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第7話 夜半
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本を手放した。
その金でいい本が手に入った。
ツネは上機嫌で長屋の木戸を開ける。
「へへ」
とろりとした黄色い月が、見えた。
昼間の熱さを引きずるような熱帯夜でも、日差しがないだけ心持ちは軽い。
夜中までやっている本屋は、ツネのいる長屋からは距離がある。本を運んで売って代金を受け取ったのは宵の口だったが、いつの間にか夜半になっていた。
「あれ」
ぴたりと閉めたはずの長屋の障子戸が、わずかに開いている。
隣の部屋の軒先に下がったままの鳥かごが、生温い夜風で、揺れた。
「……」
ツネはわずかに怯えながらも、「す」、と障子戸を開けた。
「はあ、なあんだ」
上がり框に、ヒコが腰かけていた。
暑さと恐怖によって流れた汗を拭う。
「ヒコさん、いつから待ってたの?」
小さな流しで手を洗い、うがいをして、二人分の水飲みを用意する。暑いので、氷を入れた。
「……」
ヒコは、手渡された水飲みを受け取っても、何も言わないままだ。
「ヒコさん?」
ヒコから、酒の匂いがした。
部屋の電灯をつけると、ヒコの顔は酔っているのかとろりとしている。
「……」
じいっとツネの顔を見ていたヒコが、水飲みをあおって一息に飲み干した。そのまま氷をひとつ、口に含む。
「ヒコさん、だいじょう・・んうむ」
ヒコの顔を覗き込んでいたツネは、いきなり口を塞がれた。
冷たい雫がツネの口の中を流れる。
抵抗しようにもヒコの力は強く、暑い舌と冷たい氷がツネの思考を奪っていった。
「…はぁっ」
ようやく口が離れた。が、そのまま組み敷かれそうになる。
「まって、まって!」
「……」
ツネは必死に押しとどめようとするが、ヒコは、とろりとした顔のままツネを押し倒そうとしてくる。
(だめだ。聞こえてない)
ツネは座ったまま後ろ手に上がり框から這い上がり、なんとか部屋の中まで入った。
ヒコは無言のまま、ツネに追いすがってくる。
「ヒコさんっ!」
夜中に大声を上げることもできず、ツネはヒコが正気に戻るのを願いながら声を抑えて名前を呼んだ。
「ああっ」
だが、ヒコにその声は届いていなかった。ヒコはツネに覆いかぶさると、首筋に顔をうずめてくる。
氷で冷えた舌先が、ツネの首筋をなぞる。
鎖骨を、じゅう、と吸われ、体が跳ねた。
「んぅ」
そろりと開かれた着物が当たり、ふたつの小さな山が隆起していることを自覚させられる。
「ヒコさん……」
そして、ヒコと、己の一物もまた、盛っているのが見えた。
「……」
確かに目が合っているのに、穏やかなヒコの目は、小さく呟いたツネを見ているのではないとわかる。
たとえ気持ちが通わずとも、ヒコのすることに喜んでしまう自分は、薄情なのだろうか。
目の前の男を受け入れたいと思う自分は、軽薄だろうか。
ヒコはツネの腹に口をつけた。
「ん・・・あっ」
腹の上に、氷が乗っている。
腹の上の氷は、熱かった。
その金でいい本が手に入った。
ツネは上機嫌で長屋の木戸を開ける。
「へへ」
とろりとした黄色い月が、見えた。
昼間の熱さを引きずるような熱帯夜でも、日差しがないだけ心持ちは軽い。
夜中までやっている本屋は、ツネのいる長屋からは距離がある。本を運んで売って代金を受け取ったのは宵の口だったが、いつの間にか夜半になっていた。
「あれ」
ぴたりと閉めたはずの長屋の障子戸が、わずかに開いている。
隣の部屋の軒先に下がったままの鳥かごが、生温い夜風で、揺れた。
「……」
ツネはわずかに怯えながらも、「す」、と障子戸を開けた。
「はあ、なあんだ」
上がり框に、ヒコが腰かけていた。
暑さと恐怖によって流れた汗を拭う。
「ヒコさん、いつから待ってたの?」
小さな流しで手を洗い、うがいをして、二人分の水飲みを用意する。暑いので、氷を入れた。
「……」
ヒコは、手渡された水飲みを受け取っても、何も言わないままだ。
「ヒコさん?」
ヒコから、酒の匂いがした。
部屋の電灯をつけると、ヒコの顔は酔っているのかとろりとしている。
「……」
じいっとツネの顔を見ていたヒコが、水飲みをあおって一息に飲み干した。そのまま氷をひとつ、口に含む。
「ヒコさん、だいじょう・・んうむ」
ヒコの顔を覗き込んでいたツネは、いきなり口を塞がれた。
冷たい雫がツネの口の中を流れる。
抵抗しようにもヒコの力は強く、暑い舌と冷たい氷がツネの思考を奪っていった。
「…はぁっ」
ようやく口が離れた。が、そのまま組み敷かれそうになる。
「まって、まって!」
「……」
ツネは必死に押しとどめようとするが、ヒコは、とろりとした顔のままツネを押し倒そうとしてくる。
(だめだ。聞こえてない)
ツネは座ったまま後ろ手に上がり框から這い上がり、なんとか部屋の中まで入った。
ヒコは無言のまま、ツネに追いすがってくる。
「ヒコさんっ!」
夜中に大声を上げることもできず、ツネはヒコが正気に戻るのを願いながら声を抑えて名前を呼んだ。
「ああっ」
だが、ヒコにその声は届いていなかった。ヒコはツネに覆いかぶさると、首筋に顔をうずめてくる。
氷で冷えた舌先が、ツネの首筋をなぞる。
鎖骨を、じゅう、と吸われ、体が跳ねた。
「んぅ」
そろりと開かれた着物が当たり、ふたつの小さな山が隆起していることを自覚させられる。
「ヒコさん……」
そして、ヒコと、己の一物もまた、盛っているのが見えた。
「……」
確かに目が合っているのに、穏やかなヒコの目は、小さく呟いたツネを見ているのではないとわかる。
たとえ気持ちが通わずとも、ヒコのすることに喜んでしまう自分は、薄情なのだろうか。
目の前の男を受け入れたいと思う自分は、軽薄だろうか。
ヒコはツネの腹に口をつけた。
「ん・・・あっ」
腹の上に、氷が乗っている。
腹の上の氷は、熱かった。
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