加藤くんと佐藤くん

春史

文字の大きさ
上 下
16 / 28

16

しおりを挟む



 あれ以来佐藤はとても過保護になった。朝の通勤だけでなく、加藤が仕事で遅くなる日は必ず待って一緒に帰宅した。引ったくりにあった件は話しても心配を掛けるだけだからと周囲には秘密にすることにした。
「佐藤くんもう本当に大丈夫だよ? 待っててもらうのも悪いし」
「待つのは苦にならないし気にしないで。俺が好きでやってるんだから」
 遅くなった日に言ってみたが、そう返されると断るのも悪い気がしてそのままの日々が続いた。橘先輩とご飯に行く回数はぐっと減ったが、その場合は駅から佐藤と電話で話しながら自宅まで歩いた。そんな日々に慣れる頃には彼との時間を楽しみにしている自分がいた。




「佐藤くんさぁ、最近ずっと加藤くんと一緒じゃない?」
 定時後加藤を待つために一人社内で書類を整理していると、戻ってきた本宮先輩が話し掛けてきた。
「そうですか?」
「朝も一緒に出勤してるし、夜も一緒にいるの見掛けるって噂よ?」
 なんだその噂とは思ったが口には出さずわからない風を装い笑顔を作る。自分は周囲に公言したいが加藤は違う。下世話な視線に煩わされるのは彼にとっては辛いだろう。何か言われて今の関係が終わってしまうのは絶対に阻止しなければならない。
「通勤時間が一緒だから俺が声掛けてるだけですよ」
「ふーん。初恋ちゃんとはあれから何か進展はあったの?」
「いえ、特には」
「佐藤くんに靡かない人なんているのねぇ」
 机に凭れ掛かり華美にならない程度に飾られたネイルを見ながら本宮先輩は言った。
「俺なんか全然大したことないですよ」
「佐藤くんなら選り取り見取りなのに、どうしてその人にご執心なのかしら」
 この前の飲み会と同じ流れだと佐藤は苦笑する。悪い人ではないのはわかっているが、自分の正しさを信じて疑わない善良な彼女は正直苦手だった。
「さぁ…。俺にとっては神様みたいな人ですから」
「神様?」
「えぇ、神様」
 そう言ってにこりと笑うと、彼女は少し引き攣った笑顔になった。
「…まぁ、佐藤くんを合コン呼んでくれってみんなに頼まれてるから、気が変わったらいつでも声掛けて」
「ありがとうございます」
 纏めた髪を解き、じゃあ私は戦場に行ってくるわと彼女は帰って行った。




「加藤くん、あの、お願いがあるんだけど」
 ある日の帰り道、佐藤が言った。
「どうしたの?」
 緊張した様子で彼は手を差し出す。
「手を、繋いでもいい?」
「えっ、で、でも人が…」
 加藤が周りをちらちらと見ると佐藤はそうだよね、としょんぼりした。余りの消沈ぶりに加藤は自分がとても悪いことをしたように思えて狼狽える。
「あ、あのもうちょっと人がいないときだったら…」
 そう言い進み出す。とぼとぼと歩く佐藤はさながら叱られた小さな子供のようだ。可愛いと思い加藤はくすりと笑った。住宅街に入ると人はおらず、加藤は思い切って彼の手を取った。
「今だったら、人もいないから…」
 赤くなった顔を隠すように横を向いて呟く。佐藤は涙目でありがとうと握った手に力を込めた。
「ずっと夢だったんだ。大切な人とこうして歩くの」
 あと数分だけだというのに、佐藤はしみじみ言った。
「すごくどきどきしてる」
 意識するとこちらまでなんだかどきどきしてきた。恥ずかしさと少し嬉しい気持ちで胸がこそばゆい。そこで漸く、佐藤のことが好きなんだと気が付いた。
「じゃあ、またね。おやすみ」
 アパートの前で少し名残惜しそうに佐藤は手を離した。彼の後姿を見送り、加藤は触れていた手をぎゅっと握った。



 佐藤は自宅に戻るとそのままベッドへダイブした。幸せ過ぎて死んでしまうかもしれないと思った。子供の頃から憧れてずっと恋焦がれてきた相手とお試しとはいえ付き合って、少しとはいえ手を繋いで歩いたのだ。
「夢を見ているのかもしれない」
 ベッド横に置いてある最近撮った加藤の写真を眺める。先日の引ったくりのことがあってから随分彼の態度が変わった気がする。
 彼を傷付ける奴は誰であろうと許さない。だがあのことがなければ彼もここまで距離を詰めてくれなかっただろうと思うと少しだけあの男に感謝したのも事実だった。加藤が止めなければ殺してもいいと思った相手なのに我ながら頭がおかしいと自嘲する。
「君のことがそれだけ好きなんだよ」
 写真に話し掛けた。
「加藤くんが俺のことを好きって言ってくれたら、もう死んでもいいかも」
 写真の中の彼にキスをしておやすみ僕の神様と呟くとそのまま眠りについた。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

催眠アプリ(???)

あずき
BL
俺の性癖を詰め込んだバカみたいな小説です() 暖かい目で見てね☆(((殴殴殴

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

聖也と千尋の深い事情

フロイライン
BL
中学二年の奥田聖也と一条千尋はクラス替えで同じ組になる。 取り柄もなく凡庸な聖也と、イケメンで勉強もスポーツも出来て女子にモテモテの千尋という、まさに対照的な二人だったが、何故か気が合い、あっという間に仲良しになるが…

寮生活のイジメ【社会人版】

ポコたん
BL
田舎から出てきた真面目な社会人が先輩社員に性的イジメされそのあと仕返しをする創作BL小説 【この小説は性行為・同性愛・SM・イジメ的要素が含まれます。理解のある方のみこの先にお進みください。】 全四話 毎週日曜日の正午に一話ずつ公開

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

にいにと呼ばないで。

ぽぬん
BL
俺が高校3年の夏、変わり始めた義兄との関係。 義兄弟ラブ。

処理中です...