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 「旦那様が帰られた後、ローゼリア様から呼ばれました……。」

 エリオが部屋に入るとローゼリアはベッドに突っ伏して泣いていた。一体何があったのかと問い掛けるとローゼリアは嗚咽混じりに語りだした。
 
 『……私の養子縁組が進まないばかりにフェリクスは望まぬ縁談を余儀なくされてしまったそうよ……王族の血を引く公爵家が彼を見初めて半ば無理矢理話を進められたって……!!』

 「「はぁ!?」」

 これにカインとアベルが素っ頓狂な声を上げた。

 「うちが無理矢理進めただって!?」
 「冗談じゃないよ!僕達はこんな所にシルフィをやるなんて大反対だったんだ!」

 二人の様子にエリオは申し訳無さそうに肩をすくめ、フェリクスは眉間の皺を深くした。
 だがシルフィーラは落ち着いた口調で興奮する二人を窘める。
 
 「お兄様、この地を侮辱するような発言はやめて。“こんな所”なんて発言は失礼だわ。今は彼の話をちゃんと聞きましょう。まずは何があったのか知らなければ。文句があるならそれからよ。」

 この騒ぎの当事者であり一番傷付いたはずの妹が誰よりもしっかりしている。
 カインとアベルはその事に気付き、自身を落ち着かせようとコホンと軽く咳払いをした。

 「それで、君は何をしたんだい?」

 努めて冷静にカインが聞くと、エリオは再び目に涙を浮かべ下を向いた。
 本当の事を言うのが怖いのだろうか。
 ローゼリアに長年刷り込まれて来た言葉がすべて虚偽だったと知った今、自分の行いがいかに愚かだったのか身に沁みているはずだ。
 だが言いにくかろうが何だろうが事の詳細を正確に証言できるのはエリオしかいない。この後聞くであろうローゼリアからの証言は、もはや己の保身のための妄言である可能性しかない。

 「エリオ」

 穏やかに名を呼ばれエリオは顔を上げた。
 すると自分を真っ直ぐに見つめるサファイアの瞳と目が合う。
 まるであの指輪の石そのもののような瞳。

 「真実を知るのはあなたしかいないの。」

 その場にいる全員の目がシルフィーラに向く。

 「……私は王都に帰る事になるだろうけれど、このままではここで過ごした一月が一生の傷になるわ。だからお願い。どうか教えて?どうして私はこんな目に遭わなければならなかったのかを。」

 しばらくの間エリオとシルフィーラは見つめ合った。
 自分を責めるでもない恨むでもない、真摯に見つめるその瞳にエリオは今までの自分の行いを心の底から悔いるようにして唇を噛んだ。
 
 「……ローゼリア様は悔しいと……自分も旦那様の愛の印が欲しいと……そう仰いました……」


 狂ったように泣き叫び、枕を叩きながらローゼリアは叫ぶ。

 『どうしてなの……どうして皆私を追い出そうとするの!?私も……私も欲しい……たった一人だけに与えられる愛の証が欲しい!!』

 それはまるで誰のたった一人にもなれなかった彼女の慟哭どうこくのようだった。
 親にすら疎まれ追い出され、拾われた先で今再び追い出されようとしている。旦那様の元に嫁いでくる何も知らない幸せな花嫁のせいで。

 『お願いエリオ……レミリア様の遺してくれたものすべてを注ぎ込んでも構わないから……お願いだから私にあの指輪を頂戴!!』 

 しかしそんな事出来る訳がない。
 出来るとすれば同じデザインの物をもう一つ注文する事くらいだ。

 『それでいいの!それでいいのよ!』 
 
 それならば自分にもして差し上げる事が出来る。注文書の控えから店名を割り出して、同じ物をもう一つ頼むだけだ。
 だがローゼリアの望んでいたのは“同じデザインの指輪”ではなく、“フェリクスが注文した指輪”だったのだ。
 さすがに理解に苦しんだ。同じ物ではなぜ駄目なのか。石も同じ台も同じ。偽物だが本物だ。だがローゼリアはフェリクスが注文した指輪で無ければ意味がないのだと言い、その後まだ見ぬフェリクスの婚約者に向かって嘲笑うように言ったのだ。

 『紛い物で十分よ……きっと何不自由なく育って……どうせフェリクスの事だって辺境伯って身分だけで選んだんでしょう?与えられる物の価値も知らずただ享受するだけの女になんて偽物がお似合いよ……!!』
 

 「……あの頃の私は、別邸という狭い空間の中で毎日のようにローゼリア様から旦那様との話を聞かされていました。旦那様は辺境伯を継がれてから本邸の方にも眠る時以外はあまり顔を出されず……すっかりローゼリア様の言う事を信じ切ってしまったのです。……本来であれば絶対に裏切ってはいけない旦那様を私は……私の身勝手な正義心からとんでもない事を……!!」

 苦しげに語るエリオとは反対にフェリクスの顔は落ち着いていた。怒るでもなく苦しむでもなく、かと言って諦めるでもなく。 
 
 
 
 
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