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1000年目
32 言い伝え ※チヒロ
しおりを挟む※※※ チヒロ ※※※
【『空の子』様。もう十分だとテオに――息子に伝えていただけませんか。
約束は果たされた。ルミナとのことは認める。いつでも帰って来るがいいと。
そう伝えてください】
【はい。必ず伝えます】
私は胸に手をあて頷いた。
テオがここに帰れば私はテオに会えなくなってしまうかもしれない。
考えただけで、胸が痛む。
けれど、それは喜ばしいことだ。
テオの本来の居場所はここなんだから。
それに、万華鏡に、つまみ細工に、組子細工。
大丈夫。テオと私の繋がりは切れるわけじゃない。
触れた襟の感触に、はたと思いついた。
私はテオのご両親に聞いてみることにした。
【あの。ひとつ聞いてもいいですか?
皆さんは以前の『空の子』と何か関係のある方々なんでしょうか?
ご先祖様の話が何か、伝わってはいませんか?】
【え?】
【服装が着物……私の知っている服に似ていて。そうかと思いまして】
【ああ、我らの服は他の民族の物とは違いますからね。でも残念ながら。
そう言った話は聞いたことがありません】
【そうですか】
【ええ。私たちに伝わる話といえば、二つの決まりだけです】
【二つの決まり?】
【ええ。言い伝えのようなものですが。
この二つだけは決して違えることはないようにという決まりです。
まずは、水はどんなに綺麗に見えても沸かしてから飲むこと。
そのままの水が飲めるのは『空』が決めた生き物だけ。人は違うからと。
そしてあの《虫寄せの木》の葉から作るお茶を飲むこと。
こちらは飲めば加護が宿ると言われています】
【――え?】
どきりとした。
言い伝え?
【水を沸かしてから飲んでいるのは……昔からなんですか?】
【ええ、そうです】
お料理を一緒に作った。確かに飲み水は沸かしたものだった。
それはロウエン先生の《教え》が伝わったからだと思っていた。
けれど……違う?
【……《虫寄せの木》の葉から作るお茶を飲んでいるのも?】
【はい。だから《虫寄せの木》は私たちに欠かせないものなのです。
ですがあの木が生えているのは、この辺りでは今やこの高山のみとなってしまいました。
それで私たちはこの高山から離れない。いいえ。離れられないのです】
【―――――】
住んでいる土地に茶葉として使える《虫寄せの木》がある。
だからお茶にして飲んでいるのだと思っていた。
けれど………違う?
この人たちは《虫寄せの木》があるからここにいる?
そして……《加護》?
目の前が開けた気がした。
何故気が付かなかったんだろう。
《虫寄せの木》の葉は《黒く》光っている。
葉から作られた茶葉も、お茶もだ。
ほのかにではある。けれど《黒く》光っているのだ!
特効薬のように、茶色の瓶を《黒い瓶》だと勘違いさせてしまうほどの強い光ではない。
けれど《黒》は《黒》。
どんなに弱い光でも《黒》は《黒》だ。
はるか昔の貴人たちが作っていたという薬と同じだ。
数多の医師が工夫し作り上げた今の、効きめが高い薬じゃない。
格段に効きめの弱いものだろう。
比べ物にもならないものだろう。
けれどそれでも
わずかでも……《死病に効く》はずだ。
死病を《治す》ことはできない。けれど。
《予防薬》には……なるのだとしたら?
―― 飲めば《加護》が宿るという言い伝え ――
貴人だ……
はるか昔にいたという貴人。
怪我が病気が色で《わかる》
病気はシミに。薬は光に《見える》
『仁眼』を持っていた貴人。
この人たちのご先祖様にはきっと貴人がいたんだ。
その教えが今も、子孫であるこの人たちを守っている―――――。
《虫寄せの木》の葉から作ったお茶で死病を予防できるのかもしれない。
ううん。他の――死病の特効薬の材料も、もしかしたら……。
《黒い光》を失わないように
効能を損わないように
《調理》して食べれば……死病の予防になるとしたら?
【どうかしましたか?】
私の様子を見て心配そうに言ったテオのお母さんに、私は思わず抱きついた。
【会えて良かった。私、テオに――ここの人たちに会えて本当に良かったです】
【まあ……それはこちらもです】
テオのお母さんはそう言ってそっと背中を撫でてくれた。
テオのお父さんが笑う。
【テオを連れて行ってくれた《あの人》に感謝ですね】
【……怒っていませんか?遠くまでテオを連れて行ってしまったこと】
聞いてみると、テオのお父さんは首を横に振った。
【怒ってなどいませんよ。理由がない。《彼》は良い人だ】
【そうですか。《彼》が聞いたら喜びます】
【《彼》は今、どこに?】
私は笑った。
【エリサと散歩に】
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