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第ニ章

魔法学院の王子様とヒロイン候補(4)

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 時間はカロンがパンテレイモンに連行される少しだけ前に遡る。

 魔法学院の中等部と高等部を繋ぐ職員棟の学院長室の扉が控えめに叩かれ、部屋の主である銀髪の老婦人の老いてもなお、まだ煌めくような光を宿した金眼が扉のほうに向けられ、、来訪者が何者であるのか分かった上で嬉しそうに返事をする。
「はい。どうぞ」
 ウェーブした長い桃色の髪に赤いカチューシャをし、特徴的な大きなセーラー襟の白黒の魔法学院中等部の制服に身を包んだ少女がスカートをちょこんと摘んで挨拶をする。
「お久しぶりですわ。お祖母様」
「入学おめでとう。エリザ」
 美しく成長した孫娘エリザの晴れ姿に魔法学院院長マリア・シルバニアは孫娘とお揃いの金眼を優しく細めた。
「ありがとうございます。全てお祖母様のお陰ですわ。わたくし、この日を心待ちにしていましたの」
「心配せずともエリザの慕う御方とは貴族同士パンテレイモンが担当するクラスになるというのに、わたしに念押しして魔王様の子供二人と同じクラスにして欲しいと頼むから何事かと思ったよ」
「……ええ、その、あの二人とは初顔合わせから上手くいかなくて……」
「ああ、そうかい。すまないね。本来、シルバニア本家当主であるわたしがあの晩餐会に一緒に出席できれば良かったのかもしれないのに、あの時期、魔獣に襲われた村の調査とオルト山脈に棲む魔獣たちを警戒して学院から離れる訳にはいかなかったからね」
「お祖母様は謝らないでください。お祖母様が野生の魔獣が棲むオルト山脈の麓にあるこの学院を守らなければならない御立場である事はわたくしも理解しておりますわ。貴重な顔合わせの度にいつも素直になれなくて高飛車な態度をとってしまって二人と不仲なのはわたくし自身のせいですもの……」
「エリザ……」
「だから、お祖母様に頼んでいつも一緒ならあの方と仲良くなれると思ってお願いしましたの」
「そうかい!」
 職権濫用に当たるかもしれないが、マリアは思い悩む愛しい孫娘の綺麗な笑顔が見れるなら、手回しした甲斐があったと喜んだ。
 婚約者であるゼノンとの初顔合わせだった平和記念晩餐会で、魔王の娘として紹介された婚約者の義妹カロンを故意はなく、誘惑フェロモンにより意識を失わせた事をエリザはとても悲しんでいた。
 それ以来、ゼノンはカロンを大事にしており、貴族の集まりではいつも二人はべったり一緒で、ゼノンはエリザに対して冷たい態度をとっている。
「魔王妃になるのが、わたくしが果たさなければならない役目ですもの。あの二人と仲良くなれるよう努力をしているつもりなのですけど、上手くいきませんわ」
「大丈夫さ! エリザはこんなに可愛いんだから、王子様もいつかエリザの事を好きになってくれるさ!」
「お祖母様……。わたくし、お祖母様が一番大好きですわ!」
 頭を優しくぽんぽんと撫でるマリアにエリザは抱きついた。
「わたしの可愛い孫はお前一人だからね。パーニャもいつまでも独身を貫かず、貴族の分家の娘と結婚して孫の顔を見せてくれてもいいのに、理想の女性は聖女様なんて言うから困った子だよ」
 マリアは溜息を吐いた。
「え……? パンテレイモン叔父様の理想の女性は聖女なのですか?」
 エリザは怪訝な顔をしてマリアの瞳を見つめた。
 コンコン!
 扉を叩く音にマリアは反応し、扉のほうに手を翳すと、扉に魔法陣が現れて、扉の前に魔法学院中等部の制服を纏った黒髪に紫水晶の瞳の少年が立っているのが、部屋の中にいる二人には透けて見えた。
 エリザはマリアの傍から少し離れる。
「入ってらっしゃい」
 マリアは扉の向こうにいる少年に声を掛けた。
「失礼します。学院長。……エリザ?」
 入室して来たゼノンは予想外の人物がいた事に目を見開いた。
「お久しぶりですわね。ゼノン様。ここの学院長がわたくしのお祖母様だという事は御存知でしょう? わたくしがお祖母様に挨拶にここに来てもおかしくないでしょう?」
 高飛車な態度でエリザがそう言うと、ゼノンは「成る程」と言って大して興味がないように相槌を打って、マリアのほうに視線を向けた。
「何よ、婚約者のわたくしに対して素っ気ないですわね……」
 祖母の前だからか、エリザは大人しく小さな声で悪態をついた。
「ゼノン王子。どんな用件であなたがわたしのところに来たのかしら?」
 マリアは凛とした態度でゼノンに質問した。
「先程、魔法学院の正門に続く並木道で、俺の義妹のカロンが、アカイン本家次男アレクサンドルが放った火球を魔獣で防いだ事でパンテレイモン先生に連行されて行きました。あの並木道はシロノワールの領地です。すぐにカロンを釈放していただきたい」
「話は分かりました。いいでしょう。それにしても問題を起こしたのは、またアカイン本家の子息ですか……」
 マリアは溜息を吐いた。
「わたくしの剣になりたいとか言ってた癖に、わたくしが朝の迎えを断ったら、事件を起こして! あのお馬鹿は何をやっているんですの⁉︎」
 エリザは厳しい顔つきで、婚約者が出来てもエリザの事が未だに好きだと言い続け、学院への朝の迎えを申し出た赤い髪の従兄弟の顔を思い出し、罵った。
「その馬鹿も連行されてる」
 ゼノンはエリザをちらりと見遣り、溜息混じりに、そう言った。
 アカイン本家の当主と分家の純血の母親との間に、その次男として生まれてきたアレクは純血の魔族ではあったが、金眼ではなく、父親であるアスモデウスから冷遇されていた。
 そんなアレクが初めての貴族の集まりで出会ったエリザに告白した事は貴族たちの間では微笑ましい出来事として有名だった。
 貴族の間では従兄弟同士で結婚する事は珍しくない。
 少なからず、アカイン家とシルバニア家の関係者は二人が将来結婚するものだろうと誰もが思っていた。
 それが、ゼノンが十歳の誕生日を迎える前日に、本人たちの意思も訊かず、貴族院でゼノンとエリザの婚約が正式に決まったのだ。
 それ以来、アレクはゼノンの婚約者として振る舞うエリザに好きだと言っても拒否されて、ゼノンを恋敵として、色々と対抗してくるようになった。
 ゼノンはエリザに興味がないのにだ。
 おまけに最近はゼノンの弱点といっても過言ではないカロンにまで因縁をつけてくる。
 ゼノンからしたら、ただの迷惑だった。
「従姉妹のわたくしに恥をかかせて! アレクもあの子と一緒の場所にいるのでしょう? 文句のひとつでも言ってやりませんと気が収まりませんわ!」
 エリザがそう叫ぶ向こうで、院長室の机の上に魔道具である通信電話の受話器を片手にマリアは誰かと会話をしている。
「新任早々悪いね。院長室まで迎えに来ておくれ」
 がちゃりと受話器を置くと、すぐに院長室の扉が叩かれた。
「入りなさい。ルビィ先生」
 マリアがそう言うと、「失礼します」と控えめな声がして、黒いローブに身を包んだルビィが扉を開けて現れた。
「あまり時間がないからね。反省室への案内を頼むよ。ルビィ」
 マリアはふわりとルビィに微笑む。
「はい。二人共ついて来て」
 ルビィは軽く頷いて、新入生であるゼノンとエリザに視線をやり、指示した。
「ちょっと! あなた! 貴族であるわたくしに挨拶も何の説明もしないで命令するなんて失礼じゃなくて⁉︎」
 突然現れ、ルビィの素っ気ない態度に不満を口にしながらも、ゼノンがエリザの方に手を置いて促した為、エリザは黙ってルビィについて行き院長室を出て行こうとした。
「王子様はちょっとお待ち」
 マリアはゼノンを呼び止め、机の引き出しからの中から一枚の何も書かれていない紙を手渡した。
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