あなたが「消えてくれたらいいのに」と言ったから

ちくわぶ(まるどらむぎ)

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01 呟き ※新郎アルノルトside

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この国の王宮は水の王宮と呼ばれていた。
良質な水源があり、水濠は王宮を映す水鏡。庭園には多くの噴水や池。

建物の白。植物の緑と水の青。

誰もが認める美しさであったが、群を抜いて美しいと言われていたのはひとつの池だった。
王宮の外れにある小さな池ではあったが、湧水量が豊富で透明度は高く水深は深く。
色は吸い込まれそうな翠玉色―――。


王宮には、その池と同じ色の瞳を持った王女がいた。

アリアネルという名の通りの白銀の髪。透き通るような白い肌。
そして翠玉色の瞳の王女は、私の妻となった人だった。


◆◇◆◇◆◇◆


「酒の飲み過ぎだ」と友人二人に注意され、休憩室に連れ出されたのは王女と私との結婚式の後。披露宴でのことだった。

「ほら。ここで少し酔いをさませ」

フリントがそう言って私をソファーに座らせ、
ダルトンが水の入ったグラスをくれた。

「まだ挨拶が残っているんじゃないのか?どうするんだ、新郎がそんなに飲んで」


「飲まずにいられるか」

私は悪態をついた。

国王陛下と私の父侯爵により結ばれた結婚だった。
身体の弱い第一王女を近くに置きたい国王陛下と、侍女を妻に迎えたいと言った息子を阻止したい父侯爵に仕組まれたもの。

私が望んだものではない。
私が望んだのはただ一人――サラだったのに。
私が花嫁として隣にいて欲しかったのはサラだったのに。


事情を知る友人二人はため息を吐いた。

「ここまできて、何を言っているんだよ。覚悟を決めたんだろうが」

「そうだぞ。だいたい、お前は侯爵家の一人息子。
次期侯爵だ。政略結婚はつきものだろう」

「私には従兄弟がいる!私は次期侯爵の座など降りてもよかった……!
ここにいるのは愛するサラのためだ!」

友人二人の。特にダルトンの言いように腹が立って私は声を荒げた。

そうだ。次期侯爵の座など誰がこだわるか。
それでも私が望まぬ結婚話を受けたのは、真に愛するサラのためだ。

――「あの侍女によく言っておくんだな。口に入れる物には気をつけろと」――

王女との結婚話を即拒否した私に放った父のあの言葉。
あれは本気だった。

サラは侍女だ。
たかが侍女一人。父はサラを抹殺する気だった。

だから私は、仕方なく王女との結婚話を受けたのだ。

「私はサラを守るために望まぬ結婚をしたんだ……!」


私が叫ぶとフリントが慌てて「やめろよ!誰かに聞かれたらどうするんだ!」と声を抑えて言った。

涙が滲んだ。
私は手で顔を覆った。

「わかっている。私とて覚悟を決めて結婚式に臨んださ。
だが、花嫁は愛するサラではなく望みもしない女性で。
私は絶望しているというのに笑顔で祝福を受け、礼を言い続け……もう限界だったのだ。
せめて友人には本音を吐かせてくれ」

しかしフリントは言った。

「どんな考えでだろうがお前は王女殿下と結婚したんだ。夫婦になった。
王女殿下にはちゃんと接しろよ。傷つけるようなことはするな」

諦めろということか。
乾いた笑いが出た。

王女は国王陛下が溺愛する娘だ。
不況を買ったらどうなるか。ちゃんと頭で考えろというのだ。

文官のフリントらしい言葉だった。

「王女殿下に敬意を払えよ」

ダルトンが言った。
こちらは近衛騎士らしい忠告だ。

私が笑みを浮かべているのを見たからか。二人も少し笑った。

「しかし政略結婚の相手がアリアネル様で良かったじゃないか。
あの珍しい白銀の髪に翠玉色の瞳。あんな美人、滅多にいないぞ。
同じ政略でも俺の妻とはえらい違いだ」

私を笑わせようとしたのか、フリントはおどけて言った。

王女のそれは北の国から来られた王妃様譲りだ。
凍てつく雪の日のようなあの姿は、確かに美しいのだろう。
だが私は、サラの温かな茶色の髪と瞳が好きだ。

「それに大人しく淑やかな方だ」

ダルトンが言った。
……私も確かにそうは思った。結婚式の前に何度かお会いしたが、物静かな方だった。
だが私はサラの明るいお喋りが好きだ。

それに、王女は身体が弱く、表に出ることはほとんどなかったのだ。
大人しく見えるだけで、本性は違うかもしれない。


それでも、二人はこの現実を受け入れろというのだ。
どんな理由があれ結婚式は終わり、私と王女は夫婦となったのだから。


……そうだな。私もそう思う。
だが……このやるせなさは、どうしようもないのだ。

私の妻は……愛するサラではなく……あの王女。
冷たい、雪のような……。

―――雪ならば。

私は呟いた。

「消えてくれたらいいのに」


「―――アルノルトっ!!」

叫んだフリントの視線を追って
私はドアの前に雪のような王女がいたのを知った。


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