です。言い訳など聞きたくありません」
「―――ロゼっ。違うんだ!言い訳じゃない!お願いだ。話を――」
「――もう貴方の話は聞きません!
何を聞かされたところで、私が貴方ともう一度やり直すことは絶対にないわ!」
「……ロゼ……」
―――神様。
何故ですか。
何故、私たちに繰り返しをさせたのです。
どうせわかり合えはしないのに―――。
「……帰ってください」
「ロゼ!」
「帰って!もう話すことなんて――」
「――お嬢様?」
はっとしました。
振り向けば屋敷内へ入る扉の前に声の主がいました。
私を探しにきてくれたのでしょう。
私はすぐに駆け寄りました。
「クロード、助けてっ!」
クロードは私の言葉に驚いたようですが、すぐに静かに言いました。
「お嬢様。どうされました?―――誰か、いたのですか?」
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