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しおりを挟むルクレツィアが登城する時は、いつも王家から迎えの馬車が来ることになっている。
王家の紋章が刻まれた、黒塗りの豪奢な車体のそばには、今ではすっかり顔馴染みとなった御者の顔が見えた。
「おはようチロ。いつもお迎えありがとう。あなたの顔を見ると、今日も安全な道のりになるって思えて安心するわ」
「ルクレツィア様……!!」
栗色のくせ毛にそばかすが可愛い御者のチロは、なぜかルクレツィアを見るなり顔を真っ赤にして口ごもってしまった。
「どうしたのチロ?私、どこか変かしら?」
「いっ、いえっ!きょ、今日もとてもお綺麗ですっっ!」
「まあ!褒めてくれてありがとう、チロ。じゃあ今日もよろしくね」
「はい!」
ルクレツィアの生家であるガルヴァーニ侯爵家は、大貴族の邸宅が建ち並ぶ王都の一等地にあり、王城までの距離は時間にして三十分ほどの場所だ。長い歴史と莫大な資産を有する彼女の家を知らぬものなどこの国にはいない。そしてガルヴァーニ侯爵が蝶よ花よと大切に育てたルクレツィアのことも。
ガルヴァーニ侯爵は一人娘のルクレツィアを溺愛し、彼女が生まれてからというもの、決して人目に触れさせることがなかった。どこへ行くにも大きなつば広の帽子を被せ、周囲を護衛で囲ませた。
そして十四歳で社交界デビューを果たしたルクレツィアの姿を見た人々は、なぜガルヴァーニ侯爵が彼女を人目に触れさせなかったのか納得した。
白磁のような美しい肌に、すらりと伸びた手足。檸檬色の髪は神々しくその肢体を照らし、人々はまるで地上に女神が舞い降りたようだと囃し立てた。
これほど美しい娘ならば、隠しておきたくなるのも頷けると。
そんなルクレツィアを見初めたのがシルヴィオだ。その日シルヴィオは、元々エスコートを頼まれていたランベルディ公爵家のご令嬢を近習に押し付け、早足でルクレツィアの元へやってくると、最上の笑みを浮かべその手を差し出した。
シャンデリアの光を受けてキラキラと光る金色の髪に青い瞳。外の世界を知らなかったルクレツィアには、シルヴィオは絵本で見た王子様そのものだった。その瞬間、ルクレツィアは恋に落ちた。
後日社交界はこのことで大騒ぎとなり、ガルヴァーニ侯爵もルクレツィアも、しばらくの間ランベルディ公爵家から随分と恨まれ気まずい思いをした。それに加えルクレツィアの父は娘を取られたと大泣きしたが、それも今ではいい思い出だ。
「ルクレツィア様、もうすぐお城に到着します」
チロの元気な声が外から聞こえてきた。
久しぶりにシルヴィオの笑顔に会える。そう思うとルクレツィアの胸はじんわりと温かくなった。
なだらかな坂を上って正門をくぐり、馬車止めに停車すると、外側からノックする音がして扉が開いた。
「ようこそいらっしゃいました、ルクレツィア様」
出迎えてくれたのはシルヴィオの近習リエト。シルヴィオと同い年の彼は、眼鏡をかけているのと、むやみやたらに笑顔を振り撒かないので神経質そうに見えるが、とても親切で話のわかる青年だ。
「お久しぶりですね、リエト卿。いつもお出迎えありがとうございます」
「いえ……では参りましょうか」
リエトはルクレツィアを促し、先を歩き始めた。
(……様子が変ね……)
リエトの顔色がよくない。それに加え口数も少なかった。いつもなら世間話の一つもするのに今日は黙ったまま。けれどあれこれと詮索するのも憚られた。だがしかし、王族の側仕えともなれば悩みの一つや二つくらいあるだろう。
後でなにか元気になれるような差し入れでもしておこう。ルクレツィアは頭の中で差し入れの品について考えながら、リエトのあとをついて行った。
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