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しおりを挟む「清さん、嫌な思いさせてすみませんでした」
駅近くのビジネスホテルで俺は土下座した。
「反対されるのはわかってたんだから、気にしてねぇよ」
「でも…」
「それより次にどうするのか考えればいいだろ」
「ありがとうございます…」
親に認めてもらうのが無理な話なのだろうか。万一の場合は以前から言っている通り親と縁を切ってでも入籍するつもりではあるが、彼は納得しないだろう。
「飯食いに行こうぜ。地元なんだからうまい店知ってるだろ」
「はい」
彼のことだから別れると言い出し兼ねないし、そうなれば彼の命が危ないのだ。
彼なりの気遣いなのか、食事中もいつもより随分口数が多く、ホテルに戻ると先にシャワーを浴びると浴室に向かった。
姉ちゃん達からは謝罪と両親の様子が送られてきた。両親はその後どうすればいいのかわからないと頭を抱えているらしい。俺はベッドに腰掛けメッセージの返信を考えていた。
「…まだ悩んでんのか」
スマホから顔を上げるとタオルを腰に巻いた清さんが立っていた。
「き、清さん服…」
「何を今更」
ふん、と清さんが俺の膝に跨る。こんな彼は初めてで目のやり場に困りながら赤面した。
「…お、俺もシャワー…」
清さんが遮ってキスをした。どきりと心臓が鳴る。にゅるりと舌が侵入してきて蕩けそうになった。
「しねぇのか?」
顔を離してペロリと唇を舐める彼を見て俺は理性も吹っ飛びベッドに押し倒した。
裸のまま寝てしまい、朝方肌寒くて目が覚めた。シーツを引っ張り清さんにも掛けるとうっすら目を開ける。
「起こしてすみません」
「…まだ寝とけ」
そう言って彼は俺の腕の中にすっぽり収まり再度眠りについた。昨夜の誘いも落ち込み焦る俺への慰めだ。両親の言葉に傷付いたのは彼の方なのに。先に俺だけで話した方がよかったかもしれない。今度は俺だけで行ってみよう。そう思いながら俺もまた眠った。
あれから一ヶ月ほど過ぎて、姉ちゃん達とはメッセージのやり取りをしていたが両親からは特に何もなく、俺から送ったりもしたが清さんについては何も触れてこなかった。
「八尋、清と結婚するんだって?」
休憩時間に橋田課長が喫煙所で話し掛けて来て、なんで知っているのかと警戒した。
「清に聞いたよ。他の奴はまだ何も知らねぇよ」
「清さんに?」
「親に挨拶行ったの?」
「まぁ…」
「反対されたのか」
「えっ、清さんなんか言ってました?」
課長は笑った。
「何も聞いてねーよ。清から結婚の報告もないから反対されたんだろうなと思って」
そういうことか。清さんはどこまで課長に話したのだろう。上司なのだから一応話をしただけなのか、課長だから何か相談とかしているのか。以前田所が言っていたことを思い出し苦々しい気持ちになった。
「…課長は昔清さんと付き合ってたって本当ですか?」
「清から聞いてねーの?」
わざわざ聞くことでもないとは思ったのだ。過去は過去だし彼が今も橋田課長を想っているなどそんな素振りもないし。でもやはり気になるものは気になる。たぶん清さんに聞いたら怒られそうな気もしていたのでちょうどいいと思った。
「そうだよ。あいつが入社してちょっとしてから付き合ったよ。でも俺が他の人と結婚することになったから別れた」
悪びれもせず彼は言った。
「えっそれって二股してたってことですか?!」
最低だなと思ったのが顔に出ていたらしく、課長は苦笑した。
「これでも色々あるんだよ。めんどくせぇことがさ。あいつにも悪いことしたなとは思ってるよ」
「…清さんに手出さないで下さいね?」
煙を吸い込んでいた課長は咽せた。
「俺がそういうことしそうな奴に見える訳?」
曖昧に笑うとしねーよと課長は言った。
「まぁ向こうから来たら拒まないけどね」
むっとして俺が言い返そうとするのを遮り
課長は煙草を消した。
「何があっても離すなよってことだよ」
「言われなくても…!」
俺しか守れる人はいないのだから。そう言う前に課長は部屋を出て行った。
「なんだよあの人腹立つなぁ」
確かに仕事は抜群にできるし上司なのに部下達にも慕われていて彼への悪口など聞いたこともない。入社後の歓迎会で何をしてても許される雰囲気があると、誰かが言っていた。だからって二股していい訳がない。俺なら絶対清さんを捨てるなんてしない。
心の中で悪態を吐いて俺も喫煙所を出た。
コートが必要になってきた十一月のある休日、清さんは死んだ。マンションを建てていいる近くを歩いていたら鉄骨が落ちてきたのだ。俺はその時彼の家で仕事をしていて、心配なのでついて行くと言ったが近くのスーパーに行くだけだから大丈夫と断られたので待つことにした。俺は何も学べない馬鹿だったのだ。なかなか戻らない彼を迎えに行こうと思ったとき、清さんのお父さんからの電話で知った。結婚もしていない以上恋人と言っても法律上はただの他人だ。警察署に行っても遺体や所持品を引き取ることもできない。即死だったらしい彼の遺体は損傷が激しく顔を見ることはできず、そのまま棺に入れられた。翌日朝一で駆け付けた御両親が泣いていても、俺は呆然として最早涙も出なかった。
彼の運命を変えるため、守るため、幸せにするためプロポーズして御両親に挨拶しても、俺の両親に反対された結果がこれだ。何が何でも説得すべきだった。両親か清さんを。それとも全て俺の勘違いだったのだろうか。このタイムリープにも何の意味もなく、清さんの運命の人は俺じゃなく、好きな人が死ぬのをただ見るために繰り返しているだけだとしたら?
「そんな馬鹿なことがあってたまるか」
葬儀後、俺は清さんの部屋でどうか戻りますようにと彼の布団に包まって眠った。
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