45 / 49
45
しおりを挟む「……そうルシールに噛み付くなアベル。」
ずっと黙って事態を静観していたカインが口を開く。
「噛み付くって……カインは今の話を聞いて何とも思わないの!?」
「政をする上で個人の感情は関係ない。ルシールだってすべてを好んでやってる訳じゃないだろう。」
カインが暗に“目を瞑れ”と言っているのがわかる。それは政に綺麗も汚いもないと言う事だ。結果しか求めないやり方も存在すると。
しかしそれでもアベルは納得の行かない様子だ。それはシルフィーラもだった。
「政治という大きな括りの中では俺達だって時に利用される事もある。それなのにルシールはシルフィーラを陰ながら守ろうとしてくれてたんだ。それは感謝すべきところじゃないのか。」
確かにカインの言う事も一理ある。
けれど気持ちがついて行かない。
「……ありがとうカイン。カインがわかってくれてるならそれで充分だよ。さすが僕の兄さんだね。」
“僕の兄さん”
ルシールの言葉にカインの頬が僅かに緩む。
カインは年の近い弟のアベルと張り合いながら大人になった。本当の弟はとんでもなく生意気な時もあるし、喧嘩だって人並み以上にしていた。
だからそんなカインからすると、ルシールのような弟に近い存在に素直に甘えて来られると、何とも言えず嬉しい気持ちになるのだ。
そしてカインは、ルシールが実の兄弟とあまり折り合いが良くない事をよく知っていた。
政争の種になるほどの事ではない。だが王族の中では異端児とも呼べるルシールを兄弟はどこか煙たがっている節がある。
だからこそ余計自分が味方になってやらなければ。カインはずっとそう思って来たのだ。
「……とにかくこの話は破談だ。後のことは王都に戻ってから考えよう。」
しばらく沈黙が落ちる。
それはカインの決定とも取れる言葉に納得しているのがルシールしかいないからだ。
あんなに帰りたいと思っていたシルフィーラでさえ、真実を知るうちに“本当にこのまま帰ってもいいのだろうか”と言う思いが頭の中を何度も行き来する。
しかし沈黙は意外な形で破られる事になる。
コンコンッとやけに速いノックの音がして外に出たポール。
「フェリクス様……!」
そして戻って来た彼の目は驚きに見開かれている。
「間に合ったのか……」
フェリクスは安堵のような溜め息をつくと立ち上がり、扉の方へ向かった。
そして扉を開くなり見えた顔に破顔し、“よくやった”と言葉を発したのだ。
訳がわからない他の者はただその様子を眺める事しか出来ずにいた。
しかし、明らかにフェリクスの様子は先程までとまるで違う。何かから解き放たれたような、そんな感じだ。
「中へ。」
フェリクスに促され入って来たのは、ベルクールの紋章を付けた兵士二人と、ベルクール邸の侍女の制服を来た年嵩の女性だった。
「ベルクール卿、今は部外者は立入禁止だよ。」
「いえ殿下、この者は関係者です。」
「関係者?」
ルシールは訝しげな顔をしてフェリクスと、入室して来た三人を交互に見た。
シルフィーラ達も訳がわからず困惑する。
「何?バジューの手の者か何か?小物ならいちいち紹介してくれなくていいよ。まとめて連れて行って、後で取り調べるから。」
しかしフェリクスは先程までとは打って変わって鋭い視線をルシールに向けている。
「この者は殿下の関係者です。」
「……は?」
「その様子だと素性も……性別すらもご存知ないようですね。」
「何?何が言いたいの?」
さっきまで余裕たっぷりだったルシールは苛ついているようだ。
そして逆に余裕があるのはフェリクスの方。
「ベルクール卿、この者たちは一体誰なんだい?」
そしてアベルの言葉にフェリクスは答える。
「この者は王家の草。そしてルシール殿下の命で私の行動を逐一監視していた者です。」
81
お気に入りに追加
6,139
あなたにおすすめの小説

【完結】この胸が痛むのは
Mimi
恋愛
「アグネス嬢なら」
彼がそう言ったので。
私は縁組をお受けすることにしました。
そのひとは、亡くなった姉の恋人だった方でした。
亡き姉クラリスと婚約間近だった第三王子アシュフォード殿下。
殿下と出会ったのは私が先でしたのに。
幼い私をきっかけに、顔を合わせた姉に殿下は恋をしたのです……
姉が亡くなって7年。
政略婚を拒否したい王弟アシュフォードが
『彼女なら結婚してもいい』と、指名したのが最愛のひとクラリスの妹アグネスだった。
亡くなった恋人と同い年になり、彼女の面影をまとうアグネスに、アシュフォードは……
*****
サイドストーリー
『この胸に抱えたものは』全13話も公開しています。
こちらの結末ネタバレを含んだ内容です。
読了後にお立ち寄りいただけましたら、幸いです
* 他サイトで公開しています。
どうぞよろしくお願い致します。
出世のために結婚した夫から「好きな人ができたから別れてほしい」と言われたのですが~その好きな人って変装したわたしでは?
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
古代魔法を専門とする魔法研究者のアンヌッカは、家族と研究所を守るために軍人のライオネルと結婚をする。
ライオネルもまた昇進のために結婚をしなければならず、国王からの命令ということもあり結婚を渋々と引き受ける。
しかし、愛のない結婚をした二人は結婚式当日すら顔を合わせることなく、そのまま離れて暮らすこととなった。
ある日、アンヌッカの父が所長を務める魔法研究所に軍から古代文字で書かれた魔導書の解読依頼が届く。
それは禁帯本で持ち出し不可のため、軍施設に研究者を派遣してほしいという依頼だ。
この依頼に対応できるのは研究所のなかでもアンヌッカしかいない。
しかし軍人の妻が軍に派遣されて働くというのは体裁が悪いし何よりも会ったことのない夫が反対するかもしれない。
そう思ったアンヌッカたちは、アンヌッカを親戚の娘のカタリーナとして軍に送り込んだ――。
素性を隠したまま働く妻に、知らぬ間に惹かれていく(恋愛にはぽんこつ)夫とのラブコメディ。
最愛から2番目の恋
Mimi
恋愛
カリスレキアの第2王女ガートルードは、相手有責で婚約を破棄した。
彼女は醜女として有名であったが、それを厭う婚約者のクロスティア王国第1王子ユーシスに男娼を送り込まれて、ハニートラップを仕掛けられたのだった。
以前から婚約者の気持ちを知っていたガートルードが傷付く事は無かったが、周囲は彼女に気を遣う。
そんな折り、中央大陸で唯一の獣人の国、アストリッツァ国から婚姻の打診が届く。
王太子クラシオンとの、婚約ではなく一気に婚姻とは……
彼には最愛の番が居るのだが、その女性の身分が低いために正妃には出来ないらしい。
その事情から、醜女のガートルードをお飾りの妃にするつもりだと激怒する両親や兄姉を諌めて、クラシオンとの婚姻を決めたガートルードだった……
※ 『きみは、俺のただひとり~神様からのギフト』の番外編となります
ヒロインは本編では名前も出ない『カリスレキアの王女』と呼ばれるだけの設定のみで、本人は登場しておりません
ですが、本編終了後の話ですので、そちらの登場人物達の顔出しネタバレが有ります
大好きなあなたを忘れる方法
山田ランチ
恋愛
あらすじ
王子と婚約関係にある侯爵令嬢のメリベルは、訳あってずっと秘密の婚約者のままにされていた。学園へ入学してすぐ、メリベルの魔廻が(魔術を使う為の魔素を貯めておく器官)が限界を向かえようとしている事に気が付いた大魔術師は、魔廻を小さくする事を提案する。その方法は、魔素が好むという悲しい記憶を失くしていくものだった。悲しい記憶を引っ張り出しては消していくという日々を過ごすうち、徐々に王子との記憶を失くしていくメリベル。そんな中、魔廻を奪う謎の者達に大魔術師とメリベルが襲われてしまう。
魔廻を奪おうとする者達は何者なのか。王子との婚約が隠されている訳と、重大な秘密を抱える大魔術師の正体が、メリベルの記憶に導かれ、やがて世界の始まりへと繋がっていく。
登場人物
・メリベル・アークトュラス 17歳、アークトゥラス侯爵の一人娘。ジャスパーの婚約者。
・ジャスパー・オリオン 17歳、第一王子。メリベルの婚約者。
・イーライ 学園の園芸員。
クレイシー・クレリック 17歳、クレリック侯爵の一人娘。
・リーヴァイ・ブルーマー 18歳、ブルーマー子爵家の嫡男でジャスパーの側近。
・アイザック・スチュアート 17歳、スチュアート侯爵の嫡男でジャスパーの側近。
・ノア・ワード 18歳、ワード騎士団長の息子でジャスパーの従騎士。
・シア・ガイザー 17歳、ガイザー男爵の娘でメリベルの友人。
・マイロ 17歳、メリベルの友人。
魔素→世界に漂っている物質。触れれば精神を侵され、生き物は主に凶暴化し魔獣となる。
魔廻→体内にある魔廻(まかい)と呼ばれる器官、魔素を取り込み貯める事が出来る。魔術師はこの器官がある事が必須。
ソル神とルナ神→太陽と月の男女神が魔素で満ちた混沌の大地に現れ、世界を二つに分けて浄化した。ソル神は昼間を、ルナ神は夜を受け持った。

忙しい男
菅井群青
恋愛
付き合っていた彼氏に別れを告げた。忙しいという彼を信じていたけれど、私から別れを告げる前に……きっと私は半分捨てられていたんだ。
「私のことなんてもうなんとも思ってないくせに」
「お前は一体俺の何を見て言ってる──お前は、俺を知らな過ぎる」
すれ違う想いはどうしてこうも上手くいかないのか。いつだって思うことはただ一つ、愛おしいという気持ちだ。
※ハッピーエンドです
かなりやきもきさせてしまうと思います。
どうか温かい目でみてやってくださいね。
※本編完結しました(2019/07/15)
スピンオフ &番外編
【泣く背中】 菊田夫妻のストーリーを追加しました(2019/08/19)
改稿 (2020/01/01)
本編のみカクヨムさんでも公開しました。

口は禍の元・・・後悔する王様は王妃様を口説く
ひとみん
恋愛
王命で王太子アルヴィンとの結婚が決まってしまった美しいフィオナ。
逃走すら許さない周囲の鉄壁の護りに諦めた彼女は、偶然王太子の会話を聞いてしまう。
「跡継ぎができれば離縁してもかまわないだろう」「互いの不貞でも理由にすればいい」
誰がこんな奴とやってけるかっ!と怒り炸裂のフィオナ。子供が出来たら即離婚を胸に王太子に言い放った。
「必要最低限の夫婦生活で済ませたいと思います」
だが一目見てフィオナに惚れてしまったアルヴィン。
妻が初恋で絶対に別れたくない夫と、こんなクズ夫とすぐに別れたい妻とのすれ違いラブストーリー。
ご都合主義満載です!

その眼差しは凍てつく刃*冷たい婚約者にウンザリしてます*
音爽(ネソウ)
恋愛
義妹に優しく、婚約者の令嬢には極寒対応。
塩対応より下があるなんて……。
この婚約は間違っている?
*2021年7月完結
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる