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24 王太子殿下side
しおりを挟む食事をしない私を、一人で食べたくないのならみんなと一緒に食卓で食べようと誘ってきたエミリアに、私は大人しく従った。
私の手を引いたエミリアの腕があまりに細かったから―――。
私より五歳年下の七歳。
従妹のリリローズと同じ年だと聞いていた。
だが小さくて、がりがりに痩せていて。とてもそんな年とは思えなかった。
繋がれた手に意識を集中して、私はエミリアと食事を取る部屋まで歩いた。
何かしたら、いや、何かしたつもりはなくても些細な動きでエミリアの骨を折ってしまうのではないかと思うと怖かった。
それからは、ずっとその調子だった。
エミリアが何か言えば私は大人しくエミリアに従う。
シスターも修道女たちも、これは良いと思ったのだろう。
私の世話を任されたのは修道院でただ一人の子ども。小さなエミリアだった。
エミリアは好奇心旺盛な子どもだった。
小さな修道院での暮らしではそれしか楽しみがなかったのかもしれない。
貪欲に知識を求めた。
そんなエミリアを、シスターはとにかく可愛がった。
請われるままに自分の持つ知識をエミリアに教えていった。
特にエミリアが気に入ったのは大陸公用語だ。
「いつか大人になったら。この小さな修道院を出る日が来たら。
いろんなところへ行って、いろんな人と話すんだ。この言葉で」
それがエミリアの口癖だった。
大陸公用語はこの国独自の言葉ではない。
他国の人間と会話をする時や、公式な証書を残す時に使う言語だ。
この国で学ぶのは高位貴族か、後は商人くらい。
エミリアは下位貴族の、しかも母の不貞の末に生まれた父のわからぬ子だと聞いた。
それで家の後継者にはなれず、母親と修道院で隠れるように暮らしているのだと。
そのエミリアに大陸公用語を使う機会が
……それどころか、この小さな修道院を出る機会が、訪れるのだろうか。
私にはシスターの教育が残酷なものに思えた。
そう思う私とは逆に、シスターはなんとエミリアに貴族の令嬢の所作まで教えた。
それこそカーテシーが上手にできるまで。
エミリアがいつ、使うというのだ。
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「知りたいという子に、お前には必要ないという方が残酷じゃないの?」
「―――でもっ」
「得た知識を使う、使わないじゃないの。
知らなかったことを知る。
できなかったことができるようになった時の喜びを教えているのよ。
それはあの子の自信になり、生きていく力になる。
それに学んだ喜びも、知識も消えないであの子の中に残る。
教える私の力にもなるの」と。
学びを放棄し、教育係だった彼女を王宮から追い出した私への言葉だ。
私は唇を噛むしかなかった。
「リュシーも一緒に教えてもらわない?楽しいわよ?」
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「私は勉強をしたくない子には教えない主義なの」
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「シスター。リュシーだって勉強がしたいはずよ?だってこの部屋にいるんだもの」
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「リュシーが勉強をしたくないっていうのなら、それはきっと前の先生の教え方が下手くそだったからよ。それで勉強が嫌いになってしまったんだわ。
でもシスターが先生なら大丈夫。リュシーも勉強が大好きになるわ」
私とシスターは一瞬、息を呑んで
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その後、私は自然とシスターに謝罪ができた。
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その日から、私は学びだした。
エミリアと一緒に。
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