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良い香りのする草が生えています。そこはある家の庭です。植物たちはみんなで仲良く暮らしています。月桂樹の木がみんなのお父さんで、レモンの木がみんなのお母さんです。植物たちは時々、喧嘩するけどみんな仲良し。そして、今日もお日様は空から優しくみんなを見ています。
あるとき家の中に住んでいる人間のお母さんがやって来て、多く増えてきた草の兄弟たちを幾つか摘み取りました。
「あっ」「あっ」
でもその草は良い香りがする草でしたから一本だけ台所のビンに取って置かれました。他の兄弟たちは捨てられました。
「ばいばーい」
「またね」
「元気でな」
「草!」
草は兄弟たちと離れて独りになりました。でも心は繋がっているからちっとも寂しくありません。この草はいずれ枯れるでしょうが、次はまた新しい草生が待っているのです。
この家に少年が居ました。少年はいつも家にいました。彼は退屈そうに眠ってばかり。この子は心にノイズが走る病気でした。そのために、いつか回復すると信じて眠ってばかりいました。
少年は台所で一本の草を見つけました。
「摘み取られて可哀想に」
草は少年が嫌いだと思いました。命は流転するものだからです。植物である彼女にとって枯れることは新しい生誕でした。生きることは死ぬことであり、死ぬことは生きることでした。可哀想と思われたのは心外でした。
でも少年は草の面倒を良くみました。毎日、ビンの中の水を変えてやり、お日様がいるときはビンを日当たりの良い縁台に出してやりました。
草と少年はちょっとずつ仲良くなりました。時々、草は少年に香りを送って病気を癒してあげました。
もちろん、少年はいずれ草が枯れることを知っています。でも少年は草の最期を看取ってやりたいと考えていました。だから草を精一杯お世話していました。そうしながらもう何も出来なくなってしまった命の意味について考えていたのです。
あるとき、晴れた日の夕方に縁台に置かれたビンとその中の草を見て、誰かが言いました。
「なんだろう。あれは」
「気味が悪いね」
少年は眠っていたけれど、お母さんはそれを聞いていました。お母さんは少年に何も言わずに草をごみ袋の中に捨てました。
「ばいばい、ありがと」
草はごみ袋の中でした。
草は寂しくなってきました。
草の兄弟たちは傍にいるけれど、あの少年とはもう会えないでしょう。
「寂しいな。寂しいな」
草は独りで泣きました。もう涙を流すための水もありません。そうして草は独りきりでごみ袋の中で枯れてしまいました。
気づくと草は天と地の中間にいました。
羽の生えた赤ちゃんたちが、死んだ生き物たちの交通整理をしています。
「はい、こっちだよー」
「あ、そっちはだめー」
「こっちこっち」
草はおとなしくみんなの流れについていきました。ゾウやお婆さんやキリンやアリやカラスやネコがみんな嬉しそうな顔で歩いています。次に地上に行くときにはもっと偉い生き物になれるからです。でも草はちっとも嬉しくありませんでした。
草にある赤ちゃんが話しかけました。
「はいはい、あなたはね、次は大きくて立派なカシの木になります」
草は言いました。
「立派な木になれるなら嬉しいなぁ。でもね、私にはここで待ちたい人がいるんです。待っていてはダメでしょうか。その人と話したいんです」
「えー」
赤ちゃんは弱りました。そこで上司を呼びに行きました。
「はいはい、報告、連絡、相談です」
「はいはい、報告、連絡、相談です」
「来て、来て。こっち、こっち」
大人のお兄さんが歩いてきました。真っ白な衣服を身にまとった立派な人でした。
「こんにちは、どうしたんだい」
草は言いました。
「お願いです。ここで待たせて貰えませんか?」
お兄さんは言いました。
「それはダメだよ。このままここにいると消えてしまう」
草はそれを聞いてまた泣き出しました。
「泣かないで」
「泣かないで」
赤ちゃんたちが慌ててなだめます。
お兄さんは草を手に取りました。
「ふむ」
そうして少し考え込みます。草の魂を読み取っていました。
「なるほど。あなたには身体を失ってもなお、大切なものがあるんだね」
お兄さんは笑顔で言いました。
「なら、君は僕たちの仲間だ。最も小さき子よ、天の国でその少年が来るのを一緒に待とうか」
小さな一本の草は特別に天の国に入れて貰えました。そこは神さまが治める場所でみんなが永遠に幸せな町。
何でもあるし、何でも叶います。
友達といつまでも話して、いつまでも遊んでいられる場所です。
草は少年を待っています。
「まだかな。まだかな」
いつか立派なカシの木になる日を先送りして、ずっとずっと草の姿のままで待っています。
そして少年と会ったときにこう言うつもりです。
もしもし、覚えてますか。草ですよ。あのときの草ですよ。すっかりお爺さんになりましたね、君。もう私のことなんて忘れてたかな。これまでよく頑張ったね。そしてあのときは助けてくれてありがとう。さよならを言えなくてごめんね。
でも君なら大丈夫だと思ってたよ。君は優しいし、愛することができる人だから。君にとって大切なものを愛することができる人だから。だからこそ君はこんなにも素晴らしい場所に来れた。そのことを誇って下さい。本当にお疲れ様、いつもよく頑張ってたね。
名もなき草はもう寂しくありません。草はいつの日かまた大切な人と巡り会えると知っているからです。
おしまい。
あるとき家の中に住んでいる人間のお母さんがやって来て、多く増えてきた草の兄弟たちを幾つか摘み取りました。
「あっ」「あっ」
でもその草は良い香りがする草でしたから一本だけ台所のビンに取って置かれました。他の兄弟たちは捨てられました。
「ばいばーい」
「またね」
「元気でな」
「草!」
草は兄弟たちと離れて独りになりました。でも心は繋がっているからちっとも寂しくありません。この草はいずれ枯れるでしょうが、次はまた新しい草生が待っているのです。
この家に少年が居ました。少年はいつも家にいました。彼は退屈そうに眠ってばかり。この子は心にノイズが走る病気でした。そのために、いつか回復すると信じて眠ってばかりいました。
少年は台所で一本の草を見つけました。
「摘み取られて可哀想に」
草は少年が嫌いだと思いました。命は流転するものだからです。植物である彼女にとって枯れることは新しい生誕でした。生きることは死ぬことであり、死ぬことは生きることでした。可哀想と思われたのは心外でした。
でも少年は草の面倒を良くみました。毎日、ビンの中の水を変えてやり、お日様がいるときはビンを日当たりの良い縁台に出してやりました。
草と少年はちょっとずつ仲良くなりました。時々、草は少年に香りを送って病気を癒してあげました。
もちろん、少年はいずれ草が枯れることを知っています。でも少年は草の最期を看取ってやりたいと考えていました。だから草を精一杯お世話していました。そうしながらもう何も出来なくなってしまった命の意味について考えていたのです。
あるとき、晴れた日の夕方に縁台に置かれたビンとその中の草を見て、誰かが言いました。
「なんだろう。あれは」
「気味が悪いね」
少年は眠っていたけれど、お母さんはそれを聞いていました。お母さんは少年に何も言わずに草をごみ袋の中に捨てました。
「ばいばい、ありがと」
草はごみ袋の中でした。
草は寂しくなってきました。
草の兄弟たちは傍にいるけれど、あの少年とはもう会えないでしょう。
「寂しいな。寂しいな」
草は独りで泣きました。もう涙を流すための水もありません。そうして草は独りきりでごみ袋の中で枯れてしまいました。
気づくと草は天と地の中間にいました。
羽の生えた赤ちゃんたちが、死んだ生き物たちの交通整理をしています。
「はい、こっちだよー」
「あ、そっちはだめー」
「こっちこっち」
草はおとなしくみんなの流れについていきました。ゾウやお婆さんやキリンやアリやカラスやネコがみんな嬉しそうな顔で歩いています。次に地上に行くときにはもっと偉い生き物になれるからです。でも草はちっとも嬉しくありませんでした。
草にある赤ちゃんが話しかけました。
「はいはい、あなたはね、次は大きくて立派なカシの木になります」
草は言いました。
「立派な木になれるなら嬉しいなぁ。でもね、私にはここで待ちたい人がいるんです。待っていてはダメでしょうか。その人と話したいんです」
「えー」
赤ちゃんは弱りました。そこで上司を呼びに行きました。
「はいはい、報告、連絡、相談です」
「はいはい、報告、連絡、相談です」
「来て、来て。こっち、こっち」
大人のお兄さんが歩いてきました。真っ白な衣服を身にまとった立派な人でした。
「こんにちは、どうしたんだい」
草は言いました。
「お願いです。ここで待たせて貰えませんか?」
お兄さんは言いました。
「それはダメだよ。このままここにいると消えてしまう」
草はそれを聞いてまた泣き出しました。
「泣かないで」
「泣かないで」
赤ちゃんたちが慌ててなだめます。
お兄さんは草を手に取りました。
「ふむ」
そうして少し考え込みます。草の魂を読み取っていました。
「なるほど。あなたには身体を失ってもなお、大切なものがあるんだね」
お兄さんは笑顔で言いました。
「なら、君は僕たちの仲間だ。最も小さき子よ、天の国でその少年が来るのを一緒に待とうか」
小さな一本の草は特別に天の国に入れて貰えました。そこは神さまが治める場所でみんなが永遠に幸せな町。
何でもあるし、何でも叶います。
友達といつまでも話して、いつまでも遊んでいられる場所です。
草は少年を待っています。
「まだかな。まだかな」
いつか立派なカシの木になる日を先送りして、ずっとずっと草の姿のままで待っています。
そして少年と会ったときにこう言うつもりです。
もしもし、覚えてますか。草ですよ。あのときの草ですよ。すっかりお爺さんになりましたね、君。もう私のことなんて忘れてたかな。これまでよく頑張ったね。そしてあのときは助けてくれてありがとう。さよならを言えなくてごめんね。
でも君なら大丈夫だと思ってたよ。君は優しいし、愛することができる人だから。君にとって大切なものを愛することができる人だから。だからこそ君はこんなにも素晴らしい場所に来れた。そのことを誇って下さい。本当にお疲れ様、いつもよく頑張ってたね。
名もなき草はもう寂しくありません。草はいつの日かまた大切な人と巡り会えると知っているからです。
おしまい。
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