上 下
2 / 12
第一章

召喚された少女と魔法使いの国(1)

しおりを挟む
"わたし"はずっと暗い世界にいた。
 その暗い世界をその金色の魔獣は巨大な尻尾と鋭い爪で壊した。
「ひいっ!魔獣だ!」
「神様!どうか私達に加護を!」
 魔獣の鋭い爪がその場にいた人々を襲った。
「……」
"わたし"は声を発する事も出来ず、口をぱくぱくとさせていた。
 わたしの前に色とりどりの不定形な姿形の魔獣たちが現れる。
 その瞬間、"わたし"は光に包まれた。
 ザシュッ!
 光の中で、柔らかな黒髪を靡かせ、神秘的な紫水晶のような瞳のその人は、真っ二つに不定形のその魔獣を斬り伏せ、"わたし"に手を差し伸べた。
「大丈夫か?」
「うっ、ふっ、…うわあぁぁん!」
"わたし"はその温かい手を握り、泣き出していた。
「生きていたのはこの子だけみたいだね」
「はい。他に召喚されたのは新種の魔獣だけで他の生存者は絶望的かと……」
「そんな事は召喚した僕自身が分かっているよ」
「失礼しました! 魔王様!」
 黒い鎧を見に纏った騎士の男は魔王に深々と頭を下げた。
「それにしてもこの世界にスライムがいるなんて! 僕は今、感動している!」
「はぁ、スライム?」
 ぽかんとした顔で騎士は魔王を見つめた。
「君! スライムだよ! あのスライムだよ! RPGゲームなどでお馴染みの! あのスライムなんだよ⁉︎」
「はぁ、アールピージー?」
 興奮ぎみに話す魔王に対し、騎士には全く魔王の言っている事が理解できていない様子だった。
「父上。異世界での話をしても魔法騎士たちが困るだけです。それよりこの"少女"の事を気にかけてください!」
 泣いている"少女"と年齢はそう違わないのに、紫水晶の瞳の少年は魔王に冷静に意見を述べた。
「分かったよ。ゼノン」
 魔王がそう言って"少女"に近寄ろうとすると、紫水晶の瞳の少年ゼノンが斬り伏せ、散り散りになったはずの不定形の色とりどりのスライムが魔王と"少女"の間にひとつに塊、まるで壁のように立ち塞がった。
「僕は魔王ジュン・クロウドだ。スライムくん。その"少女"は君のご主人様なのかい?」
 魔王ジュン・クロウドがそう話しかけるとそのスライムは威嚇するかのようにその体積を大きくした。
「僕は君のご主人様を傷付ける気はないよ。ただ話をしたいんだ」
 魔王ジュン・クロウドが真摯にそう告げると、ぷるんと大きな壁のようなスライムが揺れて、急に縮んで、地面から飛び上がるようにして、魔王ジュン・クロウドの両手に収まるサイズに変化した。
「ははっ、ボールみたいだ」
 魔王ジュン・クロウドはそう言ってスライムを揉んで触感を愉しんでいると、くすぐったいのか、丸い形状に変化したスライムがもにゅもにゅと動いた。
「父上。何をやっているんですか?」
 ゼノンには呆れた目で見られる。
「君。大丈夫かい? 僕はジュン・クロウド。今はこの国で善い魔王をやっているんだ」
魔王ジュン・クロウドは"少女"に笑顔で語りかけた。
「……ま、お……?」
"少女"の小さな口が動いて音を発した。
「君の名前は?」
「……ま、え?」
"少女"は無垢な瞳で魔王ジュン・クロウドを見上げ、意味を成さない音を発した。
「俺の名前はゼノンだ。君の名前は?」
「ゼ、ノ? ……イケニエ」
 ゼノンは"少女"に名前を訊ねただけだったのだが、聞き取れた言葉に思わず、握っていた彼女の手をぎゅっと握り締めた。
「イケニエ」
"少女"は言葉の意味も知らないようで無邪気に微笑んでいる。
「父上……」
「イケニエか。それが君の名前なのかな? だとしたら、僕は君をそう呼んだ者たちを捕まえなければならない」
 魔王ジュン・クロウドは顔だけ笑顔のままで全身を怒りのオーラで包んでいた。
「イケニエなんて名前なんかじゃない。十年前に勇者だった僕と魔王だったカエラが結んだ平和条約をまだ知らない者がこのユートピアにいるなんて!」
「父上。落ち着いてください!」
"少女"は不思議そうに魔王ジュン・クロウドとゼノンを見上げた。
 暗い世界の中で"少女"を呼ぶ声は"少女"のことをイケニエと呼んでいた。
『この子、本当に動かないし、喋れないのね。ああ、だからイケニエに選ばれたのか』
『この子は大事なイケニエよ』
『イケニエを捧げれば神様は私たちをお救いくださるわ』
 そう言って、彼等は魔獣のいるあの場所に"少女"を生贄として置き去りにしようとしていた。
「そうだ! うん、それがいい。君の名前はカロン! 今日から、君は僕らの家族だ!」
 何を思ったのか、魔王ジュン・クロウドは魔王城にある巨大な召喚陣の間で、そう宣言した。
「はぁ…… 行こう、カロン。俺が案内する」
 ゼノンは相変わらずの父の思いつきに溜息を吐いて呆れながらも、カロンの手を握り締めて、その場にある巨大な召喚陣ではなく、一枚壁を隔てた場所にある大人四人くらいが入れるサイズの魔法陣の中へとエスコートした。
 魔王ジュン・クロウドと一緒にいた黒い鎧を纏った魔法騎士も一緒だ。
 しばらくすると足下の魔法陣が白く光だし、身体が宙に浮き、一気に浮上した。
 初めてのことにカロンはわくわくした。
 まるで透明な箱の中に入っているようだった。
 周囲の景色が変わってゆく。
 透けた壁の向こうに、この国の民たちが暮らす美しい街並みが見えたかと思うと、それは下のほうにどんどん小さくなって見えなくなってしまった。
 雲の中を移動し、魔法陣が止まる。
「ふわぁ!」
 カロンは感動して声をあげた。
 そこは雲の上だった。
「おかえり。カロン。ここは魔法使いが住む国ユートピアの魔王城の最上階。今日から君の住む家だよ」
 小脇に抱えたスライムを撫でながら、戯けた様子で魔王ジュン・クロウドはカロンに告げた。
 スライムは魔王ジュン・クロウドに触られるのが嫌なのか、逃げ出し、更に小さなサイズになり、カロンの肩の上に乗ると安心したようにおとなしくなった。
 こうして、現代の魔王ジュン・クロウドに召喚された記憶喪失の少女はカロンと名付けられ、彼の養女として迎えられたのであった。
 この日は魔王ジュン・クロウドの亡き妻であり、先代魔王カエラ・シロノワールの命日であり、十年前、神を信仰する人族が治める国エーデンハルトと魔族を中心とした貴族が治める魔法使いが住む国ユートピアが正式に平和条約を結んだ日であった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢でも素材はいいんだから楽しく生きなきゃ損だよね!

ペトラ
恋愛
   ぼんやりとした意識を覚醒させながら、自分の置かれた状況を考えます。ここは、この世界は、途中まで攻略した乙女ゲームの世界だと思います。たぶん。  戦乙女≪ヴァルキュリア≫を育成する学園での、勉強あり、恋あり、戦いありの恋愛シミュレーションゲーム「ヴァルキュリア デスティニー~恋の最前線~」通称バル恋。戦乙女を育成しているのに、なぜか共学で、男子生徒が目指すのは・・・なんでしたっけ。忘れてしまいました。とにかく、前世の自分が死ぬ直前まではまっていたゲームの世界のようです。  前世は彼氏いない歴イコール年齢の、ややぽっちゃり(自己診断)享年28歳歯科衛生士でした。  悪役令嬢でもナイスバディの美少女に生まれ変わったのだから、人生楽しもう!というお話。  他サイトに連載中の話の改訂版になります。

悪役令嬢になりたくないので、攻略対象をヒロインに捧げます

久乃り
恋愛
乙女ゲームの世界に転生していた。 その記憶は突然降りてきて、記憶と現実のすり合わせに毎日苦労する羽目になる元日本の女子高校生佐藤美和。 1周回ったばかりで、2週目のターゲットを考えていたところだったため、乙女ゲームの世界に入り込んで嬉しい!とは思ったものの、自分はヒロインではなく、ライバルキャラ。ルート次第では悪役令嬢にもなってしまう公爵令嬢アンネローゼだった。 しかも、もう学校に通っているので、ゲームは進行中!ヒロインがどのルートに進んでいるのか確認しなくては、自分の立ち位置が分からない。いわゆる破滅エンドを回避するべきか?それとも、、勝手に動いて自分がヒロインになってしまうか? 自分の死に方からいって、他にも転生者がいる気がする。そのひとを探し出さないと! 自分の運命は、悪役令嬢か?破滅エンドか?ヒロインか?それともモブ? ゲーム修正が入らないことを祈りつつ、転生仲間を探し出し、この乙女ゲームの世界を生き抜くのだ! 他サイトにて別名義で掲載していた作品です。

乙女ゲームに転生したらしい私の人生は全くの無関係な筈なのに何故か無自覚に巻き込まれる運命らしい〜乙ゲーやった事ないんですが大丈夫でしょうか〜

ひろのひまり
恋愛
生まれ変わったらそこは異世界だった。 沢山の魔力に助けられ生まれてこれた主人公リリィ。彼女がこれから生きる世界は所謂乙女ゲームと呼ばれるファンタジーな世界である。 だが、彼女はそんな情報を知るよしもなく、ただ普通に過ごしているだけだった。が、何故か無関係なはずなのに乙女ゲーム関係者達、攻略対象者、悪役令嬢等を無自覚に誑かせて関わってしまうというお話です。 モブなのに魔法チート。 転生者なのにモブのド素人。 ゲームの始まりまでに時間がかかると思います。 異世界転生書いてみたくて書いてみました。 投稿はゆっくりになると思います。 本当のタイトルは 乙女ゲームに転生したらしい私の人生は全くの無関係な筈なのに何故か無自覚に巻き込まれる運命らしい〜乙女ゲーやった事ないんですが大丈夫でしょうか?〜 文字数オーバーで少しだけ変えています。 なろう様、ツギクル様にも掲載しています。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

転生者はチートな悪役令嬢になりました〜私を死なせた貴方を許しません〜

みおな
恋愛
 私が転生したのは、乙女ゲームの世界でした。何ですか?このライトノベル的な展開は。  しかも、転生先の悪役令嬢は公爵家の婚約者に冤罪をかけられて、処刑されてるじゃないですか。  冗談は顔だけにして下さい。元々、好きでもなかった婚約者に、何で殺されなきゃならないんですか!  わかりました。私が転生したのは、この悪役令嬢を「救う」ためなんですね?  それなら、ついでに公爵家との婚約も回避しましょう。おまけで貴方にも仕返しさせていただきますね?

私はモブのはず

シュミー
恋愛
 私はよくある乙女ゲーのモブに転生をした。   けど  モブなのに公爵家。そしてチート。さらには家族は美丈夫で、自慢じゃないけど、私もその内に入る。  モブじゃなかったっけ?しかも私のいる公爵家はちょっと特殊ときている。もう一度言おう。  私はモブじゃなかったっけ?  R-15は保険です。  ちょっと逆ハー気味かもしれない?の、かな?見る人によっては変わると思う。 注意:作者も注意しておりますが、誤字脱字が限りなく多い作品となっております。

転生したら乙ゲーのモブでした

おかる
恋愛
主人公の転生先は何の因果か前世で妹が嵌っていた乙女ゲームの世界のモブ。 登場人物たちと距離をとりつつ学園生活を送っていたけど気づけばヒロインの残念な場面を見てしまったりとなんだかんだと物語に巻き込まれてしまう。 主人公が普通の生活を取り戻すために奮闘する物語です 本作はなろう様でも公開しています

チート幼女とSSSランク冒険者

紅 蓮也
ファンタジー
【更新休止中】 三十歳の誕生日に通り魔に刺され人生を終えた小鳥遊葵が 過去にも失敗しまくりの神様から異世界転生を頼まれる。 神様は自分が長々と語っていたからなのに、ある程度は魔法が使える体にしとく、無限収納もあげるといい、時間があまり無いからさっさと転生しちゃおっかと言いだし、転生のため光に包まれ意識が無くなる直前、神様から不安を感じさせる言葉が聞こえたが、どうする事もできない私はそのまま転生された。 目を開けると日本人の男女の顔があった。 転生から四年がたったある日、神様が現れ、異世界じゃなくて地球に転生させちゃったと・・・ 他の人を新たに異世界に転生させるのは無理だからと本来行くはずだった異世界に転移することに・・・ 転移するとそこは森の中でした。見たこともない魔獣に襲われているところを冒険者に助けられる。 そして転移により家族がいない葵は、冒険者になり助けてくれた冒険者たちと冒険したり、しなかったりする物語 ※この作品は小説家になろう様、カクヨム様、ノベルバ様、エブリスタ様でも掲載しています。

処理中です...