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20 エミリアside

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「……ジェベルム侯爵家?」

「はい。あの……ここ王宮に上がってから一度も戻っておりませんので」

「――リア。それは本心から言っているの?」

言葉に詰まった。

王太子殿下のお声はそれまでの柔らかなものではなく、硬いものに変わっていた。
不快に思われたのだ。
当然だわ。

私は頭を下げ、お願いした。

「も……申し訳ありません。
私が、そんな我儘を言っていい立場にないのはわかっているのですが。
でもお願いします。一度だけ。一度だけ……侯爵家に――」

「――一度だけ?
それで?再び王宮に戻ってくるのは君なのかな?
それとも《エミリア》なのかな」

「―――――」

息が止まった。

「―――え?」
と侍女のキャシーが声を上げたけれど、王太子殿下は気にすることなく私に言った。

「リア。君は《エミリア》と入れ替わりたいの?……何故?」

「……それ……は……」

「君がここにいることで、ジェベルム侯爵家が君の母上の実家や、あの修道院に危害を加えるのではないかと心配しているのなら大丈夫だよ。
ジェベルム侯爵家は手を出せやしない」

「……え……」

「王太子である私の婚約者に繋がるものに手を出したらどうなるか。
ジェベルム侯爵家も、わからないほど愚かではない。
君が私の婚約者としてこの王宮にいるということはそういうことなんだよ、リア。
だから君が、君の母上の実家や、あの修道院のことを心配して戻りたいと言うのならその必要はない。
…………それにもう、ジェベルム侯爵家はそれどころではないんだ」

「―――え?」

「数ヶ月前に夫人が倒れた。その後五日して、目を覚ましてからは虚ろだそうだ。
ぼんやりと前を見ているだけ。誰の呼びかけにも反応されないらしい」

「伯母様が?!」

「心が戻って来るのを待ったが、数ヶ月待ってもその様子はない。
それでジェベルム侯爵は近々爵位を子息ジェイデンに譲る。
夫人と《娘》を連れて領地で静養することにするそうだ」

「……伯母様……が……」

初耳だった。
義母――伯母様が倒れ、その後、誰の呼びかけにも反応されていない?
数ヶ月前……。
なら、私が王太子殿下について王宮に上がった頃?

震えが止まらなかった。
そんな私の肩にそっと手を置いて王太子殿下が優しくおっしゃった。

「わかったかい?もう君が侯爵家に戻る必要はないんだよ。リア」

「―――――」


私は―――服の下のペンダントをぎゅっと握った。


「……それでも……戻りたい……です……」

「リア?」

「私は。王太子殿下が婚約者にと望まれた義姉《エミリア》様ではありません。
ただの身代わりです。
ここは本当の《エミリア》様がいるべき場所です。
そうでなければ……リリローズ様のような完璧なご令嬢がいるべき場所です。
……修道院で育った私がいていい場所じゃない……」

ぼろぼろと涙ばかりが溢れて
息が苦しくて
胸は張り裂けそうで
それでも――言わなければならない言葉を私は声にした。

「私は。王太子殿下に相応しくありません。
望まれたわけでもなく、令嬢でもない。なのに……。
これ以上ここにいるのは……王太子殿下のお側にいるのは辛いんです」

「―――――」

「だから……お願いします。
どうか……私を……戻してください。私の……いるべき場所へ……」

あとはもう声にできなかった。
ただ俯き王太子殿下がいいと言ってくださるのを待った。


けれど、王太子殿下のお言葉は。

「……リア。自分が今、何を言ったか……わかってる?」

「え―――」

一瞬だった。
一瞬で、温かく包まれて―――――

王太子殿下に抱きしめられたのだと気づいた時、私は……。

「ごめん。嬉しくて我慢できなかった。
私のせいで、今まで君に辛い思いをさせてすまなかった。
―――遅くなってしまったがちゃんと言う。
だからリア。よく聞いて。《エミリア》じゃない」

夢を見ているのだとしか思えなかった私の耳に
夢としか思えない声が届いた。


――最初から。私が婚約者にと望んだのは君だったんだよ、リア――


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