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しおりを挟む「それは……アルヴィア公爵家当主の印だわ!」
アルヴィア公爵家からの手紙に使われる家紋の印とはまた少し細工の違う、テオドール個人の印だ。
カインとアベル、そしてシルフィーラも、信じられない物を見るような目をアルマに向ける。
エリオによって届かなかったシルフィーラの手紙。
だからあの日、笑顔でシルフィーラを送り出したアルヴィア公爵は、今のこの状況など何も知らないはずなのに。
しかも持っているのは王家の草であるアルマだ。
言葉を失うシルフィーラ達の横で封筒を持つアルマの手は小刻みに震えている。命を奪われかけたのだ。無理もない。
だがそれはあくまで“普通の女性”ならの話。
アルマは草だ。草は長きに渡る洗脳で、死すら恐れる事はない。しかしこの様子を見る限り、もしかしたらアルマは洗脳に屈しない強靭な精神の持ち主で、草に向いていない人間だったのかもしれない。
フェリクスは思いもかけない幸運に、神に感謝した。
「アルマ、その手紙は何なのか説明してくれ。」
フェリクスの言葉に、アルマは既に一度開封された跡のある封筒の中から、白く上質な便箋を取り出した。
「これは、現アルヴィア公爵であらせられますテオドール・アルヴィア閣下から、私に届いたお手紙です。」
「お父様から!?」
真っ先に声を上げたのはシルフィーラだった。しかしフェリクスも、カインもアベルも声こそ出さなかったが、動揺しているのは顔を見れば明らかだ。
「君はアルヴィア閣下とは……」
「いいえフェリクス様。私はアルヴィア閣下からの命を受けた事はございません。もちろん面識も。」
草とのやり取りは慎重に行われる。
直接会う事はもちろん有り得ないし、その伝達方法も特殊だ。
それに何より今のアルヴィア閣下は王族の籍から離れて随分と経つ。王族の草が誰なのか、などと知る術はないはず。
「どうやってお調べになったのかはわかりませんが、閣下は確かに、私に宛ててこの手紙を書かれています。」
震える手は、端をぴったりと合わせて丁寧に折られた便箋をゆっくりと開いて行く。
すると現れる流麗な文字は、見るだけで書き手の高貴さを伺わせた。アルマはまるで腹をくくるかのように深く息を吸い込み、手紙を読み上げた。
『ジーナへ
もしも表の主が君を見つける事が出来たなら、すぐさま証拠を持って彼の保護下に入りなさい。
そして裏の主から命じられた事を包み隠さず話してあげて欲しい。証拠はこちらが用意する。
大丈夫だ。孫の顔も必ず見せてあげよう。』
「……フェリクス様。私は第二王子ルシール殿下より、フェリクス様とアルヴィア公爵令嬢シルフィーラ様を見張るよう命じられました。それと同時に、万が一フェリクス様がシルフィーラ嬢とルシール殿下の望まぬ接触をするような事が起きた場合……」
そこまで言うとアルマは胸の奥から小さな小瓶を取り出した。
「この毒でフェリクス様を殺せと命じられました。」
「噓、嘘でしょう!?」
なぜ従兄弟がそんな事をしなければならないのか。シルフィーラはアルマの言葉が何一つ理解出来ない、という風に声を上げた。
「ルシールがそんな事する訳ないじゃない!」
フェリクスは、シルフィーラのルシールへの信頼に、胸がチリッと痛んだ。
二人の歴史は知らない。けれどシルフィーラの言葉の中に込められた、おそらくは親愛なのだろう想いの欠片すら、自分には抱いてもらっていないのが良くわかっているから。
「ルシール殿下はシルフィーラ嬢、あなたを愛しているんだ。」
「え……?」
「……さっき、殿下は私と面識があると仰った。確かにその通りですが、話の内容はまるで違う。」
「どういう事だベルクール卿。」
カインの顔は青褪めている。
今の会話の内容と、父の封筒が決めてとなり、彼の中に変化を起こしているのは明らかだ。
「殿下は私にシルフィーラ嬢を傷付けるよう命じました。従妹であるローゼリアを使って恋仲に見せるようにと。」
今更ながらにその時の事が思い返されて胸が痛む。
たかだか目の前で従兄弟を庇われただけでこんなにも胸がジリジリと焼けるようなのに、それ以上の様を見せられた彼女はどんな気持ちでいただろう。
「……指一本触れるなとも。そして傷付けた後は彼女を返して貰うと。ローゼリアとその父が犯した罪でベルクールの民を人質に取られた私は、殿下の言う事に従うしかありませんでした。」
フェリクスは、ルシールとの面会の日に交わした話の内容をすべて説明した。
執務机に乗せられていた青い封蝋の脅迫文の事も。
「筆跡を見て頂けばわかるのではないでしょうか」
ポールに持ってこさせた手紙をテーブルに広げると、シルフィーラはそれを見た瞬間両手で口元を覆った。
「お願い、嘘だって言ってルシール……」
カインもアベルも、手紙の文字を凝視したまま動かない。
幼い頃から何度も目にしてきた従兄弟の文字は、繊細で美しい。
フェリクスの負けを確信していたからこそ、こんな足のつくような真似をしたのだろう。
これが誰かの目に触れる機会など訪れる訳がないと。
「随分と浮かれていらしたのですね。さぞかし気分が良かった事でしょう。苦しみもがく私の様が思い浮かんで。」
ルシールはその言葉に眉一つ動かさなかった。
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