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998年目

37 対立 ※エリサ

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 ※※※ エリサ ※※※



「私はレオンがいるから、ここにいる!
お前などがレオンのかわりになれるものか!」


こちらの身体が震えるほどの絶叫だった。

私の後ろにいたはずのチヒロ様の姿に目を疑う。

――「気をつけろよ。ああいう奴は一番守りにくい。
   大人しく後ろにいてはくれない。前へ飛び出していくぞ。用心しろ」――

隊長からの忠告だと副隊長に聞いていた言葉がよみがえったが遅かった。
唇を噛む。何故忘れていたのか!

第2王子はわなわなと震え、チヒロ様を睨みつけている。

「お前などだと?!
私があいつに劣ると言うのか!子どもが私を馬鹿にして!」

第2王子がチヒロ様に手を伸ばした。

その直前チヒロ様を後ろへと引く。
その身体を今度こそしっかり背中に庇うと、私は目の前の人物をぎっと睨みつけた。

剣や体術の使用を考えなかったことを褒めて欲しい。

よくも私の大切なお二人を!
不敬だろうが構うものか!

お二人ではなく私を打て!

その覚悟で睨みつけていたのだが……何も起きなかった。

第2王子は何故か手を伸ばしたまま狼狽えている。

拍子抜けしてしまった。

私の睨みが効いたのか?
それとも私の動きが予想外だったのか。

と。

「―――なんの騒ぎだ」

突然現れた方を見て仰天した。

「…………国王陛下……?」

何故ここへ、と思うと同時に国王陛下の横にいる隊長。
その後ろに隠れるようにいた男に目がいった。
――なるほど、《あいつ》が隊長に伝えに行ったのかと納得する。

国王陛下はもう一度、声を低くし尋ねられた。

「なんの騒ぎだ、と聞いている」

さっと跪く。
とるべき姿勢を思い出した、というより無意識だった。

圧倒されるその威厳。
まわりも皆、言葉をなくしている。

そんな中、国王陛下の問いかけは自分に向けられたものだと察したのだろう。
先程まで激昂していた第2王子が気まずそうに返事をした。

「些細な言い争いです。
父上が気になさるようなことではありません」

「――気にするな?」

国王陛下の声は一段と低くなった。

「第2王子。公衆の面前で第3王子に暴力を振るい、チヒロ殿に暴言を吐き手をかけようとしたのが些細で私が気にするようなことではない、と言うのか?」

第2王子ははっとしたように辺りを見ると顔色をなくした。

一階には廊下のはしに人がいる。
廊下を歩いていた二人の王子殿下とチヒロ様のの通行の邪魔にならないようにだ。今は全員が跪いている。

二階には回廊に人がいる。
下の廊下を通るチヒロ様をひとめ見ようと集まったのだろう者たちだ。
離れているぶん気兼ねなくいられたのだろう。人が多い。
今は頭を下げ一階の成り行きを見守っている。

第2王子はそのどちらのことも失念していたらしい。

国王陛下はそんな第2王子に命じられた。

「第2王子。まずはチヒロ殿に謝罪を」

「!父上っ?!」

「チヒロ殿は『空の子』だ。不敬は許さない。
《王家は常に『空』と共に》。
王子であるお前が知らないわけではあるまいな」

「――っ」

「謝罪を」

「……申し訳ありませんでした」

第2王子は私の後ろにいたチヒロ様に向かって頭を下げ、国王陛下はひとつ息を吐かれた。

「よろしい。それで?
何故、第3王子に暴力を振るうことになったのだ。説明しろ、第2王子」

「……『空の子』殿は薬に興味がおありのようですので。
それなら第3王子の《南の宮》より私の《西の宮》へおいでになる方が良いのでは、と。
そう提案していたのですが……その。何か誤解があったようで……」

「誤解だと?――それでこの事態を引き起こしたと言うのか?」

国王陛下の様子が怒りに満ちたものへと変わり、第2王子は震え上がった。

「何故そのような提案ができた。
チヒロ殿の住まう場所を《南の宮》とし、世話役を第3王子に命じたのは王であるこの私だ。
王命である。
お前は王命を無視する気だったのか?」

「い、いえっ!しかし!私は医局を管理している身で!」

「……チヒロ殿はお前には協力しないと言われていたな。
お前が医局を管理していることがチヒロ殿の、ひいては我が国の民の害となるならお前を辞めさせよう。
第3王子。第2王子の後を引き継ぎ、医局の管理をつとめるように」

「そんなっ!父上っ!しかし、こいつはいずれ臣下にっ」

「――誰が第3王子を臣下に降ろすと言ったのだ」

「え」

「誰が言った。国王である私には、その気は全くない」

「し、しかし!こいつは王家に相応しくありません!」

第2王子が倒れたままのレオン様へ指を指す。失礼極まりない行為だ。
レオン様の後ろにいた護衛の彼が驚いたようにレオン様と第2王子を見る。

国王陛下はちらりとレオン様に目を向けられた。

「何を以て第3王子が王家に相応しくないというのだ。言ってみるがいい」

「こいつは『空の子』殿が《薬の高い知識》があることを隠していました!
『空の子』殿に《高い知識がない》などと言わせて皆を騙していた!
王家に相応しくないと言って当然ではありませんか!」

「……それは本当のことなのか?」

「本当です!こいつは――」

「――では何故、チヒロ殿はお前から第3王子を庇われているのだ。
チヒロ殿は身をもってお前の言葉を否定されているではないか」

「は?……そ……それは………」

「いい加減にしろ。お前が言っているのはただの妄言だ。
大勢の者の前で言っていいことではない。悪戯に人を惑わすな」

「―――っしかし!『空の子』殿はロウエンと!」

「植物がお好きなチヒロ殿が、その植物から作る薬に興味を持ち医局を訪ねたとして何がおかしい。
常に医術の発展向上を目指す王宮最高医師が、チヒロ殿の集めた珍しい植物に興味を持って何がおかしい」

「そ……それは」

「……お前には他にも言いたいことがある。
第3王子を忌子だと言ったな。
……勘違いするな。王妃が亡くなったのは第3王子のせいではない」

「――っ父上!」

「第2王子。第3王子に謝罪を」

「―――」

第2王子は黙ったままだ。
国王陛下が再びお命じになる。

「謝罪を」

「―――――」

沈黙が流れる。

かなりの時間があったのだが
第2王子が言葉を発することは―――なかった。

「……そうか。お前は謝らないのだな」

少しして国王陛下の口から漏れたその呟きは
それまでのお声とは違い憂いを含むものだった。

「近衛隊長。第2王子を連れてこい。戻る」

国王陛下がチヒロ様に深く謝罪され、隊長が膝から崩れ落ちていた第2王子の腕を取り歩かせて、国王陛下の一団は去っていった。


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