上 下
63 / 197
998年目

33 その日 ※レオン

しおりを挟む



 ※※※ レオン ※※※



南の宮の庭に作った花畑に、植物が好きなチヒロは毎日のように行っている。

そのチヒロが先日初めて《宮殿》を出た。

行った先は《中央》の医局だ。
《植物》を原料とする《薬》を管理する所。

―――しかも訪ねた相手は王宮最高医師ロウエン。

《医局の管理者》は『空の子』が訪ねてきた理由を王宮最高医師に問うだろう。

問われたロウエンがどう否定しようが

《高い知識なし》だと言っていた『空の子』は、
実は《高い薬の知識》を持っているのではないか?と。

《医局の管理者》が疑うのは必至。


死病に罹ったテオのところにチヒロを送り出した時。

僕は彼女が、自分の分の特効薬でテオを助けようとすると予想していた。

彼女が、特効薬をこの国で作れないのかと言い出すことも。

なんなら前世の最期、寝たきりで目も開けられない状態でも《生きていられた》彼女が、ロウエンが欲しがりそうな高度な医療の記憶を持っているだろうことも。

予想していた。


だから二人を会わせればチヒロと医局に繋がりができる、とは思っていたが。

まさかチヒロに病や薬が色として見える『仁眼』があるとは思っていなかった。
チヒロと医局の繋がりは、僕の考えていた以上に強くなった。

出来過ぎていて怖いほどだ。
僕は《西》の奴にチヒロとロウエンが《出会った》と伝われば十分だったのに。

これは『空』の仕業なのだろうか。

ともかく、これで《西》の奴は医局の管理者である自分と『空の子』に繋がりができたと知り大喜びするだろう。

僕から彼女を奪い、自分の側につける最高の理由が出来たのだから。

《神獣も跪いた『空の子』が僕の妃となればーー》なんて噂もある。
すぐに妃にはならないとわかっていても。
婚約でもされたらたまらないとは考えるだろうな。

きっと奴は焦る。すぐにでも行動を起こすだろう。


―――だが僕からただ『空の子』を奪うのでは面白くないと考えるはずだ。

僕は目を閉じて想像する。

幼い頃からずっとやってきたことだ。
簡単に場面を思い浮かべられる。

さて。まずは場所だ。どこが良い?
僕が奴ならどこを選ぶ?

と。

「何を考えておられるのですか?」

「シン」

閉じていた目を開く。
椅子に預けていた身体を戻し、執務机の上に手を置いた。
目に入った《マンゲキョウ》を手に取ってシンに渡す。

「《仕組み》が完成したからね。どこで、どう回すか考えていたんだ」

シンは《マンゲキョウ》を手に聞いてくる。

「どう回すのですか?」

「……そうだな。まずは場所。
奴は僕が故意に『空の子チヒロ』に《高い薬の知識がある》ことを隠していたと思い込むだろう。
ならそれを大勢の前で暴いてみせ、僕を貶め叩きのめし。
自分の方が優れていると見せつけてチヒロを誘いたいだろう。
大勢に《西》が『空の子』殿を世話するのが当然だと認めさせたい。
見届け役には貴族、大臣、文官が最高だね。
ーーーならばそれに相応しい場所を用意してやろうか。
《中央》。
それも僕がチヒロを連れて医局を訪問する時なんてどうかな」

シンは少し時間を置いてから言った。

「つまり死病の特効薬に使えそうな植物を医局に持ち込む時、ですか」

「そう。奴に僕とチヒロが医局を訪ねることを《教えて》やれば嬉々としてその時を狙ってくるだろう。
それも帰りを狙ってくるだろうね。
行きでは医局に行く理由も持っている植物のこともなんとでも言い訳ができる。
しかし既に医局に植物を《持ち込んだ後》ならば言い逃れはできないからね」

奴が勝ち誇った顔でチヒロを渡せという姿。
断る僕を見下す姿が目に浮かぶ。

「では死病の特効薬に使えそうな植物を医局に届け、その帰り道で《西》を罠にかけるおつもりなのですね」

「そうだよ。喜んで罠にかかってくれるだろう。
いつも僕の傍らにいる《銀の騎士》がいないことを喜びこそすれ不審には思わずにね」

僕は笑った。

「僕は今にも『空の子』を取られそうな、愚かな王子を演じてやろう。
奴の言葉に追い詰められていくフリをする。
そして最後に挑発をする。
奴はすぐに激昂し、我を忘れてくれるだろう。
シンが来てから6年、僕に何も出来ずにいたからね。
どんな場所だろうと完璧に理性を保てはしないだろう。
本性が出るはずだ。
僕を見れば胸の内にあるものも全て吐き出すだろう。
周りを気にもせず、ね」

「……そんなに上手くいくでしょうか」

「大丈夫。僕には奴を挑発できる魔法の言葉があるからね」

「殿下。やはり私が密かに見守って――」

「――平気だよ。奴にその胸の内を吐き出させたら奴を落とせる。
まがりなりにも僕は第3王子。王族だ。
僕を害そうという言葉ひとつ人前で吐けば、それで奴は終わりだ。
簡単なことだよ。
それに僕は護衛も連れて行くし、《中央》には人も大勢いる。
奴は僕に手出しは出来ない。危険はないよ」

わずかに焦った。
密かにでもなんでも、《その場》にシンにいてもらっては困るのだ。

セバスの時は無理矢理にでも剣を置かせて止められた。

だが今回シンがもし《その場》にいて。
僕のすることを見ていて、もしあの時のセバスと同じ行動をしたとしても僕にはどうすることもできない。《もう》止めようがないのだ。


注意すべきはシンを《その場》に近づけないことだけ。

苦手なシンがいなければ
奴の忌み嫌う言葉を僕が言ってやれば

奴は長年皆に隠してきた本性をあらわす。

僕を殴りにくるかもしれない。
そのあとは怒りに任せて全てを叫ぶだろう。

激昂し、胸にあるもの全てをさらけ出せ。
後のことなんて考えもせずに。

そうしたら僕は顔を歪ませて惨めに絶望して見せてやろう。

お前の望む言葉をやろう。

「もうたえられない」と。

「貴方の望み通りにいたしましょう」と。

そう言ってやろう。

そしてそのあとは―――――。


……『仁眼』があったのはチヒロにとって不幸だな。

きっと『あの目』は毒を見抜く。
おかげで薬物を使えなくなった。

医局に行く前に「毒を持っている」なんて言い当てられ、シンに知られれば計画は台無しだ。
……だから仕方がない。

チヒロの目の前は真っ赤に染まるだろう。
だがそれを見せないようにと彼女を置いて行くわけにはいかない。

彼女がいなければ罠は成り立たないのだから。

チヒロ。
だから《罰を受けてもいい》なんて僕に言っては駄目なんだよ。

悪いけどこらえておくれ。
幸いにも君にはエリサがいる。後はエリサがなだめてくれるだろう。


やめられないんだ。

長く考えすぎて今はもう待ち望んでいるんだよ。

焦れている。

その日を。


ふふ。

考えただけで気持ちが高揚する。――ぞくぞくする。


僕がちょっと回したことでどう変わる?

どんな模様を見せてくれるだろうか。

異母兄の仕打ちに耐えられなかった第3王子は自ら消える。

王宮の《中央》の。しかも大勢の人の目の前でだ。

元凶の、無表情の男にも見せてやろう。特等席に招待してね。

たいした醜聞じゃないか。

王子二人が起こした醜聞。
特等席で見ていながら何も出来なかった王。

責任は誰が取る?

《西》の奴は間接的に、とはいえ王族殺しの大罪人だ。

罰は何かな。臣下落ち、で済めばいいね?

そして

醜聞まみれの王子二人の父で、目の前で起こったことを止められなかった男。

果たしてそいつは王の座に座り続けていることができるかな?

本来なら王太子に子ができた時点で譲位するものなのに。

未だみっともなく王位にしがみついている男に、これ以上の在位を臣下は
許すだろうか?

よく出来たと自分を褒めたくなる。

大丈夫、新たな王はいる。王家は続いていく。


――― 唯一、無関係な王太子ご一家が ―――


外にいた護衛が合図を送り、ドアを少し開けたシンに何事かを囁いた。

シンがこちらを見る。

「レオン様。チヒロ様がお会いしたいと。《植物》の件で―――」

僕は口角を上げた。

ああようやく
その日がやって来た。


しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。

くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」 「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」 いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。 「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と…… 私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。 「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」 「はい、お父様、お母様」 「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」 「……はい」 「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」 「はい、わかりました」 パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、 兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。 誰も私の言葉を聞いてくれない。 誰も私を見てくれない。 そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。 ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。 「……なんか、馬鹿みたいだわ!」 もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる! ふるゆわ設定です。 ※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい! ※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇‍♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ! 追加文 番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

華都のローズマリー

みるくてぃー
ファンタジー
ひょんな事から前世の記憶が蘇った私、アリス・デュランタン。意地悪な義兄に『超』貧乏騎士爵家を追い出され、無一文の状態で妹と一緒に王都へ向かうが、そこは若い女性には厳しすぎる世界。一時は妹の為に身売りの覚悟をするも、気づけば何故か王都で人気のスィーツショップを経営することに。えっ、私この世界のお金の単位って全然わからないんですけど!?これは初めて見たお金が金貨の山だったという金銭感覚ゼロ、ハチャメチャ少女のラブ?コメディな物語。 新たなお仕事シリーズ第一弾、不定期掲載にて始めます!

もう長くは生きられないので好きに行動したら、大好きな公爵令息に溺愛されました

Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のユリアは、8歳の時に両親を亡くして以降、叔父に引き取られたものの、厄介者として虐げられて生きてきた。さらにこの世界では命を削る魔法と言われている、治癒魔法も長年強要され続けてきた。 そのせいで体はボロボロ、髪も真っ白になり、老婆の様な見た目になってしまったユリア。家の外にも出してもらえず、メイド以下の生活を強いられてきた。まさに、この世の地獄を味わっているユリアだが、“どんな時でも笑顔を忘れないで”という亡き母の言葉を胸に、どんなに辛くても笑顔を絶やすことはない。 そんな辛い生活の中、15歳になったユリアは貴族学院に入学する日を心待ちにしていた。なぜなら、昔自分を助けてくれた公爵令息、ブラックに会えるからだ。 「どうせもう私は長くは生きられない。それなら、ブラック様との思い出を作りたい」 そんな思いで、意気揚々と貴族学院の入学式に向かったユリア。そこで久しぶりに、ブラックとの再会を果たした。相変わらず自分に優しくしてくれるブラックに、ユリアはどんどん惹かれていく。 かつての友人達とも再開し、楽しい学院生活をスタートさせたかのように見えたのだが… ※虐げられてきたユリアが、幸せを掴むまでのお話しです。 ザ・王道シンデレラストーリーが書きたくて書いてみました。 よろしくお願いしますm(__)m

転生して捨てられたけど日々是好日だね。【二章・完】

ぼん@ぼおやっじ
ファンタジー
おなじみ異世界に転生した主人公の物語。 転生はデフォです。 でもなぜか神様に見込まれて魔法とか魔力とか失ってしまったリウ君の物語。 リウ君は幼児ですが魔力がないので馬鹿にされます。でも周りの大人たちにもいい人はいて、愛されて成長していきます。 しかしリウ君の暮らす村の近くには『タタリ』という恐ろしいものを封じた祠があたのです。 この話は第一部ということでそこまでは完結しています。 第一部ではリウ君は自力で成長し、戦う力を得ます。 そして… リウ君のかっこいい活躍を見てください。

【完結】天下無敵の公爵令嬢は、おせっかいが大好きです

ノデミチ
ファンタジー
ある女医が、天寿を全うした。 女神に頼まれ、知識のみ持って転生。公爵令嬢として生を受ける。父は王国元帥、母は元宮廷魔術師。 前世の知識と父譲りの剣技体力、母譲りの魔法魔力。権力もあって、好き勝手生きられるのに、おせっかいが大好き。幼馴染の二人を巻き込んで、突っ走る! そんな変わった公爵令嬢の物語。 アルファポリスOnly 2019/4/21 完結しました。 沢山のお気に入り、本当に感謝します。 7月より連載中に戻し、拾異伝スタートします。 2021年9月。 ファンタジー小説大賞投票御礼として外伝スタート。主要キャラから見たリスティア達を描いてます。 10月、再び完結に戻します。 御声援御愛読ありがとうございました。

転生した元悪役令嬢は地味な人生を望んでいる

花見 有
恋愛
前世、悪役令嬢だったカーラはその罪を償う為、処刑され人生を終えた。転生して中流貴族家の令嬢として生まれ変わったカーラは、今度は地味で穏やかな人生を過ごそうと思っているのに、そんなカーラの元に自国の王子、アーロンのお妃候補の話が来てしまった。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

処理中です...