22 / 41
21 ユリアンの過去⑧
しおりを挟む一体誰が予想しただろう。騎士の訓練など一度も受けたことのない少年が、剣聖とも称される無敵の騎士団長に師事することになるなんて。
入団初日。首根っこ掴まれて無理矢理訓練場へと連れて行かれたあの日から、クレーマンは容赦なかった。そして最初に浴びせられた言葉がこれだ。
“ったく、情けねえな。よくそれで大切なものを守るだのなんだのとほざけたもんだ”
クレーマンの言うことも最もだ。なにせユリアンは公爵家の大切なお坊ちゃま。必要なことはすべて使用人がやってくれたし、移動だって馬車がある。だから剣の才能云々以前の問題で、とにかく体力のなさをなんとかする必要があったのだ。それからはひたすらに基礎体力向上のためのトレーニングに明け暮れる日々。
朝は日の出とともに起床。そして朝の支度もそこそこに、騎士団詰所の広い敷地内を何周も走らされ、もう限界だと吐き気を催した頃、尋常じゃない量の朝食を食べさせられる(ちなみに完食しなければ食堂のおばちゃんからの鉄拳制裁が待ち受けている)。
昼はとにかく鍛錬鍛錬ひたすら鍛錬。そして再び食堂にて尋常ではない量の昼食。それを完食しなければ……以下略。午後もひたすら筋肉に鞭を打ち、ボロボロになったところでまた食堂。凶悪な量の夕食に……やはり以下略。
これまで汚さ臭さとは無縁の生活を送って来たユリアンには、詰所での日々は耐えがたいものだろうと誰もが思った。しかし厳しい訓練とおかしな量の食事は別として、ユリアンにはここでの暮らしが存外性に合っていた。
ここには回りくどい貴族特有の言い回しは存在しない。気に入らなければ戦って決着をつけるだけ。実に単純、そして清々しい日々だった。
たまに貰える休みの日には必ず街へ出た。ツェツィーリエに会えることは滅多になかったが、それでも彼女に新たな危険が迫ってはいないかと、足が棒になるまで情報を集めて回った。
公爵家からユリアン宛に連絡が来ることはなかったが、王宮に来たついでなのか時折父が詰所に顔を見せることがあった。もっとも顔を見せるといっても別にユリアンに話しかけてくるわけではなく、意外にも同期で旧知の仲だというクレーマンに絡まれるだけ絡まれたあと、げんなりした顔で帰っていくだけだったが。
そうして一年が過ぎ二年が過ぎた。ツェツィーリエは二十歳をとうに過ぎていたが、ヴァルターと結婚する気配はなかった。
ギードの死後、クレーマンが言った通り組織は鳴りを潜め、手がかりだった手下の二人の顔もあの日以降見かけなくなった。
今のところ二人が結婚するにあたり、障害となるようなものは思い浮かばない。それなのにツェツィーリエが未だ独身でいるのは、もしかしたらヴァルターとの結婚を考え直しているのではないだろうか。そもそもが不誠実な男だ。そうであってくれればいいと心の底から願い続けた。
正式な騎士として認められてから、ユリアンはあらゆる戦地に志願した。早く揺るぎない地位を手に入れて、ツェツィーリエの無実を周りに認めさせられるくらいの発言権を手にするために。
そして再び数年の時が経ち、ユリアンの悲願が叶う日がやってくる。
大きな戦争だった。大勢の仲間が次々と命を散らしていく中、隊長を任されるまでに成長したユリアンは、これまでの日々をともに過ごした信頼できる仲間たちを連れ前線に立った。
後年、あのクレーマンですら敗戦の文字が脳裏に浮かんだと話すほどの戦況を、ユリアンが率いた隊が見事勝利に導いたのだ。ちなみに当時無謀ともいえるユリアンの作戦に、誰もが参加を躊躇う中、我先にと手を上げたのが現在彼の補佐を務めるクラウスだ。
ユリアンは、半年に及んだこの戦争での功績を認められ、副団長位に就任することが決まった。
ようやく、ようやくここまできた。
団長であるクレーマンは騎士団の象徴で、もはや団長とかそういうくくりの中に入れる感じではないし、もういい年だというのに相変わらずうるさいからしばらく死ななそうだ。この際彼のことは全力で出し抜く所存だ。そしてもう一人の副団長は拳で黙らせられる自信がある。
これでやっとツェツィーリエの無実を周囲に認めさせることができるのだ。
馬を駆り、帰路につくユリアンの胸は喜びと期待で膨らんでいた。しかし戦地から帰還した彼を待っていたのは残酷な事実だった。
ユリアンが戦争を勝利に導いたその日、ツェツィーリエ・コール伯爵令嬢は、ツェツィーリエ・アレンス伯爵夫人へと名前を変えていたのだ。
29
お気に入りに追加
2,521
あなたにおすすめの小説
妻の私は旦那様の愛人の一人だった
アズやっこ
恋愛
政略結婚は家と家との繋がり、そこに愛は必要ない。
そんな事、分かっているわ。私も貴族、恋愛結婚ばかりじゃない事くらい分かってる…。
貴方は酷い人よ。
羊の皮を被った狼。優しい人だと、誠実な人だと、婚約中の貴方は例え政略でも私と向き合ってくれた。
私は生きる屍。
貴方は悪魔よ!
一人の女性を護る為だけに私と結婚したなんて…。
❈ 作者独自の世界観です。
❈ 設定ゆるいです。
セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
拝啓 お顔もお名前も存じ上げない婚約者様
オケラ
恋愛
15歳のユアは上流貴族のお嬢様。自然とたわむれるのが大好きな女の子で、毎日山で植物を愛でている。しかし、こうして自由に過ごせるのもあと半年だけ。16歳になると正式に結婚することが決まっている。彼女には生まれた時から婚約者がいるが、まだ一度も会ったことがない。名前も知らないのは幼き日の彼女のわがままが原因で……。半年後に結婚を控える中、彼女は山の中でとある殿方と出会い……。
さよなら私の愛しい人
ペン子
恋愛
由緒正しき大店の一人娘ミラは、結婚して3年となる夫エドモンに毛嫌いされている。二人は親によって決められた政略結婚だったが、ミラは彼を愛してしまったのだ。邪険に扱われる事に慣れてしまったある日、エドモンの口にした一言によって、崩壊寸前の心はいとも簡単に砕け散った。「お前のような役立たずは、死んでしまえ」そしてミラは、自らの最期に向けて動き出していく。
※5月30日無事完結しました。応援ありがとうございます!
※小説家になろう様にも別名義で掲載してます。
王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る
家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。
しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。
仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。
そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。
あの子を好きな旦那様
はるきりょう
恋愛
「クレアが好きなんだ」
目の前の男がそう言うのをただ、黙って聞いていた。目の奥に、熱い何かがあるようで、真剣な想いであることはすぐにわかった。きっと、嬉しかったはずだ。その名前が、自分の名前だったら。そう思いながらローラ・グレイは小さく頷く。
※小説家になろうサイト様に掲載してあります。
貴妃エレーナ
無味無臭(不定期更新)
恋愛
「君は、私のことを恨んでいるか?」
後宮で暮らして数十年の月日が流れたある日のこと。国王ローレンスから突然そう聞かれた貴妃エレーナは戸惑ったように答えた。
「急に、どうされたのですか?」
「…分かるだろう、はぐらかさないでくれ。」
「恨んでなどいませんよ。あれは遠い昔のことですから。」
そう言われて、私は今まで蓋をしていた記憶を辿った。
どうやら彼は、若かりし頃に私とあの人の仲を引き裂いてしまったことを今も悔やんでいるらしい。
けれど、もう安心してほしい。
私は既に、今世ではあの人と縁がなかったんだと諦めている。
だから…
「陛下…!大変です、内乱が…」
え…?
ーーーーーーーーーーーーー
ここは、どこ?
さっきまで内乱が…
「エレーナ?」
陛下…?
でも若いわ。
バッと自分の顔を触る。
するとそこにはハリもあってモチモチとした、まるで若い頃の私の肌があった。
懐かしい空間と若い肌…まさか私、昔の時代に戻ったの?!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる