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26 王太子殿下side

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それから私はエミリアと学び遊んだ。

守るべきエミリアに格好悪いところは見せられないと思えば勉強にも力が入った。
子どもらしい遊びを知らなかったエミリアに遊びも教えた。

闇を味方につけ、人をよく見て先の動きを読み、死角をつく。
部屋を抜け出す方法をエミリアに教えた時はシスターに叱られた。
笑いをこらえながら。

毎日が本当に楽しくて
小さな修道院での日々はまるで夢のようだった。


その日々に終わりが訪れたのは突然のこと。

エミリアの母エレノーラが血を吐いて
人にうつるかもしれない、恐ろしい病が疑われたからだった。

エレノーラは修道院の端の部屋に移され、看病をする時以外は近づくことを禁止された。

幼いエミリアには厳しい措置が取られた。
母エレノーラの一番近くにいたエミリアは、しばらく一人部屋に閉じ込められることになった。病気がうつっていないとわかるまで。

もちろん母を看病をすることも。母のいる部屋に入ることも。
母と一緒に寝ることも、禁止された。


そして国王の子である私は
修道院にいることすら許されなかった。

父王が他国で学んでくるように言った一年よりひと月、早く。
私は王宮に戻されることになった。


エミリアはもちろん、エレノーラも修道女たちも。
誰一人として私の素性も本当の性別も知らなかった。

王宮と――父王と連絡を取っていたのはシスターだと気づかないはずはない。

私はシスターに懇願した。
今、エミリアの側を離れることはできないと。
せめて約束の一年まであとひと月、修道院にいさせて欲しいと。

だがシスターの返事は否、だった。

「立場をわきまえなさい、と諭すべきでしょうけれど。
それよりもっとはっきりと駄目な理由を言うわ。
エレノーラの病は機会でしかない。
ここにきてからどのくらい背が伸びた?
ほっそりとしていた手足がどう変わった?
いつから意識して高い声を出さなくてはいけなくなった?
……もう性別を偽り続けるには無理があると。
ここにいることはできないと。
自分でもわかっているのでしょう?」

……返事はできなかった。
ただただ、涙を流す私にシスターは言った。

「……お別れをするのはやめた方がいい。
あの子がもし感染していたら……というだけじゃない。
あの子に泣かれたら貴方はきっとあの子を宥めるために嘘をついてしまう。
《大丈夫、またすぐに会えるわ》。
そんな残酷な嘘をね」

その通りだと思った。
私はせめて、と頼むことしかできなかった。

私がいなくなった理由を死や病といった悲しいものにしないで欲しい。
せめて……どうか、優しい嘘を。


修道院での最後の夜。
エミリアが閉じ込められている部屋を、私はこっそり訪ねて行った。

エミリアは驚いて私に出ていくように言ったが、私は少しだけだからと説得した。

「ここにいさせて私のリア。貴女が眠るまで」


ベッドに入ったエミリアの手を握ってやるとエミリアは嬉しそうに笑い、それからすぐに眠ってしまった。
どれだけ不安でいたのだろうと思うと涙が出た。

私は静かにベッドに登り、眠るエミリアをそっと抱きしめた。
その小さく薄く、加減を間違えれば壊れてしまいそうな身体をそっと抱きしめながら
私は生まれて初めて神に祈った。

このなんの罪もない、幼い女の子を守ってくださいと。

そして、生まれて初めて国王になろうと思った。


もう二度と会えなくても
この愛しい小さな女の子が
この国で幸せに暮らせるように―――――


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