36 / 47
35 エミリアside
しおりを挟む「……伯母様にお見舞いを。侯爵家にはそれだけお願いします」
「え?お見舞い?……それで……それだけでいいの」
「はい」
私が頷くと、王太子殿下は痛ましいものを見るような、辛そうな顔をされた。
「リア。君は……あの侯爵家の者たちを許せるの?
憎まないの?君は憎んでいいんだよ。
憎んで当然だ。
君は三年間も身勝手な憎しみを向けられ、酷い扱いをされてきたのだから」
私はすっと目を伏せた。
「いつまで憎めば終わるのでしょうか」
「……いつまで?」
「侯爵家の全員がどうなれば、私の気が済むのでしょう。
全員が人から蔑まれればいいのでしょうか。
全員が生活できないようになればいいのでしょうか。
全員が病気で苦しめばいいのでしょうか。
その人たちの家族まで共に不幸になることを
当然の報いだと笑えたら
私は満足できるのでしょうか」
「―――――」
「憎み続けていれば、いつかは気が晴れるのでしょうか。
憎み続けた日々を悔いはないと笑える日が来るのでしょうか」
いつもの癖でペンダントに触れた。
今はもう服の下に隠してはいないそれはしっかりと私の手の中に収まった。
「そんなふうに生きるのは嫌なのです。
許す許さないじゃない。
私は――違う景色が見たいのです」
「―――いろんなところへ行って。いろんな人と話したいんだものね」
「はい」
「そうか」
王太子殿下が少しだけ笑われた。
つられて私も笑う。
「それに、伯母様は……私に教会へ行くためのドレスを作ってくれました。
義姉《エミリア》様は……飴玉をくれました」
「は?―――飴玉?」
「はい。色とりどりの綺麗な紙に包まれた飴玉を。
私が代わりに教会へ行った時や、王太子殿下へのお手紙を大陸公用語で書いたあと。
《エミリア》様は私にくれたんです。笑いながら。『ご褒美よ』って」
「…………リア」
王太子殿下のお顔を曇らせてしまったが、私は微笑んだままで言った。
「ジェイデン様は……。
私、侯爵家に着いた初日に修道院へ帰ろうとしたのです。
侯爵家に私がいたら迷惑だと思い知って。
修道院が恋しくて。
それで、後先など考えずに侯爵家から抜け出しました。
闇を味方につけ、人をよく見て先の動きを読み、死角をついて」
「私が教えたことだね」
「役に立ちました。
でもすぐに、酔った男性たちに孤児がいると捕まえられてしまって。
面白半分に殺されそうになったんです」
「―――えっ。酔った男性たち?」
首にそっと触れた。
「ええ。男性の力の強さを初めて知りました。
私はされるがままで何もできなかった。
最後に首を絞められて……もうだめだと思いました。
ですが――私を追いかけてきたジェイデン様が、私を救い出してくれたのです」
「…………ジェイデンは……君を助けてくれたの……?」
「はい。私が屋敷を抜け出したところを目にしたそうで。
私は引きずられるようにして屋敷に連れ帰られました。
酔った男性たちと同じもの凄い力で。
それで……私はどの男性も怖くなってしまった。
ジェイデン様が私を婚約者にすると言われた時、実はほっとしたんです。
これで男性に近づかなくて済む、と」
「……リア。それは…………」
「――それは。
娘――《エミリア》様のドレスを私に着せたくなかったからでしょう。
自分の身代わりの私を蔑み、揶揄う気持ちからだったのでしょう。
私が父――伯父様を傷つける為の道具だったからでしょう。
でも私は…………何だか……嬉しかったのです」
「…………」
「私は、おめでたいのかもしれませんね。
それでも……。ただ憎いだけの方たちでは……なかったのです」
泣いた日も多かった。
それでも―――
「――それに、あのお屋敷のメイドのカーラさんは、私にとても良くしてくれました。
初日に逃げ出して、酔った男性たちから受けた怪我を手当てしてくれて。
それから侯爵家での生活について、いろいろ教えてくれました」
「……そう」
「伯母様に捨てるように言われた私の荷物も、捨てずに取っておいてくれた。
一着の服しか入っていませんでしたけれど、とても嬉しかった」
「…………」
「……いつもこっそりと。お茶や、お菓子や、本を持って来てくれました。
私の話し相手にと、新人のカティさんを連れて来てくれたこともあります」
「……そうか……」
「私を気遣ってくれる人が。ちゃんと、いたんです」
私は下を向いた。
思わず涙が出そうになってしまったから。
「わかった……」
王太子殿下はそんな私の肩を優しく引き寄せて下さった。
温かさに私の涙が溢れ出す。
ぼろぼろと溢れる涙を
王太子殿下がそっと拭いてくださった。
「いいのです……。
どうかあの侯爵家には……何もしないで下さい」
「ああ。……わかった……」
私は神様じゃない。
侯爵家ではいろいろな感情を抱いた。
憎いと思ったことだってある。
けれど。
――「あの侯爵家が許せない」――
王太子殿下のその言葉ひとつで。
それだけで、私は―――――。
今、この方といられれば
それだけで、もう私は―――――。
涙が止まらなかった。
生まれてはじめての、幸せな涙が……。
37
お気に入りに追加
455
あなたにおすすめの小説
あなたの事は記憶に御座いません
cyaru
恋愛
この婚約に意味ってあるんだろうか。
ロペ公爵家のグラシアナはいつも考えていた。
婚約者の王太子クリスティアンは幼馴染のオルタ侯爵家の令嬢イメルダを側に侍らせどちらが婚約者なのかよく判らない状況。
そんなある日、グラシアナはイメルダのちょっとした悪戯で負傷してしまう。
グラシアナは「このチャンス!貰った!」と・・・記憶喪失を装い逃げ切りを図る事にした。
のだが…王太子クリスティアンの様子がおかしい。
目覚め、記憶がないグラシアナに「こうなったのも全て私の責任だ。君の生涯、どんな時も私が隣で君を支え、いかなる声にも盾になると誓う」なんて言い出す。
そりゃ、元をただせば貴方がちゃんとしないからですけどね??
記憶喪失を貫き、距離を取って逃げ切りを図ろうとするのだが何故かクリスティアンが今までに見せた事のない態度で纏わりついてくるのだった・・・。
★↑例の如く恐ろしく省略してます。
★ニャンの日present♡ 5月18日投稿開始、完結は5月22日22時22分
★今回久しぶりの5日間という長丁場の為、ご理解お願いします(なんの?)
♡注意事項~この話を読む前に~♡
※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。リアルな世界の常識と混同されないようお願いします。
※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。
※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義です。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。登場人物、場所全て架空です。
※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません。
すべては、あなたの為にした事です。
cyaru
恋愛
父に道具のように扱われ、成り上がるために侯爵家に嫁がされたルシェル。
夫となるレスピナ侯爵家のオレリアンにはブリジットという恋人がいた。
婚約が決まった時から学園では【運命の2人を引き裂く恥知らず】と虐められ、初夜では屈辱を味わう。
翌朝、夫となったオレリアンの母はルシェルに部屋を移れと言う。
与えられた部屋は使用人の部屋。帰ってこない夫。
ルシェルは離縁に向けて動き出す。
♡注意事項~この話を読む前に~♡
※異世界の創作話です。時代設定、史実に基づいた話ではありません。リアルな世界の常識と混同されないようお願いします。
※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。
※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義です。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。登場人物、場所全て架空です。
※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません。
10月1日。番外編含め完結致しました。多くの方に読んで頂き感謝いたします。
返信不要とありましたので、こちらでお礼を。「早々たる→錚々たる」訂正を致しました。
教えて頂きありがとうございました。
お名前をここに記すことは出来ませんが、感謝いたします。(*^-^*)
頑張らない政略結婚
ひろか
恋愛
「これは政略結婚だ。私は君を愛することはないし、触れる気もない」
結婚式の直前、夫となるセルシオ様からの言葉です。
好きにしろと、君も愛人をつくれと。君も、もって言いましたわ。
ええ、好きにしますわ、私も愛する人を想い続けますわ!
五話完結、毎日更新
あなたを忘れる魔法があれば
七瀬美緒
恋愛
乙女ゲームの攻略対象の婚約者として転生した私、ディアナ・クリストハルト。
ただ、ゲームの舞台は他国の為、ゲームには婚約者がいるという事でしか登場しない名前のないモブ。
私は、ゲームの強制力により、好きになった方を奪われるしかないのでしょうか――?
これは、「あなたを忘れる魔法があれば」をテーマに書いてみたものです――が、何か違うような??
R15、残酷描写ありは保険。乙女ゲーム要素も空気に近いです。
※小説家になろう、カクヨムにも掲載してます
【完結】貴方が好きなのはあくまでも私のお姉様
すだもみぢ
恋愛
伯爵令嬢であるカリンは、隣の辺境伯の息子であるデュークが苦手だった。
彼の悪戯にひどく泣かされたことがあったから。
そんな彼が成長し、年の離れたカリンの姉、ヨーランダと付き合い始めてから彼は変わっていく。
ヨーランダは世紀の淑女と呼ばれた女性。
彼女の元でどんどんと洗練され、魅力に満ちていくデュークをカリンは傍らから見ていることしかできなかった。
しかしヨーランダはデュークではなく他の人を選び、結婚してしまう。
それからしばらくして、カリンの元にデュークから結婚の申し込みが届く。
私はお姉さまの代わりでしょうか。
貴方が私に優しくすればするほど悲しくなるし、みじめな気持ちになるのに……。
そう思いつつも、彼を思う気持ちは抑えられなくなっていく。
8/21 MAGI様より表紙イラストを、9/24にはMAGI様の作曲された
この小説のイメージソング「意味のない空」をいただきました。
https://www.youtube.com/watch?v=L6C92gMQ_gE
MAGI様、ありがとうございます!
イメージが広がりますので聞きながらお話を読んでくださると嬉しいです。
ガネス公爵令嬢の変身
くびのほきょう
恋愛
1年前に現れたお父様と同じ赤い目をした美しいご令嬢。その令嬢に夢中な幼なじみの王子様に恋をしていたのだと気づいた公爵令嬢のお話。
※「小説家になろう」へも投稿しています
愛を語れない関係【完結】
迷い人
恋愛
婚約者の魔導師ウィル・グランビルは愛すべき義妹メアリーのために、私ソフィラの全てを奪おうとした。 家族が私のために作ってくれた魔道具まで……。
そして、時が戻った。
だから、もう、何も渡すものか……そう決意した。
【完結】27王女様の護衛は、私の彼だった。
華蓮
恋愛
ラビートは、アリエンスのことが好きで、結婚したら少しでも贅沢できるように出世いいしたかった。
王女の護衛になる事になり、出世できたことを喜んだ。
王女は、ラビートのことを気に入り、休みの日も呼び出すようになり、ラビートは、休みも王女の護衛になり、アリエンスといる時間が少なくなっていった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる