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07 幸せ
しおりを挟む果たして、執事見習いクロードの言った通り。
両親は、私の前回の話をあっさり信じてくれました。
いいえ、それ以上でした。
私は
「ロゼが苦しめられていたというのに、前回の私は何をしていたの?」
と、号泣するお母様を慰め、
「よくも大切な娘を!今すぐ馬車を用意してくれ!即刻、王太子殿下に抗議しに行く!」
と、激怒し玄関に向かおうとするお父様を必死で止めることになりました。
まだ何もしていない現在の彼に、何と言って抗議するつもりだったのでしょう。
クロードに言われるまま全て――お父様の騎士に降嫁する予定だったことを除いて――《毒杯を賜り27歳で亡くなった》ことまで話したことを、後悔したほどでした。
涙が出るくらい嬉しかったです。
「ロゼは嘘をつくならもっとまともな嘘がつける子だから」
というのが信じてくれた一番の理由だったようですが、いいのです。
今世の私は両親に恵まれました。
優しい両親です。
でも……私はもうひとつ。悲しませてしまうことを言い、謝らなければいけません。
きゅっと手を握りました。
「ですが。私と王太子殿下は、その……。
隠していましたが、恋人だったのです。
なのに突然、私が婚約者候補を辞退するなんて、よくは思われないでしょう。
私だけでなく、この侯爵家も王太子殿下に睨まれてしまうかもしれませんし、今後、私の結婚は……難しいかもしれません。申し訳ありません」
この国では、王太子殿下に数人の婚約者候補があげられます。
婚約者候補となった令嬢たちは、何年も王太子妃となるに相応しい教育を受け、そしてその中から、王太子殿下自身の意思と国王陛下の判断で正式な婚約者が決まります。
正式な婚約者が決まる日は、王太子殿下の20歳の誕生日なのですが、その日まで。王太子殿下は、たとえ想う令嬢がいても言ってはならないとされています。
他の婚約者候補たちの教育を受ける気力を奪ってしまわないように。
そしてもうひとつ。王太子殿下が心変わりされる可能性もあることを考えてです。
ですから、私と彼が恋人同士であることは秘密でした。
知っていたのは私と彼。私の話ぶりから察していただろう私の両親だけ。国王陛下もご存知ありません。
それでも恋人同士ではあったのです。
それが私からの、いきなりのお別れ宣言。手のひら返し。
彼は私を憎むでしょう。
前回の話をただの夢。たがが夢だろうと言われるのですから当然ですね。
それは仕方がありません。諦めます。
ですが、彼の――現在の王太子殿下で次期国王陛下の怒りが、この侯爵家にも向いてしまうだろうことは心が痛みます。
そう思い、両親に頭を下げたのですが。
下げた頭の上に降ってきたのは―――
「何を言っているの?
ロゼ。貴女は前回にとんでもない仕打ちを受けたのよ?
貴女の時間が戻ったからといって、なかったことにはしません。
今回は、貴女が嫌だと言っても婚約者候補を辞退してもらいますからね」
というお母様の声と
「もちろんだ。むしろ嬉しいよ。
ロゼを王家に嫁がせたら滅多に会えなくなると嘆いていたんだ。
それが。ロゼがずっと家にいてくれるなんて。夢のようだ」
というお父様の声。
涙と笑いが溢れました。
「お父様。それはどうなんでしょう」
「なんだい?ロゼは結婚したいのかい?」
「いえ、そういうわけではないのですが。貴族の娘としては政略も……」
「ロゼを政略の道具にしようとは思っていないよ。
私はそういうのが苦手だからね。ロゼが王太子殿下の婚約者候補にあがった時にも内心困っていたくらいだ。
ロゼの気持ちが一番だよ。
幸いにもウチはやっていけているしね」
「―――ありがとうございます」
「婚約者候補を辞退したあと、ロゼはどうしたい?
家にいてくれたら嬉しいけれど。
ロゼの人生だ。ロゼの好きにしていいんだよ」
「そうですね。……では、自分の幸せを探します」
そう言うと
「それはいいね」とお父様は笑ってくれました。
この国の女性は、幸せだと言われる生き方が決まっています。
理想というのでしょうか。
良き結婚、良き家庭。
そして……子どもを持つこと。
それは、きりがありません。
一人子どもを持てば、次は二人目の子ども。
次は子どもの教育、成績、性格。
次は子どもの収入、結婚、孫。
次は孫の……と、理想は続きます。
その通りに進めば幸せなのかもしれません。
でも、違う道でも幸せなのかもしれません。
幸せかどうかなんて、自分で決めればいいのです。
そう強く思えるのは
たくさん泣きながらも逞しく生きた前世の私――《ツバキ》の記憶の影響でしょうか。
「お嬢様。靴が」
クロードにこっそり注意され、慌てて靴を履きました。
《ツバキ》の影響は大きいようです。
気をつけなければ。
……でもずっと靴を履いているのは足が蒸れるでしょう?
ソファーにずっと座っているのも疲れてしまうわ。
そう言いたいのを何とかこらえました。
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