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04 味方?
しおりを挟む「今日のところは帰る。話はまた後日にしよう」
そう言って彼――王太子殿下はお帰りになりました。
笑ってしまいました。
都合が悪くなるとすぐにお逃げになる。
そんなところは昔から変わっておられないようです。
とはいえ、正直助かりました。
二度と覚めるはずのない目が覚めたら《今日》で。
どうして《こうなった》のか、何が起こったのか。
わからないまま、それでも行動はしなければならなくて……私は疲れていたのです。
もう自室に戻る気力もなく、私はひとり応接室のソファーに身を預けていました。
しばらくして、彼を見送りに行っていた執事見習いが帰ってきました。
当然のようにドアを開け放して応接室に入り、小声で私に報告しました。
「王太子殿下は、お帰りになりました」
「そう。どんなご様子だった?」
「いらした時とは違い、ご機嫌でなかったことは確かですね」
思わず笑ってしまいました。
ようやく肩の力が抜けたようです。
今日のやり取りだけで彼が納得してくれたとは思えませんが。
ひとまず私の、別れの意思がかたいことは伝わったでしょう。
「本当によろしかったのですか?」
執事見習いの言葉に、私は頷きました。
「いいわよ?また同じことを繰り返したくないもの」
「繰り返し……」
「なあに、貴方も私が見た夢の話だろうと言うの?」
「いえ。ですが念のため、もう少し深くお聞きしてもよろしいでしょうか」
「どうぞ。何でも聞いて?」
私がソファーに座り直すと、執事見習いは「では」と早速聞いてきました。
「では、二年後の。王太子殿下とお嬢様の結婚式はどちらで?」
「――タナスウェル神殿。
通常、王家の結婚式に使われるセンライド神殿は老朽化が激しくて。
最初は修復して使う予定だったけど、手狭でもあるし建て替えることになって。
二年後の式には間に合わず、使えなかったのよ。
五年後の、彼と西の大国の王女カタリナ様の結婚式は真新しいセンライド神殿で、それは盛大に行われたわ」
「その年、現在の国王陛下が譲位され、王太子殿下が新たな国王陛下になられたと」
「ええ、そうよ。現在の国王陛下の、体調不良を理由にね。
お元気そうだったけれど、本当は体調が良くはなかったのか。
……カタリナ様の祖国、西の大国から何か圧力があったのか……」
「――側妃をおけるのは国王陛下だけだから、なのでは?」
「……それはないと思うわよ」
私も考えたことはありましたが、その可能性は限りなく低いでしょう。
私は力の弱い侯爵家の娘です。
婚約者候補に名が上がった令嬢の中でも末端の末端。
政略というより、彼の恋人だったから王太子妃になりました。
私たちの婚約には難色を示された方も多かったのです。
そんな私を、側妃に据えておかなければならない必要があったとは思えません。
執事見習いは顎に手をやりしばらく考えていましたが、やがてそれまでより声を落として言いました。
「……結婚してから三年の間。お嬢様が、お子を授からなかったというのは」
「もちろん本当よ。
悩んだし、辛かった。良いと言われる物を食べたり薬湯を煎じてもらったり。できる努力は何でもしたつもりよ。
……でも縁がなかったの。
こればかりは仕方のないことよ。
逆に正妃カタリナ様は嫁いでこられてすぐ、ご懐妊されたわ。
そして結婚後一年もしないうちに王子様がご誕生。
雲ひとつない快晴の日だった。……誰もが大喜びしていたの。よく覚えてる」
「……そうですか……」
執事見習いがどういうつもりで質問してきたのかはわかりませんが。
私には、私の話を信じようとしてくれているのだと思えました。
少なくとも彼のように、頭から《夢の話》と決めつけてはいないとわかります。
嬉しかった……。味方を見つけたような気持ちでした。
それで安心していたからでしょう。
私はつい、余計なことまで言ってしまいました。
「他には?
何なら、私が死ぬまでの生活を全部話して聞かせてあげてもいいわよ。
と、言っても細かいことは覚えていないけど。
九年くらいだから、それほど時間はかからないわ」
「―――九年?」
「ええ。27歳まで」
言ってからしまったと思ったけれど手遅れでした。
正確な享年は、彼との話し合いの中でも言っていなかったのです。
「……結婚して王太子妃となられるのが今から二年後――お嬢様が20歳の時。
西の大国の王女殿下が正妃、お嬢様が側妃とされるのがそれから三年後、23歳の時。
そして一年もしないうちに王子様が誕生され……。
その後、わずか三年ほどで、お嬢様は亡くなったというのですか?
いくら何でも早逝では?何故、それほど早く?」
私は観念しました。
そして誰にも言わない。特に悲しむだろう私の両親には絶対に言わないと約束をさせて、告げました。
「毒杯を賜ったの」
「毒杯?何故ですか?」
「よく……わからないわ。何かしたわけじゃないの。
でも、私の降嫁が決まったところのようだったから。
側妃とは名ばかり。実は別棟に閉じ込め、正妃がするはずの執務を私にさせていたと外部に知られるのを嫌ってのことだったんじゃないかしら」
「降嫁?」
「相手は誰だかわからないのだけれどね」
咄嗟にごまかしました。
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相手は騎馬槍試合の勝者となり、私を望んでくれた父の騎士でした。
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でも残念ながら、そんな情報は持っていないわ。
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つまりは、この先九年は、まあまあ平和ということよ」
「…………」
「どう?他にもまだ聞きたいことはある?」
何となく気まずくて話題をふると、執事見習いは意外にもすぐに言いました。
「……では最後にひとつだけ」
「いいわよ。なあに?」
「貴女―――誰ですか?」
あら…………鋭い。
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