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999年目
09 胸の中 ※エリサ
しおりを挟む※※※ エリサ ※※※
「……はは……なんと、まあ……」
急いで跪くと同時に私は言った。
「も、申し訳ありません国王陛下!我が主人に代わってお詫びを……!」
「エリサか」
「はい!」
「良い。詫びなど不要だ。私は今、とても良い気分なのだから」
「……は?」
「久しぶりに呼ばれたな。《ラグラス》と」
―――え?久しぶり?
と、危うく言いそうになった口を手で塞ぐ。
そのまま首を垂れることでなんとか声にせず済ませた。
「……やはり《そう》だと思われるのですか」
と隊長の声だ。
―――やはり《そう》?
「うむ。どう考えても奇妙な。信じられないことだと思うが。
チヒロ殿のあの表情。仕草。そして言葉。《そう》だとしか思えないのだ」
国王陛下のお声。
―――なんの話をされている……?
国王陛下と隊長の話は聞こえている。
だが意味が全くわからない。
聞いてはいけない話のようでもあるし、チヒロ様はレオン様と《南の宮》へ戻って行かれた。
私もここを立ち去り、チヒロ様の後を追いたい……のだが。
それには隊長……は、ともかく国王陛下にはご挨拶をせねばならない。
立ち去るべき時を逃した私は、どうしたら良いのか分からずただ黙っていた。
そんな私に気付いた隊長が下がるように言う。
だが何故か、国王陛下に留まるようにと命じられてしまった。
「陛下。よろしいのですか?エリサは《南》の……」
隊長が進言したが国王陛下は気にされなかった。
「案ずるな。それにエリサには聞きたいことがある」
―――聞きたいこと?国王陛下が私に?
なんだろう、と訝しんだが返事はひとつだ。
「はい。なんなりと」
「エリサ。チヒロ殿は舌が回らず私の名前を呼べないのではないか?」
「は?!何故それをご存知なのですか!」
「エリサ!」
「も、申し訳ありません!」
思わず叫んでしまった私を隊長が嗜めた。
しかし国王陛下は隊長を手で制される。
「良いのだ。チヒロ殿はそれで私に《ラグラス》という愛称をつけられたのか。
はは。まさか。シーナと同じ理由で、シーナと同じ愛称を私にくださるとは」
「陛下」
「大丈夫だ、近衛隊長。エリサはチヒロ殿の《盾》。
エリサには知っておいてもらった方が良いだろう。
――エリサ。私はチヒロ殿を我が妃の……シーナの生まれ変わりなのだと思う」
―――え?生まれ変わり?チヒロ様が王妃様の?
「信じられないと言う顔をしているな」
「いえ。その。……まさか……そんな……。お言葉ですがお年が……合いません」
国王陛下も隊長から聞いてご存じのはずだ。
チヒロ様には《天寿を全うした》前世の記憶がある。
それは間違いない。
チヒロ様はたまに《おばあちゃん》が出るのだから。
しかし王妃様が亡くなったのはレオン様がお生まれになった時。
わずか17年前だ。
生まれ変わりがあるのを否定するわけではない。
だがチヒロ様が17年前に亡くなった王妃様の生まれ変わりだと言うのは無理がある。
それでも国王陛下は仰った。
「信じられないだろう。そうだろうな。私も信じられない。だがエリサ。
愛しい者の姿形が別人に変わったら見失うものだろうか」
《あの男》の顔が浮かぶ。
変装で姿形が変わっても……私にはわかる。間違えるはずがない。
「それは……ですが。しかし、何故そのような……」
「単純な話だ。儀式の時。第3王子は『空』に母を願ったのだろう」
「いえ、殿下は何も願ってはいないと――」
―――しまった、つい余計なことを。
私は焦った。
国王陛下は目を伏せ仰った。
「たとえ意図したものではなくとも《結果》が物語っている。
……あれは心の中で無意識に……母を願ったのだろう」
「陛下。それで……どうするおつもりですか」
それまで国王陛下と私のやりとりを黙って聞いていた隊長の問いかけに国王陛下はきっぱりと、宣言するように言われた。
「どうもせぬ。チヒロ殿はチヒロ殿だ。
魂が同じであってもあの方は王妃ではない。
王妃だった頃の記憶を持たれているわけでもないのだぞ」
「それはそうですが」
「なんだ?もしや私がチヒロ殿を……とでも思っているのか?
そんなわけがあるまい。
たとえ同じ魂の持ち主であっても、チヒロ殿は私と同じ時を過ごし、私が心を通わせた王妃ではないのだ。
私が王妃とチヒロ殿を同じように想えるはずがない。
チヒロ殿もそうだろう。
チヒロ殿は《新しく生まれ変わった》。
《以前》の夫を《以前》と同じように想うはずはない。
新しい想いを抱かれるだろう」
「それは……。ですが。ではどうされるのですか」
「どうするも何もないだろう。私は《知りたかった》だけだ。
はっきりと確信した。それだけで良いのだ。
チヒロ殿はチヒロ殿だ。
……私の王妃は既にない。この胸の中にいるのみだ」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
部屋にはレオン様と同じ黄金色ではなく漆黒の髪の少女がいた。
「あ!帰ってきた!エリサ。もう、大変だったんだよ?レオンが――」
「―――」
「………どうしたの?何かあった?」
目の前にはレオン様と同じ琥珀色ではなく漆黒の瞳。
泣きたいのをぐっとこらえる。
チヒロ様がそっと私の固く結んだ手をとった。
私は今日、生まれて初めて見た王の姿を
結婚式の誓いを思い出す。
――― 死が二人を別つまで ―――
いつか空で、再び逢えるものだと思っていた。
だが生まれ変わりがあるのなら。
いつか自分が空に還っても
愛しい人は待っていてくれない。
もう…………どこにもいないのだ。
―――残された者の想いはどこに向ければ良い?
やり場のない思いが溢れる。
生まれ変わってここにいるチヒロ様に向いてしまう。
だが止められない。
「……チヒロ様。私は祖母と二人で暮らしていたんです」
「……そう」
「その祖母はもう亡くなりましたが。
今頃、どこかで生まれ変わり新しい命で生きているのでしょうか。
……昔の……私のことは忘れて」
「―――」
「すみません。喜ばしいことだとは思うんです。ですが……。
もう祖母はどこにもいないんだと。
そう思ったら、なんだか悲しくなってしまって」
チヒロ様はふわりと私を抱きしめ、そして優しく言った。
「エリサのおばあちゃんはちゃんといるよ?」
「ですが。生まれ変わりがあるのなら――」
「――ちゃんといるよ。おばあちゃんだけじゃない。
先に逝った人はずっと一緒にいる。エリサの胸の中に―――」
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