この幸せがあなたに届きますように 〜『空の子』様は年齢不詳〜

１０００年目

８４ 布 ※空

　※※※　空　※※※



地上に降ろした《彼女》――チヒロは色々な顔を見せてくれた。


くるくると良く変わる表情。笑顔。
それは私が見たいと望んだものだ。

その表情を目の前で見ること、
その笑顔を向けてもらうこと、
その言葉を間近で聞くこと、
触れること、
並んで歩くこと、
そして……守ること。

私は、自分の身体では出来なかったことを《ジル》を使って叶えた。


チヒロが地上の人間たちに馴染んでいくのは嬉しかった。
チヒロがあの少年――シンといるのを見る時だけは《やはり》何故かちくりと胸が痛んだが、それも嬉しかった。

思い違いはあったが第３王子――レオンはチヒロを守ってくれる。
チヒロを『空の子』として、レオンに降ろして良かったと思った。

満足だった。
十分だった。
もう何も望むことはない。


そう思っていたのに。


――「お願い。
あなたが会ってくれないのには理由があるのかもしれない。
けれど私はあなたに会いたい。
どんな方法でもいい。
どんな姿でもいい。
会いたいのです―――」――


チヒロは私に会うことを望んだ。


私が地上に降りることは禁忌だ。

１０００年の寿命と引き換えに得た私の身体は《人工的》なものだ。
《カラクリ》に近い。

そして何より、
己の勝手で『ヒトガタ』にチヒロの《魂》を入れ、何年も閉じ込めていた。

そんな私には、チヒロに合わせる顔などない―――――


それでもチヒロは望む。
毎日毎日。
私に会いたい、と。


私の胸にはシンの義兄……サージアズ卿の言葉が重く染みていった。


――「あの方がここへ現れた時に纏っていた布。
あの布を、あの方が片時も離さない理由がわかるか。
あの布だけが『空』と自分を繋ぐ物だからだ。
記憶があるわけではない。何も知らない。
それでもあの方にとって『空』は親であり、同族であり、決して切れない繋がりがある唯一の《特別な存在》だ。
あの方がどんな顔をして『空』を呼ばれているか知っているか？
親を見失った子どものような。
愛しい人に会うことが叶わない女性のような。
――ひとり取り残された者の顔だ」――


《儀式》の時、焦っていた私はミスを犯した。
チヒロを自分が羽織っていた布で包み、そのまま地上の《祭壇》へと降ろしてしまったのだ。


―――あの布は地上に降ろしてはいけなかった物だ。


チヒロには――地上の誰にもできはしないだろうが、この《空の空間》へ《飛ぶ》ことが出来る布。

……地上にとっては異物だ。
だがチヒロが離さないので《回収》を躊躇っていた。

何故、離さないのかと不思議に思っていた。


それが―――あの布だけが私と、自分を繋ぐ物だから？

私は、チヒロにとって親であり、同族であり、決して切れない繋がりがある唯一の《特別な存在》？


私の寿命まであと数日だ。

《ジル》は自動で《動く》ようにした。
他にもチヒロを《守るもの》を降ろした。

後は、あの布をチヒロの眠っている間にでも《回収》するだけ。
それでもう、思い残すことはないはず……だった。


だが……


チヒロは今日も願う。
私に会いたい、と。



…………私は…………