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30 手記 エレノーラside

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私の中に黒い気持ちが吹き出していった。

お姉様が
ミゲル様が
憎かった。

止められなかった。
いつしか、お姉様の死すら望むようになった。

私はそんな自分が恐ろしかった。
そんな心の有り様が顔に出ているのではないかと思うと鏡が見られなくなった。

醜い私を見続ければ、ミゲル様の心はますます私から離れていくだろう。
そして最後は……きっと私は捨てられる。
何年先か、何ヶ月先か、今日か。わからないけれど別れを告げられる。

捨てられるのを待つなんて……私は耐えられなかった。
綺麗な私のままでミゲル様の心に刻まれたかった。

だから私からミゲル様に別れを切り出した。
最後にひとつだけ、わがままを言って。


それまでは月に一度会っていても関係を持ったことはなかった。
でも最後は。

ミゲル様への想いを断ち切るために、どうしてもと誘った。
泣く私を見て、ミゲル様は応えてくれた。

私と夫の間に子はできなかった。
私も夫もその頃には実子を諦め養子をもらう話をしていた。

だから、まさかあの日。
子を授かるとは思わなかった。


夫には正直に打ち明けた。
夫は自分の子として育てると、神様のようなことを言ってくれた。
けれど私は断った。

酷い話だけれど、優しすぎる夫を思って、ではなかった。

父親が誰かは人に言えない子になる。
家の後継者として認められない子になってしまう。

それでも私はどうしても
ミゲル様の子を、夫の子として産みたくはなかった。

私の決意を知って
お父様は最初とんでもないと大反対したけれども最後は好きにしろと言ってくれた。

爵位を持ったままこの子を産めば家の醜聞になる。
私は体調不良を理由にお父様に爵位を返し、家に籠った。



……ごめんなさい、ミゲル様。
……ごめんなさい、お姉様。
でも、この子を産むことを許して。
もう二度とミゲル様と会えなくてもいい。
代わりにこの子がいれば。


そう思っていたのは、家に怒鳴り込んできたお姉様の言葉を聞くまでだった。

怒り狂い、私が子を産むことは認めないと言い
お父様に《元はと言えばお前が――》と咎められたお姉様が放ったひと言。


――「私はちゃんと謝ったでしょう!」――


ねえお姉様。

その言葉を聞いた時の、私の気持ちがわかる?

やったわ。
お姉様を幸せの絶頂からどん底に突き落としてやれた。


―――――ざまあみろ!―――――


そう思ったわ。


不幸になればいい。

私を不幸にしておいて自分だけ幸せになろうだなんて許さない。
私の人生を滅茶苦茶にしておいて幸せな家庭を築くなんて許さない。

お姉様もミゲル様も、二人の間の子どもたちもみんなみんな
不幸になればいい!


でもすぐにはっとした。

私はなんてことを!
お姉様だけじゃない。ミゲル様も。その子どもまで憎むなんて。

私は震えた。
これでは悪魔のようだと恐ろしくてたまらなかった。

変わってしまう。

ミゲル様が好きだと言ってくれた優しい私じゃなくなってしまう。

実の姉も愛した人も幼い甥も、まだこの世に生を受けていない甥か姪までも
憎む恐ろしい女になってしまう。


こんな真っ黒な思いに囚われてしまうのは嫌っ!

―――――誰か助けて!


気がつくと私は泣きながらお腹を抱えていた。

「―――助けて……。エミー。……エミー……」

……そうよ。

私にはこの子がいる。
この子がいてくれる。

私とミゲル様の名を持つこの子が。

男の子ならエミリオ。
女の子ならエミリア。

お願いよ、エミー。

真っ黒な思いから
私を、救って―――――


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