あなたが「消えてくれたらいいのに」と言ったから

ちくわぶ(まるどらむぎ)

文字の大きさ
上 下
2 / 11

02 崩れる ※新郎アルノルトside

しおりを挟む



「失礼しました。ドアが少し開いておりましたので」

アリアネル王女の言葉にフリントが青くなった。
ダルトンがフリントを睨んだ。

この休憩室まで私を引きずるようにして来たのが体格の良いダルトンで、細身のフリントはただ後からついて来た。
ダルトンは当然、最後に入ったフリントがドアを閉め、鍵をかけたと思っていたのだろう。私もだ。

ああ、そういえば。
まずダルトンが私をソファーに座らせ、置いてあった水差しとグラスの方へ行った。
しかし酔っていた私はずるずるとソファーを滑り落ちていってしまった。
それでフリントが慌てて駆け寄ってきて、座り直させてくれたのだ。
私に気を取られ、フリントはドアを閉めるのもそこそこになってしまったのだろう。

つまり私のせいだ。
と、妙に冷静に分析をしていた私だったが、それどころではなかった。

背中に冷たいものが走る。


いつからだ?
いつからアリアネル王女はドアのことろにいた。
話を聞かれただろうか。
聞かれたとしたら、どこから聞かれていた?


聞くわけにもいかない。
だからわからないが、少なくとも最後の言葉は……聞かれてしまっただろう。

どくんどくんと胸の鼓動が強く早くなっている。
しかし落ち着け、と私は自分に言い聞かせた。

落ち着け。

――「消えてくれたらいいのに」――

そうは言ったが私は誰が、とは言っていない。

いくらでも、誤魔化せるのではないか?


「ご気分が悪そうでしたので、心配で追いかけて来たのですが」

王女は白銀の髪を揺らして言った。
私は立ち上がり、笑顔を作ると頭を下げた。

「そうでしたか。申し訳ありません。心配をおかけしました。
少々飲みすぎてしまったようで。もう少し休めば平気です」

気にされているようには見えなかった。
部屋の外にいた王女には、部屋の中の会話はよく聞き取れなかったのかもしれない。
私はほっと胸を撫で下ろした。

だが次の瞬間―――

「そうですか。良かった。では私は消えますね」

王女はそう言って微笑み背中を向けた。

息が止まった。
何か言わなくては、と思ったが言葉が出なかった。

去って行く王女の後ろで、王女付きの侍女が物凄い顔で睨んできた。


全てを聞かれてしまったのだ、と。
察するには十分だった。

私は立ち上がったばかりのソファーにへなへなと倒れこんだ。

「―――おいっ!どうするんだ!」

「まずいぞ!早く追いかけて謝罪しろ!」

フリントとダルトンが私を揺さぶったが、私にそんな気力はなかった。

「ちゃんと謝罪の言葉を考えてから行かせてくれ」

そう言うのが精一杯だった。

焦って追いかけ言い訳すれば、ぼろがでるに決まっている。
よく考えてから会場へ向かい謝罪すればいい。
そうでなくても私たちは夫婦になったのだし、時間はたっぷりある。

私はそう考えていた。
フリントとダルトンもだろう。二人がそれ以上言うことはなかった。

しかし

王女と会うことは二度となかった。

私だけではない。


誰もが
二度と、アリアネル王女に会うことはなかった。


しおりを挟む
感想 111

あなたにおすすめの小説

【完結】あなたから、言われるくらいなら。

たまこ
恋愛
 侯爵令嬢アマンダの婚約者ジェレミーは、三か月前編入してきた平民出身のクララとばかり逢瀬を重ねている。アマンダはいつ婚約破棄を言い渡されるのか、恐々していたが、ジェレミーから言われた言葉とは……。 2023.4.25 HOTランキング36位/24hランキング30位 ありがとうございました!

婚約者は、今月もお茶会に来ないらしい。

白雪なこ
恋愛
婚約時に両家で決めた、毎月1回の婚約者同士の交流を深める為のお茶会。だけど、私の婚約者は「彼が認めるお茶会日和」にしかやってこない。そして、数ヶ月に一度、参加したかと思えば、無言。短時間で帰り、手紙を置いていく。そんな彼を……許せる?  *6/21続編公開。「幼馴染の王女殿下は私の元婚約者に激おこだったらしい。次期女王を舐めんなよ!ですって。」 *外部サイトにも掲載しています。(1日だけですが総合日間1位)

逃した番は他国に嫁ぐ

基本二度寝
恋愛
「番が現れたら、婚約を解消してほしい」 婚約者との茶会。 和やかな会話が落ち着いた所で、改まって座を正した王太子ヴェロージオは婚約者の公爵令嬢グリシアにそう願った。 獣人の血が交じるこの国で、番というものの存在の大きさは誰しも理解している。 だから、グリシアも頷いた。 「はい。わかりました。お互いどちらかが番と出会えたら円満に婚約解消をしましょう!」 グリシアに答えに満足したはずなのだが、ヴェロージオの心に沸き上がる感情。 こちらの希望を受け入れられたはずのに…、何故か、もやっとした気持ちになった。

完結 「愛が重い」と言われたので尽くすのを全部止めたところ

音爽(ネソウ)
恋愛
アルミロ・ルファーノ伯爵令息は身体が弱くいつも臥せっていた。財があっても自由がないと嘆く。 だが、そんな彼を幼少期から知る婚約者ニーナ・ガーナインは献身的につくした。 相思相愛で結ばれたはずが健気に尽くす彼女を疎ましく感じる相手。 どんな無茶な要望にも応えていたはずが裏切られることになる。

探さないでください。旦那様は私がお嫌いでしょう?

雪塚 ゆず
恋愛
結婚してから早一年。 最強の魔術師と呼ばれる旦那様と結婚しましたが、まったく私を愛してくれません。 ある日、女性とのやりとりであろう手紙まで見つけてしまいました。 もう限界です。 探さないでください、と書いて、私は家を飛び出しました。

三回目の人生も「君を愛することはない」と言われたので、今度は私も拒否します

冬野月子
恋愛
「君を愛することは、決してない」 結婚式を挙げたその夜、夫は私にそう告げた。 私には過去二回、別の人生を生きた記憶がある。 そうして毎回同じように言われてきた。 逃げた一回目、我慢した二回目。いずれも上手くいかなかった。 だから今回は。

婚約者を追いかけるのはやめました

カレイ
恋愛
 公爵令嬢クレアは婚約者に振り向いて欲しかった。だから頑張って可愛くなれるように努力した。  しかし、きつい縦巻きロール、ゴリゴリに巻いた髪、匂いの強い香水、婚約者に愛されたいがためにやったことは、全て侍女たちが嘘をついてクロアにやらせていることだった。  でも前世の記憶を取り戻した今は違う。髪もメイクもそのままで十分。今さら手のひら返しをしてきた婚約者にももう興味ありません。

婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました

kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」 王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。

処理中です...