婚約者の恋人

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48 ルシール視点

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 ほんの悪戯心のつもりだった。
 “浮かれていた”
 そう言われればそうなのだろう。ずっと欲しかったものがやっと手に入る。しかもその美しい羽をズタズタに傷付けられて帰ってくるのだ。
 僕の腕の中でドロドロに甘やかしてあげようと思っていた。そうすればいかにこれまでの人生が恵まれたものであったのかシルフィも身に染みるだろう。
 その美しい顔を涙で濡らし僕の腕の中で後悔を口にするシルフィ。考えるだけで身震いするほど気分が高揚した。
 叔父上が僕とシルフィの結婚を許さないと言うのなら、社交界に出入りするありとあらゆる貴族に働きかけ、彼女をとことん追い詰める。そしてシルフィーラが自分から僕の元へ飛び込んでくるように仕向ければいい。
 どう転んでも僕の勝ちは決定している。
 そして、フェリクスの苦渋に満ちた顔も見なければ気が済まない。だからわざわざ辺境まで出向くことにしたのだ。
 (もっと苦しめばいい。もっと、もっと)
 あの日、シルフィを奪われる事で身を焼かれるようだった僕と同じ目に遭わせてやる。
 (この手で必ず……!!)

 そうやって己の勝利を確信していたのが仇となるなんて。確かにこれは自分にあるまじき大失態だ。

 
 「ルシール、説明してくれ!」

 ああ、君も僕を疑うのかカイン。

 「ルシール!黙ってないで何とか言え!」

 僕の方が身分は上なんだけど、相変わらずだねアベル。
 
 「ルシール……!」
 
 シルフィーラ、僕のために泣く君はやっぱり美しい。
 僕のすべて。僕だけのもの。
 
 これまで煩わしいすべての事柄を君の側にいるために黙って我慢してきたけれど……それももう終わりだ。
 
 全員、気付くのが僅かに遅れた。
 ルシールは誰もが予想もしなかった速さでシルフィーラの後ろに回り込む。
 そしてフェリクスたちが抜刀するよりも早く懐から短剣を取り出し、刃をシルフィーラの首にあてた。

 「ルシール!!」

 カインとアベルは同時に声を上げた。
 しかしルシールは二人には目もくれず、剣を構えるフェリクス達を視界に捉えていた。

 「剣をしまえ。シルフィの命が惜しければね」

 フェリクスは一瞬躊躇した。
 これほどまでにシルフィーラに執着するルシールが、彼女の命を奪うなんて考えられなかったからだ。
 しかし予想に反し、ルシールがシルフィーラの首にあてた短剣の刃は、彼女の皮膚を薄く裂いた。
 そこから血が伝い落ちるのを目の当たりにし、ルシールが本気だと感じたフェリクスは、構えていた剣をゆっくりと鞘に収めた。アシルとロイも、悔しそうに唇を噛みながら主に倣う。
 ルシールは愉快でたまらなかった。目の前にいる人間は、さぞかし自分を軟弱で何もできない王子様だと思っていたのだろう。
 愚かだとしか言いようがない。状況なんて、ルシールにはいくらでもひっくり返すことができるのだ。
  
 「みんな、手を上げて部屋の隅へ。少しでも妙な動きをすれば、シルフィの首からもっと血が流れることになるよ」

 「……ル、ルシール……!!」

 「ふふ、ごめんねシルフィ。でもすぐ終わるから我慢して?」

 「ひっ……!!」

 ルシールはフェリクスに見せつけるようにして、シルフィーラの首から伝い落ちた血の跡に、恍惚の表情でゆっくりと舌を這わせた。
 シルフィーラの白く滑らかな肌がぞわりと怖気立つ。
 きっと初めて見せる僕の本当の姿が怖いのだろう。怯える姿すら愛おしい。大丈夫だよ。すべてが終われば君の望むルシールでいてあげるから。
 それにしてもなんて甘美な味なんだろう。
 口内に広がるシルフィーラの血。それはこれまで口にしたどんな上等なワインよりも濃く、甘い。
 誰にも渡さない。君はその血の一滴すら僕のもの。

 ルシールは、部屋の外に控えさせていた護衛と言う名の自身に忠実な下僕に、フェリクスたちを縛らせた。
 そして怯えるシルフィーラを連れ、勝ち誇ったような笑みを残し部屋を出て行ったのだった。

 
 
 

 
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