上 下
6 / 56

しおりを挟む






 信じられない思いでシルヴィオの瞳を見つめると、いつもの慈しむような視線がルクレツィアに向けられている。
 けれど違う。冷静になった今ならわかる。これは慈しみなんかじゃない。だってルクレツィアの父母や自邸で働いてくれているみんなが自分に向ける瞳とまるで違う。どうして今まで気づかなかったのだろう。シルヴィオの、慈しみと見せかけた瞳の奥には、騙されているルクレツィアに対する憐れみと蔑みが隠されていた。
 シルヴィオは、世間知らずのルクレツィアならすぐに騙されてくれるだろうと、心の奥で馬鹿にしているのだ。

 ──許せない……!!

 ふとその時、ルクレツィアの頭の中に一つの疑問が浮かんだ。
 さっきからシルヴィオの言葉を聞いているはずのビビアナの顔から、動揺の色がまったくといっていいほど見受けられないのだ。
 これだけ自身のことを侮辱されているにも関わらずだ。その様子から察するに、おそらくこのことについては、既にシルヴィオからなにがあっても黙っているようにと言い聞かされているのだろう。おそらく彼女はそれに納得していないはず。ただシルヴィオに捨てられたくない一心から、聞き分けのいいふりをしているだけなのかもしれない。
 ルクレツィアは自身に絡みつくシルヴィオの腕をやんわりと外し、その顔を真っ直ぐに見た。

 「……ビビアナとはいつからそういう仲だったのですか?その……どちらから?」

 ちゃんとした恋心が双方にあったのだろうか。知ったところでどうなるものではないが、きちんと聞いておきたかった。しかしシルヴィオはやはり困った顔をするだけでなにも言わない。こうやってのらりくらりとかわして逃げ切るつもりだろうか。
 ルクレツィアが苛立ちを感じ始めた時だった。それまで黙っていたビビアナが、唐突に喋り出したのだ。

 「シルヴィオ様からですわ。シルヴィオ様が私を望まれたのです」

 給仕を終えたビビアナは、部屋の隅にいた。さっきまでなんの感情も読み取れなかった表情はそのままだが、どこか様子がおかしい。

 「ビビアナ、お前はもう下がりなさい」

 シルヴィオの口調は穏やかだったが、その目は笑っていない。しかし、どうしても本当のことを知りたかったルクレツィアは、シルヴィオを無視してビビアナに話しかけた。

 「シルヴィオ様からあなたを誘ったのね?」

 ルクレツィアの問いに“そうだ”というようにビビアナは頷いた。

 「いつからなのビビアナ。あなたもシルヴィオ様のことをずっと想っていたの?」

 「ルクレツィア、それは今から私が君に説明するから……」

 すると今度はビビアナがシルヴィオの言葉を遮った。

 「シルヴィオ様に初めて可愛がっていただいたのは、もう随分前のことですわ。ガルヴァーニ侯爵の手前、ルクレツィア様にそうそう手が出せないと嘆いておられたシルヴィオ様を、私がお慰めしたのです。ああそうですわ、ルクレツィア様が今身につけていらっしゃるネックレスやイヤリング、それにその髪飾りだって私が選んだんですよ?一緒に選んだご褒美に、私もシルヴィオ様からネックレスをいただきましたわ」

 「ビビアナ!!」

 シルヴィオが止めるのも聞かず、最後まで言い切ったビビアナの表情からは、ルクレツィアに対する優越感と嘲りがはっきりと見て取れる。

 「そう……これはあなたが選んでくれたものだったの」

 ルクレツィアは、自身の胸元で輝く宝石にそっと触れた。
 これを二人で寄り添いながら楽しく選んだのだろうか。なにも知らない馬鹿なルクレツィアを笑いながら。
 理解が追い付かないだけなのかもしれないが、ルクレツィアは事実を聞いた今、悲しいとも悔しいとも思わなかった。ただ、今は早くこの場から立ち去りたかった。

 「シルヴィオ様、申し訳ありませんが本日はこれで下がらせていただきます」

 「ルクレツィア!まだ話はおわっていないよ。どうしたの?いつもの君らしくない。そんなにショックだったのかい?可哀想に。けれど今のビビアナの発言は全部嘘だから、私に説明させてくれ。ビビアナ、お前は早くここから出ていけ!」

 怒鳴られたビビアナは悔しそうに唇を噛み、エプロンをぎゅっと握り締めて下を向いている。ルクレツィアには彼女が必死で涙を堪えているように見えた。

 「ビビアナはなにも悪くありません。シルヴィオ様、今後のことはまた後日連絡させていただきます。リエト、帰りますから扉を開けて」

 「待ってルクレツィア!!」

 ルクレツィアは扉の前にいたリエトに叫ぶと、自分に向かって手を伸ばすシルヴィオの横をすり抜けるようにして走った。
 なにも言わずリエトがすぐにルクレツィアを外に出してくれたことは、この日唯一の幸運だった。





しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

王太子の子を孕まされてました

杏仁豆腐
恋愛
遊び人の王太子に無理やり犯され『私の子を孕んでくれ』と言われ……。しかし王太子には既に婚約者が……侍女だった私がその後執拗な虐めを受けるので、仕返しをしたいと思っています。 ※不定期更新予定です。一話完結型です。苛め、暴力表現、性描写の表現がありますのでR指定しました。宜しくお願い致します。ノリノリの場合は大量更新したいなと思っております。

初めての相手が陛下で良かった

ウサギテイマーTK
恋愛
第二王子から婚約破棄された侯爵令嬢アリミアは、王子の新しい婚約者付の女官として出仕することを命令される。新しい婚約者はアリミアの義妹。それどころか、第二王子と義妹の初夜を見届けるお役をも仰せつかる。それはアリミアをはめる罠でもあった。媚薬を盛られたアリミアは、熱くなった体を持て余す。そんなアリミアを助けたのは、彼女の初恋の相手、現国王であった。アリミアは陛下に懇願する。自分を抱いて欲しいと。 ※ダラダラエッチシーンが続きます。苦手な方は無理なさらずに。

【R18】「媚薬漬け」をお題にしたクズな第三王子のえっちなお話

井笠令子
恋愛
第三王子の婚約者の妹が婚約破棄を狙って、姉に媚薬を飲ませて適当な男に強姦させようとする話 ゆるゆるファンタジー世界の10分で読めるサクえろです。 前半は姉視点。後半は王子視点。 診断メーカーの「えっちなお話書くったー」で出たお題で書いたお話。 ※このお話は、ムーンライトノベルズにも掲載しております※

白い結婚は無理でした(涙)

詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。 明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。 白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。 小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。 現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。 どうぞよろしくお願いいたします。

(完結)私の夫は死にました(全3話)

青空一夏
恋愛
夫が新しく始める事業の資金を借りに出かけた直後に行方不明となり、市井の治安が悪い裏通りで夫が乗っていた馬車が発見される。おびただしい血痕があり、盗賊に襲われたのだろうと判断された。1年後に失踪宣告がなされ死んだものと見なされたが、多数の債権者が押し寄せる。 私は莫大な借金を背負い、給料が高いガラス工房の仕事についた。それでも返し切れず夜中は定食屋で調理補助の仕事まで始める。半年後過労で倒れた私に従兄弟が手を差し伸べてくれた。 ところがある日、夫とそっくりな男を見かけてしまい・・・・・・ R15ざまぁ。因果応報。ゆるふわ設定ご都合主義です。全3話。お話しの長さに偏りがあるかもしれません。

処理中です...