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34 ルシール③
しおりを挟むベルクール辺境伯を呼び出した部屋に入った途端あの日の記憶が蘇る。
ダークブロンドのこの男は……あの日回廊でシルフィを見て膝から崩れ落ちた男だ……!
立ち上がり礼をした男は僕よりも背が高くなかなかの美丈夫だった。
「やあ、僕の顔は見た事あるよね。忙しいのに悪かったねベルクール卿。」
いつもの王子様の仮面の裏で僕の心臓はうるさく音を立てていた。
まるで本能が言ってるようだ。この男は駄目だと。シルフィを取られるかもしれないと。
それなら今ここで潰すか……いや、どうせなら二度とシルフィに手出しできないところまで追い詰めなければ駄目だ。
「君、叔父上を旗印にしてこの国を乗っ取る計画を立ててるんじゃないの。」
この言葉にベルクール卿は声を荒げた。
別にそんな気が無いことくらいわかってる。
僕達だってこの国の安寧のためには君が必要なんだよ。だから絶対に歯向かえない犬になって貰う。
「僕達には各地に放ってる“草”がいてね。君も聞いた事くらいあるでしょ?それで君の所にいる草が教えてくれたんだよ。ゲルン民族をベルクール領内に招き入れた奴がいるってね。」
「そんな!一体誰がそんな真似をしたと言うのですか!?」
「バジュー男爵だよ。君がベルクール邸で預かってる従姉妹の家なんだって?」
その言葉を聞いた瞬間驚愕の表情を見せた彼に僕は勝ったと確信した。
きっと心のどこかでいつかこんな日が来るかも知れないと言う思いがあったのかもしれない。
当たり前だ。あんな取り扱いが危険な女を側に置いておいたんだから。
ベルクール卿は困惑に絶望が入り混じったような複雑な表情をしている。
屋敷を追い出されそうになって追い詰められた従姉妹の取った馬鹿な行動。本人はゲルン民族をベルクールにけしかけ、自分の縁談を遅らせる時間稼ぎのつもりでいたのだろうが、事はそんなに単純ではない。
これが明るみに出ればたとえ外戚のやらかした事であってもベルクール家は存続すら危うくなるのだ。
でもそんな程度じゃ済まさないよ。もっともっと複雑にしてあげる。どう足搔いても逃れられないくらいにね。
「……バジュー男爵がゲルン民族と接触した証拠は揃ってるんだ。僕はねベルクール卿、君の事はとても買ってるんだ。僕だけじゃない、父上だってそうさ。君にはこれからも引き続きあの地を守って貰わなければならない。だから僕と取り引きをしようよ。」
「取り引き……?」
「そう。アルヴィアの叔父上は君にシルフィーラを預ける気になってる。だから彼女を一旦は君に預けるよ。だけど君には彼女に指一本触れずに彼女に嫌われるよう過ごして欲しい。」
そうさ。シルフィが泣いて逃げ帰るようにしてくれれば叔父上も二度とシルフィをどこかにやろうだなんて思わないだろう。
そしてシルフィだって“家族が喜ぶ相手”じゃなく“自分が幸せになれる相手”……つまり僕を選ぶだろう。
「幸せな未来を夢見てやって来る花嫁を傷付けるちょうどいい材料があるじゃない。従姉妹だよ。従姉妹といい仲なのを見せつけるなりして傷付けてよ。その代わり君と君の民の事はバジュー男爵の独断だって事にして助けてあげるから。」
「そんな事は出来ません!そもそも私は疑われるような事は何もしていない!!」
「……やるんだよ。やらなきゃ一族郎党のみならず君の腹心や使用人、その家族まで皆殺しだよ。なんて言ったって今の君には国家反逆罪の疑いがかけられてるんだ。」
「ならば公の場で取り調べを受けます!!」
「ははっ、公正な裁判が受けられるとでも思ってるの?君が何を言おうと関係ないんだよ。証拠を以ってして君の罪を決めるのは王族である僕なんだ。」
バジュー男爵に金をちらつかせて“ベルクール卿に頼まれたと証言すれば助けてやる”とでも言えばすぐに終わりだ。それにゲルンとの交渉資金に使われたのは彼の母親の宝石なのだから申し開きも出来ないだろう。
ベルクール辺境伯はゲルン民族を退けるフリをして、実は反乱のために自軍に引き込んでいたってね。
「政の汚さなんて辺境伯やってる君なら嫌ってほど知ってるだろ?ああそうだ、さっきの続きになるけど君の件を抜きにしてもバジュー男爵は放っておくと害にしかならない。だからシルフィを迎えに行く時に一緒に捕らえて連れて帰るよ。だからそれまでせいぜい従姉妹を良い気にさせて泳がせてよ。どうせ待ってるのは斬首刑だ。少しくらい良い目を見せてあげなきゃ可哀想だからね。」
ベルクール卿も叔父上も、この際僕達の障害になる人間は全員道連れでいいかと思ったけど、そんな事をしたらきっとシルフィが悲しむ。僕と同じ青く大きな瞳が涙で濡れるのはとても美しいだろうけど、やはりシルフィは笑顔が一番だ。
だから取るのはゴミのような汚い血統の首だけでいいだろう。
「君の側にはいつも監視がいる事を忘れないで。約束を破ったらどうなるか……ね?」
万が一シルフィに真相を打ち明けようものなら絶対に許さない。
だが彼の……シルフィを初めて目にした時のあの様子を見る限りは大丈夫だろう。シルフィの姿を見ただけであんな事になる位だ。きっと目の前にしたらまともに話す事なんてできやしないだろう。
「じゃあ僕の用件はこれで終わり。よろしくね。」
さすがに一族郎党…自分に関わるすべての者達とその家族の命まで取ると言われて、素直に差し出すような愚か者じゃないだろう。
彼はこの取り引きに納得したのか、一言も発せず静かに頭を下げて部屋から出て行ったのだった。
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