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「僕達は早く身を固めてほしいと思っていたんだよ。本人はなかなかその気にならなかったみたいでねぇ」
「この子ったら昔から頑固だったから、親の言うことなんて気にも掛けないのよ」
 夕飯をご馳走になっていると二人がそう話始めた。
「君を病院で見たとき若くて驚いたけど何だか初めて会った気がしなくてね。母さんとも話してたんだよ」
「あなたが命の恩人だっていうこともあるんでしょうけど、清のことお任せできるって思いましたよね」
 そうだなぁとお父さんはビールを飲んだ。清さんも少しだけビールを飲んで、二人の話を聞いている。葬儀を含めると顔を合わせるのはあの日で三度目だ。勿論彼らにそんな記憶はないのだが。
「まぁあれから三ヶ月と少しだから早いなとは思ったが清もいい歳だ。僕達は全く構わないが、八尋くんのところは大丈夫なのかな? もう挨拶は行ったのかい?」
「それは…」
 どう話せばいいかと言葉を濁すとずっと黙っていた清さんが口を開いた。
「先方と予定がなかなか合わないからちょっと先になる」
「お忙しいんだね。僕達もご挨拶しないとな」
「それはまた追々連絡する」
 余計なことは言うなと目配せがあったので俺は黙って頷いた。
 二人は変わらず微笑んでいた。
 話をしていてわかったのは清さんのお父さんは大学教授で、お母さんは自宅の一室で華道と茶道を教えているということだった。
 道理で食事中の仕草や所作が綺麗なんだと納得した。口調は随分荒いけれども。
「堅苦しいのは嫌いなんだよ」
 教養があり物腰柔らかな父親、礼儀を重んじる母親、併せ持つはずの自分にずっと違和感があったと、布団に入った彼に尋ねるとそう答えた。
「俺、清さんのギャップに惹かれたんですよね」
「ギャップ?」
「はい。めっちゃ怖い人だと思ってたけど、清さんて字がめちゃくちゃ綺麗じゃないですか。食べ方とかも。そういうとこがすげー気になって、その内好きになってました」
「なんだそれ」
 暗い部屋でふ、と笑う気配がした。
「御両親のことも好きですよ、俺」
「…そうか」
「お休みなさい」
「あぁ」
 何だかすっかり安心してしまって、俺は眠った。



「来週有給取ってるけどなんか予定あんの?」
 定時後一人で残りの仕事を片付けていると睦さんが声を掛けた。
「まぁ…」
「あら、八尋も取ってるってことは二人でお出掛けかぁ」
 目敏い。だがいずれ報告しなければならないので、俺は正直に姉と会うと伝えると彼はとても驚いた。
「何、結婚すんの?」
「予定ですけど」
「付き合ってどれくらいなの?」
「…四ヶ月程」
「えぇ?! 大丈夫なのかよ」
「まぁ。今のところ特に問題はない、ですね」
「そっかぁ。まぁ今はそんな感じでも珍しくないのかねぇ…」
 書類を取ろうと伸ばした手を取られ俺は顔を上げた。
「じゃあもう直球で誘うわ。今晩どう?」
「何がじゃあだよ。無理──っ」
 手の甲に彼の唇が触れて驚いて手を引っ込めようとするが制止された。そっと舌が這いびくりと体が揺れる。
「な、にしてっ」
「だって部下と結婚したらさすがにまずいじゃん。だからその前にどうかなって思って」
「ばっ、馬鹿なこと言うなっ」
 別れて数年経つというのに彼との行為が思い出されてぞくりと全身が粟立った。
「えーダメ?」
「ダメに決まってんだろ」
 そう言うと彼はあっさり手を離した。
「相変わらずお堅いねぇ」
「あんたが緩すぎるんだよ。その内セクハラで訴えられるぞ」
「他の奴にはしねーよ」
 苦笑して彼は向かいの席から椅子を持ってきて腰を下ろした。この人だけはどこまでが冗談でどこからが本気なのか全く読めない。
「人生の先輩として相談乗ってあげてもいいぜ?」
「何もありませんよ」
「本当にー? 親に反対されるとかねーの?」
 睦さんは昔から妙に鋭いところがある。
「向こうの親にはまだ会ってないんで」
「そうなんだ。先にお姉さんに会うってことは作戦会議とか?」
「……」
 八尋が話したかと思う程の推察に閉口した。もう無視して早く仕事を片付けてしまおう。
「当たりか。まぁ歳の差とか考えるとすんなりはいかないだろうなー。一回二回の反対は気にすんなよ」
「…邪魔したいのか応援すんのかよくわかんないですね」
「基本的にはいい奴よ、俺は」
「自分で言うか」
「ほら、仕事手伝ってやるよ。あんま残業されんのも困るんだわ」
「…ありがとうございます」
 俺が入社した頃は当たり前に残業があり、まだ役職のついていなかった睦さんはよくこうして手伝ってくれたものだった。仕事のやり方も何もかも教えてくれたのはこの人だ。俺は何をされてもこの人のことを嫌いになれないし、たぶんそのことを彼もわかっている。
「…と、じゃあこれで一段落だな。帰ろうぜ」
「すみません遅くなって」
「二人きりで遅くなったら八尋くんに怒られちゃうかなぁ」
 ニヤニヤと睦さんが言う。いつまで経っても変わらない子供みたいな人だ。
「そんなん気にするタイプじゃないですよ」
「そうなの?」
 二人で会社を出て、駅まで向かう。
「じゃあ気を付けて帰れよー」
「睦さんも。ありがとうございました」
 電車に乗り込むと反対ホームに立つ彼が見えた。こちらに気付き手を振る。あのときあっさり了承せずに彼に縋っていたら、何か変わっていたのだろうか。あの選択があって八尋と結婚するに至っているのだから、いずれ睦さんとは別れることになっていたのだろうか。そんなことを思いながら俺も小さく手を振った。


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