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しおりを挟む佐藤の初恋の人。
いったい誰なんだろう。きりっとした目にちょっときつそうな子。そんな子はいただろうか。規則にやたら厳しく注意をする学級委員長みたいな子はいた気がするけれど、どんな顔だったか全く思い出せない。
知ってしまえば気になるもんだなと加藤はテレビを観ながら考えていた。
「悠季は今日何時まで?」
金曜日、橘先輩が外回りの準備をしている加藤に声を掛けた。
「今日は夕方には戻ってきますよ」
「俺も早いから、仕事終わったら飯食いに行こーぜ」
「いいですね」
じゃあまた後で、と橘先輩は出掛けていった。スケジュールを再度確認して、ホワイトボードに行先を書く。なんとなく佐藤のところを確認すると本宮先輩と同行となっていた。昨日も一緒だった気がするし、先輩は喜んでるだろうなと彼女のテンションを思い出して苦笑する。ペンを置くと加藤も会社を後にした。
今週もやっと終わったと日報をまとめていると佐藤が本宮先輩と帰ってきた。
「佐藤くん今のうちに休憩行ってきてー!」
「ありがとうございます! 先輩何か買ってきましょうか?」
鞄の中身を詰め替えながら私は大丈夫、と返事を聞くと佐藤はお先ですと休憩室に移動した。
忙しそうだなと見ていると今度は橘先輩が戻ってきた。
「遅くなってごめんね。今から急いで片付けるから」
「全然大丈夫ですよ。俺もまだ途中なんで」
「よかった」
書き上げた日報を課長のデスクに置き、なんとなく休憩室に目をやると佐藤がじっと携帯電話を見つめている。あんなに熱心に何を見ているんだろう。
「悠季お待たせー。行こっか」
「あ、はい」
橘先輩の声でそちらを振り向くと、先輩は佐藤にも声を掛けた。
「佐藤くんお疲れ様。大変そうだけど頑張ってね」
「お疲れ」
加藤も続くとお疲れ様です、と佐藤は手を振った。
「本宮さん達すごく忙しそうでしたね」
居酒屋で注文した揚げ出し豆腐を食べて加藤が言うと、橘先輩が二杯目のビールを飲んで頷いた。
「本宮の取引先を一部佐藤くんに引き継ぐらしいよ」
「えっそうなんですか?」
退社予定の人の取引先を引き継ぐことは加藤もいくつかあったが、本宮先輩は全くそんな気配はなかったのに。
「本宮さん辞めるんですか?」
橘先輩が笑った。
「違う違う。んー言っても大丈夫かな…。まぁ本人が言ってたしいいのかな?」
一応内緒ね、と前置きして話を再開する。
「なんかややこしいところがあるらしくて。あいつ性格はあんなだけど美人でしょ? 前から言ってたんだけど、最近ひどくなってきたから課長に相談してたんだよ。他の女性職員に振るのは意味ないしってとこに佐藤くんが来たから」
「えっ…。そんなとこ、新人の佐藤には無理なんじゃ…」
課長が決めちゃったからね、と橘先輩が溜息を吐いた。
「今日その挨拶に行ってるみたいだよ」
「大丈夫なんですかね…」
「どうだろうね。まぁ佐藤くん、年配の人にも気に入られるタイプだから変なことにはならないとは思うけど…」
本宮先輩が気に入られてて仕事が取れていたのに、担当が変わると取引中止なんてことにはならないのだろうか。新人の佐藤には荷が重すぎるのではないか。
「心配だよね」
「心配っていうか…」
「どうなったか本宮に聞いてみるよ」
そう言って橘先輩は携帯電話を取り出しメッセージを送った。
「悠季、佐藤くんと何かあったの?」
携帯を机に置いて加藤を見る。
「いえ何も…あ、そういえばこの前帰り一緒になって、連絡先交換したんですよ。そしたらすぐ連絡きて、明日この辺案内することになって」
「そうなんだ」
「なんか大変そうなのに明日大丈夫なのかなって、ちょっと思っただけです」
そっかぁと橘先輩はメニューを開いた。
「仲良くなれそうでよかったね」
橘先輩がにこりと笑ったとき、机の携帯が鳴った。本宮だ、と先輩が電話に出る。
「お疲れー。どうだったのかなって思って」
時折相槌を打ちながら先輩が聞いている。箸を止めて加藤はじっと橘先輩を見ていた。
「──色々言われたらしいけど、とりあえず佐藤くんに引き継ぐことは納得してもらえたみたい」
「そうなんですね…」
その場で取引停止にならなかったのはよかったのか。この件で嫌にならなければいいけれど。
「この間のときと全然違うね」
くすりと先輩が笑う。
「そ、それは、先輩がこの間あいつと仲良くできるって言ってくれてましたし…」
今は同じ会社の同僚なのだから、過去のことは忘れて一から関係を築いていけばいいと思ったのだ。
「そっか。佐藤くんと仲良くするのもいいけど、俺とも遊んでね?」
「えっ、当たり前じゃないですか! 俺の方こそこれからも遊んでください!」
思ったより大きくなった声に橘先輩が吹き出した。恥ずかしくなって加藤の顔が真っ赤になる。
「すみません、急に…」
「いや全然、笑ってごめんね。ほんと悠季は可愛いな」
笑いを堪えきれていないまま、橘先輩は言う。先程の真面目な話はどこへいったのか、その後は他愛ない話をして店を出た。
「悠季と一緒だと時間があっという間だね」
「ちょこちょこご飯行きますけど話題尽きないですよね」
「ありがとね。明日楽しんできなよ」
「はい、ありがとうございます」
ごちそうさまでしたーと手を振りながら加藤は自宅へと歩いた。
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