上 下
45 / 47

44 エミリアside

しおりを挟む



「私たちのことを描いた本は評判だそうだよ、リア」

私の部屋を訪ねてこられた王太子殿下のお言葉に、私はなんと返せば良いのかわからず曖昧に微笑んだ。

王太子殿下の少し後ろから、侍従カイゼル様がいつものようにすましておっしゃった。

「はい。内容だけでなく、庶民にも手に取りやすい価格にしたのも良かったのでしょう。笑いが止まりません」

「笑い」

思わずカイゼル様の顔を二度見してしまった。

「出版を依頼した者が嬉しい悲鳴をあげています。売れすぎて増版が追いつかないと。
さらに大陸公用語でも出版したいと言われましたので了承しました。
お二人のロマンスは大陸中で語られることになるでしょう。
しばらくしたら絵本にしても良いですね」

「絵本にまで」

後ろにいる侍女キャシーの感極まったような声。

そして私の横では

「なら大陸公用語の絵本も欲しいわ。嫁ぐ時に持っていきたいから」

と、隣国の公爵様との婚約が整ったリリローズ様が注文された。


王太子殿下はため息を吐かれた。

「リリローズ。絵本のことはともかく、少しは遠慮して欲しいな。
毎日のように訪ねて来られてはリアが疲れてしまうだろう」

「あら、王太子殿下。
私が可愛い義妹を訪ねてくるのがご不満?リアは喜んで迎えてくれますわよ?」

私は頷いた。

「私はリリローズ様が訪ねて来てくださって嬉しいです。リリローズ様のお話は楽しくて」

「話?」

「はい」

王太子殿下の幼い頃からのご様子が聞けて、とは言えなかった。
熱くなった頬に気づかれないように下を向く。

「王太子殿下こそ。遠慮していただきたいわ。
私がリアを訪ねて来ていることはご存知だったのでしょう?お座りになる気?
今は姉妹の時間でしてよ?」

「姉妹の時間は十分過ごしただろう?今日はもう帰ったらどうかなリリローズ。
リアは私の婚約者で、これから二人でダンスの練習をするんだけどね」

「聞きましたが、それなら私がいても構わないのでは?
それにリアはもう殿下とは問題なく踊れるのでしょう?
なら練習は、他の方と。
そうね、リア。今日はカイゼルと踊ってみてはどうかしら」

「不要だ。リアは私以外の者の手を取る必要はない」

「貴方ねえ……」

「リアは男性と話せるようになってくれた。それで十分だ」

リリローズ様は先ほど王太子殿下が吐かれたのよりはるかに大きなため息を吐かれた。

カイゼル様はすましたまま。

キャシーは……。
声をこらえて笑っていた。

私はそっと胸のペンダントに触れた。


「どうしたの?リア」

「夢のようで……」

「私も。夢を見ているようだよ、私のリア」

目の前の王太子殿下が滲んで見えた。
王太子殿下は私の手を取ると優しく言われた。

「でも本当に無理をしていない?キャシーに聞いたよ?
夜遅くまで起きているそうだね。
日中に自分の時間が取れていないからじゃあないのかな」

どきりとした。

「いいえ。違います。それは。……あの。
ただ……起きて……いたいだけで……」


―――怖くて。眠りたくなくて。

とは言えずに目を伏せた。

今の私は王太子殿下の婚約者。
国王陛下と王妃陛下も。
公爵様もリリローズ様も温かく迎えてくださった。

夢のようで。まだ信じられなくて。
怖い。

この幸せな時間が消えてしまったら―――――。

10年前の、あの日。
突然消えてしまったリュシーのように。
王太子殿下がまた……消えてしまったら……。

と。

「大丈夫。眠っても、もう私は消えたりしないよ」

「―――――」

胸が熱くなった。
王太子殿下が私の不安を正確に読み取って下さったことに。
私を包む王太子殿下の確かなあたたかさに。

「―――はい……」 

失わないように
私はそっと王太子殿下に手を回した。


「ああ――今すぐに君を妻にしたい」

「え?」

「殿下」

カイゼル様の静かな声。
そしてリリローズ様の驚いたような、呆れたような声がした。

「カイゼル。貴方の主人は思ったことをそのまま口にする人だったのね。
知らなかったわ。王太子としてどうなのかしら」

「私も知りませんでしたが問題ないと思われます。エミリア様のことだけですから」

王太子殿下が不満そうに言われた。

「褒めてくれても良いのではないかな。
愛しくてたまらない婚約者殿をこの胸に抱いていながらどうにか理性を保っている私を」

「殿下……!」


カイゼル様が珍しく唸った。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

あなたの事は記憶に御座いません

cyaru
恋愛
この婚約に意味ってあるんだろうか。 ロペ公爵家のグラシアナはいつも考えていた。 婚約者の王太子クリスティアンは幼馴染のオルタ侯爵家の令嬢イメルダを側に侍らせどちらが婚約者なのかよく判らない状況。 そんなある日、グラシアナはイメルダのちょっとした悪戯で負傷してしまう。 グラシアナは「このチャンス!貰った!」と・・・記憶喪失を装い逃げ切りを図る事にした。 のだが…王太子クリスティアンの様子がおかしい。 目覚め、記憶がないグラシアナに「こうなったのも全て私の責任だ。君の生涯、どんな時も私が隣で君を支え、いかなる声にも盾になると誓う」なんて言い出す。 そりゃ、元をただせば貴方がちゃんとしないからですけどね?? 記憶喪失を貫き、距離を取って逃げ切りを図ろうとするのだが何故かクリスティアンが今までに見せた事のない態度で纏わりついてくるのだった・・・。 ★↑例の如く恐ろしく省略してます。 ★ニャンの日present♡ 5月18日投稿開始、完結は5月22日22時22分 ★今回久しぶりの5日間という長丁場の為、ご理解お願いします(なんの?) ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。リアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義です。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。登場人物、場所全て架空です。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。 ※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません。

すべては、あなたの為にした事です。

cyaru
恋愛
父に道具のように扱われ、成り上がるために侯爵家に嫁がされたルシェル。 夫となるレスピナ侯爵家のオレリアンにはブリジットという恋人がいた。 婚約が決まった時から学園では【運命の2人を引き裂く恥知らず】と虐められ、初夜では屈辱を味わう。 翌朝、夫となったオレリアンの母はルシェルに部屋を移れと言う。 与えられた部屋は使用人の部屋。帰ってこない夫。 ルシェルは離縁に向けて動き出す。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界の創作話です。時代設定、史実に基づいた話ではありません。リアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義です。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。登場人物、場所全て架空です。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。 ※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません。 10月1日。番外編含め完結致しました。多くの方に読んで頂き感謝いたします。 返信不要とありましたので、こちらでお礼を。「早々たる→錚々たる」訂正を致しました。 教えて頂きありがとうございました。 お名前をここに記すことは出来ませんが、感謝いたします。(*^-^*)

頑張らない政略結婚

ひろか
恋愛
「これは政略結婚だ。私は君を愛することはないし、触れる気もない」 結婚式の直前、夫となるセルシオ様からの言葉です。 好きにしろと、君も愛人をつくれと。君も、もって言いましたわ。 ええ、好きにしますわ、私も愛する人を想い続けますわ! 五話完結、毎日更新

あなたを忘れる魔法があれば

七瀬美緒
恋愛
乙女ゲームの攻略対象の婚約者として転生した私、ディアナ・クリストハルト。 ただ、ゲームの舞台は他国の為、ゲームには婚約者がいるという事でしか登場しない名前のないモブ。 私は、ゲームの強制力により、好きになった方を奪われるしかないのでしょうか――? これは、「あなたを忘れる魔法があれば」をテーマに書いてみたものです――が、何か違うような?? R15、残酷描写ありは保険。乙女ゲーム要素も空気に近いです。 ※小説家になろう、カクヨムにも掲載してます

【完結】貴方が好きなのはあくまでも私のお姉様

すだもみぢ
恋愛
伯爵令嬢であるカリンは、隣の辺境伯の息子であるデュークが苦手だった。 彼の悪戯にひどく泣かされたことがあったから。 そんな彼が成長し、年の離れたカリンの姉、ヨーランダと付き合い始めてから彼は変わっていく。 ヨーランダは世紀の淑女と呼ばれた女性。 彼女の元でどんどんと洗練され、魅力に満ちていくデュークをカリンは傍らから見ていることしかできなかった。 しかしヨーランダはデュークではなく他の人を選び、結婚してしまう。 それからしばらくして、カリンの元にデュークから結婚の申し込みが届く。 私はお姉さまの代わりでしょうか。 貴方が私に優しくすればするほど悲しくなるし、みじめな気持ちになるのに……。 そう思いつつも、彼を思う気持ちは抑えられなくなっていく。 8/21 MAGI様より表紙イラストを、9/24にはMAGI様の作曲された この小説のイメージソング「意味のない空」をいただきました。 https://www.youtube.com/watch?v=L6C92gMQ_gE MAGI様、ありがとうございます! イメージが広がりますので聞きながらお話を読んでくださると嬉しいです。

ガネス公爵令嬢の変身

くびのほきょう
恋愛
1年前に現れたお父様と同じ赤い目をした美しいご令嬢。その令嬢に夢中な幼なじみの王子様に恋をしていたのだと気づいた公爵令嬢のお話。 ※「小説家になろう」へも投稿しています

愛を語れない関係【完結】

迷い人
恋愛
 婚約者の魔導師ウィル・グランビルは愛すべき義妹メアリーのために、私ソフィラの全てを奪おうとした。 家族が私のために作ってくれた魔道具まで……。  そして、時が戻った。  だから、もう、何も渡すものか……そう決意した。

【完結】27王女様の護衛は、私の彼だった。

華蓮
恋愛
ラビートは、アリエンスのことが好きで、結婚したら少しでも贅沢できるように出世いいしたかった。 王女の護衛になる事になり、出世できたことを喜んだ。 王女は、ラビートのことを気に入り、休みの日も呼び出すようになり、ラビートは、休みも王女の護衛になり、アリエンスといる時間が少なくなっていった。

処理中です...