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「じゃあ清さん、俺行ってくるのでくれぐれも気を付けて下さいね」
 お盆休み初日、俺は実家に帰る前に彼に念押しした。呆れたように彼は頷きさっさと行けと言った。本当は彼とずっと過ごそうと思っていたが、母親から帰ってくるようにと連絡が来たので仕方なく帰ることにしたのだ。
「明日の夕方には帰ってきますから、なんかあったらすぐ連絡下さい」
「わかったから行ってこい!」
 イライラしながら彼が言うので俺はとうとう家を出た。
 清さんは今年のお盆休みは帰らないらしく、あまりに俺が心配するので帰ってくるまで家にいると言ってくれた。
 混雑する新幹線の中で俺は大きな溜息を吐いた。
 実家は新幹線で二時間程なので長期休みの度に帰ってはいたのだが、改めて帰ってこいと連絡があったのはどういうことだろう。
 もしかして清さんと半同棲がバレてる、とか。
 いやいやそれはないと一人首を横に振る。でも彼とのことを軽く話しておいてもいいのかもしれない。いきなり清さんと同棲すると連れ帰るより事前に情報を伝えておけば両親も意外と認めてくれるかも。
 そんなことを考えているとすぐに到着した。


「ただいまー」
「やっくんお帰りー」
 出迎えたのは長女の千尋姉ちゃんだった。
「あれ、姉ちゃん帰ってるの」
 彼女は俺の八歳上、清さんと同い年で、二年前に結婚して家を出ている。夏は旦那さんの実家に行くことが多かったので珍しいと思った。
「今日の夜は真尋の婚約者が来るでしょ」
「えっ?!」
「聞いてないの?」
 真尋姉ちゃんは俺の四つ上の姉で、地元で就職しているので今も実家暮らしだ。ゴールデンウィークに帰省したときも何も言ってなかったのにいつの間に。
「お母さんてば相変わらずねぇ」
「俺普通の格好で来ちゃったんだけど…」
「うーん、家で食べるから大丈夫じゃない?」
「それならよかった…。それでお母さん達は?」
「買い物行ってるわ」
 それで千尋姉ちゃんが留守番かと自分の部屋に荷物を置き、清さんに着きましたとメッセージを送ると千尋姉ちゃんがいるリビングに戻った。
「姉ちゃんの旦那さんは?」
「旦那はどうしても仕事休めないってさ」
「そうなんだ」
 スマホを見ると清さんから了解と返信が来ていた。少し離れただけなのに既に会いたくなっている。
「やっくん彼女できたの?」
「うん、まぁ…」
「どんな人?!」
 目をキラキラさせて千尋姉ちゃんが食い付いてきた。姉ちゃんならいいかと俺は職場の上司で男性であることを正直に答えた。
「そう…やっくんが男の人と…。彼女いたからてっきり異性が好きなのかと思ってたわ」
「基本的には女の人が好きだよ。たぶん、その人が特別なんだ」
「そうなの? まぁやっくんには年上の方が合うと思うしいいんじゃない?」
「そうだよね!」
「ただねぇ。お母さん達がなんて言うか…」
「それなんだよねぇ…」
 二人で黙り込んでいると両親が帰ってきた。
「やっくん帰ってるの~?」
 ひょこりと顔を覗かせた母と荷物を大量に持つ父が現れ、少し緊張する。
「二人ともお帰り。すごい荷物だね」
「今日は真尋ちゃんの婚約者が来るって言うから張り切っちゃった」
「いつも通りでいいって言ってただろ」
 にこにこ笑顔の母親と対照的にむすっとした顔の父親が言う。
「お父さんたらこの間からずっとこうなのよ。拗ねちゃって~」
「拗ねてない!」
「お茶出すから待っててね」
 ふふふと台所に引っ込むと買ったものの整理を始めた。父親はリビングのソファに腰を下ろすと千尋姉ちゃんの方を見た。
「千尋はどうなんだ。仲良くやってるのか」
 まぁねと彼女は答えるとそうかと父は頷く。
「八尋は仕事どうなんだ」
「まぁぼちぼち…」
「そうか」
 それならいいとテレビをつけた。確かに機嫌が良くないようだ。普段父親はよく喋る。天然で歳を取れども可愛らしい雰囲気の母にベタ惚れだ。
「俺真尋姉ちゃんのこと全然聞いてないんだけど…」
「あら、そうだったかしら?」
 人数分のお茶を出してくれた母が首を傾げる。
「帰って来いとしか言われてないよ…」
「まぁ家に来るだけだからそんなに気にしなくていいだろ」
「そうよぉ」
 俺がこんな適当なのは間違いなく二人の影響だと思う。
「ねぇ、やっくんはどうなの? いい人見付けたの?」
 母親の質問に真尋姉ちゃんと顔を見合わせた。ここで話すのがいいのか、改めて聞いてもらうのがいいのかわからない。でもきっと反対されるだろうと思うと、真尋姉ちゃんの顔合わせ前に揉めるのはよくない気がして俺は口を噤んだ。
「まぁ母さん、八尋はまだ若いんだしさ」
 父親の言葉に母は口を尖らせた。
「私達が結婚したのはやっくんより若かったじゃない」
「時代は変わってるんだよ」
「そうよ。私だって三十過ぎてからだったんだから焦ることないわよ」
 千尋姉ちゃんの言葉にそれもそうねと母が納得したので俺はほっとした。
「そろそろお昼の準備始めないといけないわね。お父さん手伝って」
「私も手伝うよ」
「千尋ちゃんはお家で家事してるんでしょ。実家に帰ったときくらいゆっくりしてていいわよ」
 そう? と千尋姉ちゃんは上げかけた腰を再度下ろす。彼女はこそっと俺に耳打ちした。
「二人に話すのはもうちょっとタイミング見た方がいいと思うわ」
 俺は頷いてスマホを握り締める。
「ねぇ、ちょっと聞きたいんだけど、運命が変わるときってどんなときだと思う?」
 清さんの誕生日まで約七ヶ月。前回死亡したときより間隔は空いていると言っても油断はできない。俺は参考になればと質問してみた。
「何急に。そうねぇ…色々あると思うけど、私はやっぱり結婚したときかな」
 千尋姉ちゃんがしみじみ言った。
「私すごい激務だったでしょ。まぁ仕事自体は嫌いじゃなかったしそのときはこのまま一生仕事続けていくのかなーって思ってたけど、旦那と出会って結婚して仕事も辞めてフリーになったら時間にも余裕できたし自由があるっていいなって思うわ」
 姉の言葉にはっとした。どうしてそれが思い付かなかったのだろう。結婚とは人生において大きな分岐点になる。同棲するよりも結婚した方が彼の運命を変えてしまえるのではないか。
「なに、さっきの人と結婚考えてるの?」
 両親に聞こえないよう姉ちゃんが小声になった。
「うん、姉ちゃんの言葉で決めた。プロポーズしてみる」
 俺も小声で返すと彼女は笑って頑張れと言ってくれた。


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