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1000年目

02 新年 ※チヒロ

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 ※※※ チヒロ ※※※



この国で三度目の新年を迎えた。

私はまた、みんなと一緒にひとつ歳をとった。

13歳になったのだ。

21歳になったエリサはますます綺麗になった。だけど。
いつも明るいエリサだけど、たまにぼんやりと遠くを見ていることがある。

理由は聞いていない。
私が声をかけるとさっと笑顔に戻るもの。きっと聞かれたくないんだと思う。

私に出来るのはただ気づいていないフリをすることと、祈ることだけだ。
エリサを悩ませていることが早く解決しますように。

そのエリサの顎のあたりまで、私は背が伸びた。

衣装係さんが
「今年の正装用ドレスは少し大人びたデザインにしましょうか」
と言ってくれて嬉しかった。

けど作るのは待ってもらっている。

着ることがあるのかな?
今まで正装用のドレスは着たことがないのだ。
どこにも出ないもの。


レオンは18歳になった。
この国では男女共に18歳で成人となるので、レオンは大人になったのだ。

そのせいか、最近は今までにも増して仕事があるみたい。
つくづく王子様は大変だなあと思う。


シンは26歳に。
最近よく《南の宮》にやって来るようになった熊――もとい、近衛隊長さんにうんざりしている。
私は隊長さんの奥様お手製のお菓子がもらえて嬉しいけど。


テオは私と同じく13歳になった。

また背が伸びて、一層少年らしくなった。
でも喋り方はまだまだ可愛い。

テオが話せないフリをやめてから、私たちはとてもよく話すようになった。
私は無意識だけど、テオの民族の言葉で会話しているらしい。

言葉が通じて話しやすいからだろう。テオは私にいろんなことを教えてくれた。
自分の暮らしていた土地のこと、民族のこと、そして夢。

テオは手を動かし、細工物を作りながらちょっと照れくさそうに話す。
テオの話を聞きながら私はテオの故郷だという場所と、あの黒く光る植物に思いを馳せる。

なんと、テオの故郷はあの黒く光る植物のある高山なんだって!


死病の特効薬はまだ成功していない。

貴族の皆さんからは珍しい植物をいただいている。
でも他の薬に使えるものはあっても死病の特効薬にできるものはない。

唯一の朗報は、水を一旦煮沸してから飲む予防法は成功だったらしいこと。

効果があったのだ!

もちろん、死病は罹る人自体が少ないので扱いはまだあくまで《仮説》。

けれど煮沸した水しか飲まなかった人が、誰も死病に罹らなかった。
それが評判になって、煮沸は爆発的な広がりをみせていると聞いた。

仮説が認められたことでロウエン先生は大忙しらしい。

みんなが死病を克服できるかもしれないと期待を持ち出した。
なら今、一刻も早く次の希望が欲しい―――。


死病の特効薬にできる証。
黒い光が見えたのはあの、テオの故郷の高山から送られてきた植物。
あれだけだ。

あの植物は《王宮》で植えても枯れてしまった。
なら高山の土壌が、何か特別なのかもしれない。

知りたい。高山に何があるのか。
見たい。どうしても……。

ここ《王宮》のある王都からは片道5日だと聞いた時は喜んだのに。

馬車で5日だよ?
結構近いよね?

でもレオンに行きたいと言っても《却下》され続けている。

それでもレオンは私が『空の子』だから駄目だとは言わない。
なら……許可できない理由がきっとちゃんとあるんだ。

きっと許可してくれる日が来る。
そう信じて待っている。


実はレオンのおかげでテオとたくさん話せている。

今、私は頻繁にシンの屋敷にお邪魔しているのだ。
レオンが提案してくれた。

厨房が見たかったしテオにも会いたかったから嬉しかった。

まあ《高山に行きたい!》と言う私を静かにさせておく為だってことはバレバレなんけど。

それでも嬉しいから許そう。

シンの屋敷にお邪魔している、といっても日中は《南の宮》にいる。

《宮殿》の庭を散歩していた私が急に姿を見せなくなれば怪しまれる。
《どこか具合が悪いのか、どこかへ行っているのか》って。それは駄目。

私だってちゃんと『空の子』の自覚はあるのだ。

レオンも同じ意見だったので、話は早かった。
シンの屋敷に行くのは夕方近く。

セバス先生が《王宮》から帰る馬車にこっそり同乗してシンの屋敷に行き、泊めてもらって翌朝、またセバス先生とこっそり《王宮》に帰っている。

なかなかスリリングだ。

ただ、セバス先生は通いの家令(知らなかったけど)なのに、私に付き合ってシンの屋敷に泊まることなるのでちょっと申し訳ないのだけど。

奥様のエスファニア様にも申し訳ないと謝りたいし、《託児所》も見ていただきたいし、またお会いしたい。
けれど嫁いだ上のお嬢さんの出産が近いそうなのでもう少し先じゃないとね。

少し前には下の息子さんがセバス先生の後を継ぐ手続きも手伝ってみえたそうだ。エスファニア様って……素晴らしい。

エリサが尊敬するのもわかるし、セバス先生が《奥様には頭が上がらない》と言われるのもわかる……。

まあそれはおいといて。


シンの屋敷には嬉しいおまけまであった。植物だ。

この国には《ウィバ》という植物がある。

畑で一番作られている穀物でパンの原料だ。
前の世界で言う麦なんだろうけど、その姿は麦より稲に似ている。

つ・ま・り

《ウィバ》畑は、見た目まるで田んぼなのだ!

別の世界の、あの小さな国で前世を生きた者の血が騒がずにいられるだろうか!
しかも前世の《私》は田舎育ちだったのだ!

厨房に入れる。《ウィバ》畑が見られる。おまけに馬もいる!
シンの屋敷、最高!

それにしても。
貴族の屋敷はなんて広大なんだろう。
――と、思っていたけどシンの屋敷は特別だったらしい。

《王宮》の周りには《王都》があって。
そこに数多くの貴族の《王都にいる時の》屋敷があり、平民の家もある。

だけどシンの屋敷は《王都》にはない。
ただ一邸、ぽつんと王宮の森がある方向にあるのだ。

《王宮》の後ろ側にある王宮の森は《王都》ではない。
それもそのはず。

100年に一度『空』に祈る不思議な祭壇が現れる神聖な場所なので大昔からそのまま。人が入れないように、手付かずなのだ。

王宮の森があり、山々があり、海へと続く川がある場所。

それを見渡せる敷地は平地で、そこに一面《ウィバ》が育てられている。

屋敷には離れもあれば、馬場もある、訓練所もある。
所々にある家々は多分、シンの家で働く人のおうちなのだろう。

―――まるでひとつの村のよう。

《王家の盾》という王家直属の、王家を守る、または戒める一族。
その家柄のせいだろうか。

シンの屋敷はどんな高位貴族のそれより断然《王宮》に近い。

第一、屋敷は《王都にいる時の屋敷》ではなく《本邸》なのだそうだ。
それは………広いはずだよね。

死病に罹ったテオの看病で滞在させてもらった時には全く気がつかなかった。
《王家の盾》って……何というか……すごい……。


王太子妃様はなんと、双子を出産された。

王子様と王女様だ。

王家に王女様が誕生されるのは相当に久しぶりのことらしい。

王家に女児が生まれた時は『空』が祈りを捧げる存在を認めた時だけ。
つまり現在の王家を良しとした時だけという言い伝え?があるそうだ。

そのため王女誕生に王宮中(もしかしたら国中?)が喜んだ。
『空の子』の私まで感謝されたりした。

私は偶然だと思うんだけど。

それより、お産みになった王太子妃様も生まれた双子のお子様たちも健康なのを喜ぶべきでは?

王太子妃様についそうもらしたら
「私も子ども達も皆が健康だからこそ喜べる、おまけのような話よ」
と言って一笑された。

さすが王太子妃様。

『仁眼』も『全語』も前世も、全て打ち明けたけれど、王太子妃様は前と何も変わらず私に接してくださっている。

王太子殿下も「チヒロ殿はチヒロ殿だろう」と、優しく微笑んでくださった。
本当に素敵なご夫婦だ。

その王太子ご夫妻の第一子の王子様は、三歳に。

お兄様になられてしっかりされた気がする。

けど「裏では抱っこをせがむ甘えん坊なのよ」と王太子妃様に微笑ましいお話を聞いた(王子様には内緒だけど)。

ちょっと……ううん、結構笑ってしまった。
最近、お顔がどこかレオンに似ている気がする時があるからかもしれない。


元・第2王子夫妻。現リューク公夫妻は仲良くお出かけされているらしい。
シャナイア様がリューク公を強引に連れ出しているとか。

ふふ。リューク公はどんな顔をしてお出かけしてるんだろう。
ともかく、きっと喧嘩も減ったよね。


お出かけといえば、国王様もたまにお庭を歩かれるようになった。

熊――もとい、近衛隊長さんが健康のためにと進言したとか。
うんうん。座って執務ばかりしていたら健康に悪いしね。

私とご一緒してくださる時もある。

お話ししてみると――とてもあたたかい方だ。一緒にいてほっとするような。
でも少し不器用。誤解されやすそう。あと……少し臆病?

いつかの王太子妃様の《国王様とレオンは瓜二つ》発言が当たってるって良くわかった。
あれは姿形じゃなくて性格のことを言われてたんだね。


王宮の衣装係さんとお針子さん達とは、今、実はカツラを作っている。

ふふふ。
皆さんには「髪色を変えるおしゃれなんて素敵でしょう?」と言っているが本当の理由はもちろん、私がお忍びで外出するためだ。

目立ちすぎるもんね。黒い髪。ひと目で『空の子』だってわかっちゃう。
目はフードやストールで誤魔化せそうだけど、髪色はね。

だからどうしても欲しいのだ!

というか、何でこの国に来てすぐ作らなかったかな。
そうしたらすぐに外出できたかもしれないのに。

………自分の迂闊さを悔やむ。


侍女だったアイシャは可愛い女の子を産んでお母さんになった。

母子共に元気で安心した。
約束通り《チヒロ》と名付けた赤ちゃんを紹介しに来てくれて嬉しかった。

「ようこそ、小さなチヒロ」と言って迎えたらレオンに驚かれた。
……そんなに声が大きかったかな。だって可愛くてつい。

お父さんになった彼はもう赤ちゃんにメロメロなんだそうだ。わかる!
でも「誰にもやらない!」と言っていると聞いてちょっと引いた。


あれ、そういえば、シンの屋敷の人も子どもが生まれるんじゃなかったっけ?
《チヒロ》と名付けることにした、と言ってたはずだけど。

そうは思ったけど、デリケートな問題なので聞いてはいない。
名前はどうでもいいけど、母子共に元気でありますようにと祈っている。


風が吹いてきた。

《ウィバ》の若葉が一斉に揺れる。
もうすぐ日が沈む。世界がほんのいっときだけ黄金色に染まる黄昏の時。

流れる髪をそのままに私は顔を上げる。


ねえ……

「聞こえていますか?」


返事はなく空はただ、そこにあるばかり


それでも私は変わらず毎日、空を見上げて祈る。


この幸せがあなたに届きますように、と。


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