この死に戻りは貴方に「大嫌い」というためのもの

ちくわぶ(まるどらむぎ)

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05 私は私

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「私は私よ」

「返事になっておりません」

「私はロゼ・フローラ・カーステン。今は18歳。
このカーステン侯爵家の長女。家族は両親と現在、寄宿学校で学んでいる弟の三人。
今日、恋人だった王太子殿下に婚約者候補の辞退を願い出たわ。
どう?間違いないでしょう?」

「そうですが。違うのでしょう?」

「どういう意味?私が別人に見えるとでもいうの?」

「いいえ。貴女はどこからどう見てもお嬢様です」

「じゃあ何故《違う》なんて言うのかしら。
理由を教えてくれる?」


執事見習いは平然と言いました。

「まず、お嬢様は奥様似の淑女です。
少なくとも王太子殿下を睨みつけるような方ではありません」

「え?」


―――なるほど。

え?いやだ、睨んだかしら。睨んだかも?
でもそれは……。


「わかってもらおうと必死で、目つきが悪くなってしまっただけだと思うわ。
それに、今の私には27歳まで生きた記憶があるのだもの。
貴方が知っている18歳の私より、精神的に強くなっていてもおかしくないのではないかしら」

「ええ。私もそう思っていました。ですが。
それだけでは説明がつかないのです」

「説明がつかない?」

「気づいていないのですね」

「何に?」

「――お嬢様は靴を脱ぎ、足を折ってソファーの上に座ったりしません」

「え」

「何故、そんな奇妙な座り方を?
お嬢様だけではありません。
私はそのような座り方をする者など、見たことも聞いたこともありません」

「…………そ、そう……?」

「はい」


―――な、なるほど。


ようやく気づきました。

先ほど座り直した時、私は無意識に正座してしまったようです。
まさかそのような癖が出るとは、思いもしませんでした。長年の生活習慣というものは恐ろしいものです。


執事見習いはじっとこちらを見ています。
眼鏡の奥で目が光った気がして、背中がひやりとしました。

「それで?お嬢様の中にいる貴女は、誰なのですか?」


―――鋭い。


でも、ちょっと残念ね。

「だから、言ったでしょう?私は私よ。
………………ただ」

「ただ?」

「………………何故か。記憶があるのよ」

「はい。前回の、27歳までの記憶のことですね」

「それもあるんだけど。……何というか。
それ以前の記憶もね……何故かあるのよ」

「はい?……それ以前?」

「ええ。その……《前世》というのかしら。
ロゼ・フローラとして生まれる前に、別の人間として生きていた記憶があるの」

「―――――」

執事見習いは一瞬息を止めて
そのあと変な声を出しました。

「………………は?」


私は執事見習いの方に身を乗り出して一気に言いました。

「わかるわ。頭がおかしくなったと思っているでしょう!
でも本当のことなのよ。嘘じゃないわ」

「―――」

「この国じゃない。行ったこともないどこかよ。
それどころか、私の常識では考えられないような物ばかり溢れている世界の記憶なの。
……まるで魔法のような国で、生きていた記憶よ」

「―――」

「それこそ夢だとしか思えないような記憶よ。
けれど、不思議なことに私には《ああ、私の記憶だわ》とわかったの。
疑いようもなかった。
すとんと心に入ったの。前回の、27歳まで生きた記憶と同じように」

「―――」

「その、魔法のような国で生きていた前世の私は《ツバキ》という名前で、100歳まで生きたわ。
おぼろげだけれど、それでも《ツバキ》の記憶は多い。
それを今、私の頭は処理しきれていないというか、記憶が溢れて少し混乱しているというか、混同してるというかで……」

「―――」

執事見習いは何も言わず、動きもしません。
先ほど前回の私の話を聞いてくれた時は、嬉しかった。
味方のように思えたのですが……。

私は悲しくなってきました。

「さすがに《ツバキの話》は信じられない……?」

「……本音を言わせていただければ」

「そうよね」

「ですが。
そうでもなければ、今のお嬢様の様子は説明がつかないとも思います」

「―――ありがとう……」

執事見習いは小さく息を吐きました。


「しかし奇妙ですね。お嬢様の時が戻ったなら、お嬢様に前回の記憶があるのはわかりますが、何故前世の――《ツバキ》様の記憶まで……」

「あ」

「何か、心当たりでも?」

一瞬ためらいましたが。
ここまで打ち明けているので今更です。

それに、味方になって欲しいなら全て正直に打ち明けなければ。

私は決意すると告げました。


「あの……。《ツバキ》……さん?も、前回の私と同じように心変わりされて、捨てられたからじゃないかしら。前世の彼――王太子殿下に」


執事見習いは固まってしまったように動かなくなりました。

息も止まっているのでは、と私が不安に思い始めた頃
ようやく変な声を出しました。



「………………………………は?」


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