婚約者の恋人

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 「……そうルシールに噛み付くなアベル。」

 ずっと黙って事態を静観していたカインが口を開く。

 「噛み付くって……カインは今の話を聞いて何とも思わないの!?」

 「政をする上で個人の感情は関係ない。ルシールだってすべてを好んでやってる訳じゃないだろう。」

 カインが暗に“目を瞑れ”と言っているのがわかる。それは政に綺麗も汚いもないと言う事だ。結果しか求めないやり方も存在すると。
 しかしそれでもアベルは納得の行かない様子だ。それはシルフィーラもだった。

 「政治という大きな括りの中では俺達だって時に利用される事もある。それなのにルシールはシルフィーラを陰ながら守ろうとしてくれてたんだ。それは感謝すべきところじゃないのか。」

 確かにカインの言う事も一理ある。
 けれど気持ちがついて行かない。

 「……ありがとうカイン。カインがわかってくれてるならそれで充分だよ。さすが僕の兄さんだね。」

 “僕の兄さん”
 ルシールの言葉にカインの頬が僅かに緩む。
 カインは年の近い弟のアベルと張り合いながら大人になった。本当の弟はとんでもなく生意気な時もあるし、喧嘩だって人並み以上にしていた。
 だからそんなカインからすると、ルシールのような弟に近い存在に素直に甘えて来られると、何とも言えず嬉しい気持ちになるのだ。
 そしてカインは、ルシールが実の兄弟とあまり折り合いが良くない事をよく知っていた。
 政争の種になるほどの事ではない。だが王族の中では異端児とも呼べるルシールを兄弟はどこか煙たがっている節がある。
 だからこそ余計自分が味方になってやらなければ。カインはずっとそう思って来たのだ。
 
 「……とにかくこの話は破談だ。後のことは王都に戻ってから考えよう。」

 しばらく沈黙が落ちる。
 それはカインの決定とも取れる言葉に納得しているのがルシールしかいないからだ。
 あんなに帰りたいと思っていたシルフィーラでさえ、真実を知るうちに“本当にこのまま帰ってもいいのだろうか”と言う思いが頭の中を何度も行き来する。
 しかし沈黙は意外な形で破られる事になる。


 コンコンッとやけに速いノックの音がして外に出たポール。
 
 「フェリクス様……!」

 そして戻って来た彼の目は驚きに見開かれている。

 「間に合ったのか……」

 フェリクスは安堵のような溜め息をつくと立ち上がり、扉の方へ向かった。
 そして扉を開くなり見えた顔に破顔し、“よくやった”と言葉を発したのだ。

 訳がわからない他の者はただその様子を眺める事しか出来ずにいた。
 しかし、明らかにフェリクスの様子は先程までとまるで違う。何かから解き放たれたような、そんな感じだ。

 「中へ。」

 フェリクスに促され入って来たのは、ベルクールの紋章を付けた兵士二人と、ベルクール邸の侍女の制服を来た年嵩の女性だった。
 
 「ベルクール卿、今は部外者は立入禁止だよ。」

 「いえ殿下、この者は関係者です。」

 「関係者?」

 ルシールは訝しげな顔をしてフェリクスと、入室して来た三人を交互に見た。
 シルフィーラ達も訳がわからず困惑する。

 「何?バジューの手の者か何か?小物ならいちいち紹介してくれなくていいよ。まとめて連れて行って、後で取り調べるから。」

 しかしフェリクスは先程までとは打って変わって鋭い視線をルシールに向けている。

 「この者は殿下の関係者です。」

 「……は?」

 「その様子だと素性も……性別すらもご存知ないようですね。」

 「何?何が言いたいの?」

 さっきまで余裕たっぷりだったルシールは苛ついているようだ。
 そして逆に余裕があるのはフェリクスの方。

 「ベルクール卿、この者たちは一体誰なんだい?」

 そしてアベルの言葉にフェリクスは答える。

 「この者は王家の草。そしてルシール殿下の命で私の行動を逐一監視していた者です。」

 



 
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