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26 ローゼリア①
しおりを挟む「ねぇ!これを解いて頂戴!」
しかし見張りの男は自分を見もしない。
館の外からは使用人達のざわめく音が聞こえてくる。
(一体私を誰だと思ってるのよ……!)
何とか外そうと試みても麻縄は暴れれば暴れるほどローゼリアの柔らかい肌に傷をつける。
何で……何でこんな事になってしまったの?
あの女を追い出すはずだったのに。
このままじゃ私の居場所がどこにもなくなってしまう。
早くしないと……!
***
「具合はどうですか……?」
起きている事を確認してから声を掛けるとその人……ベルクール辺境伯夫人レミリアはローゼリアに顔を向けた。
「まぁローゼリア……お見舞いに来てくれたの?」
いらっしゃいとでも言うようにレミリアはベッドの側に置かれた椅子へローゼリアを手招きした。
「えへへ。」
母親に甘えるような顔でローゼリアは椅子に座る。とても大きな作りのこの椅子は、身体の大きなアドルフのためにレミリアが特別に作らせた物だ。そこに座っていいのは家族だけ。
レミリアが病床に伏してから随分経つ。
最初の頃は庭園がよく見えるこの別邸をとても気に入り、時折散歩もしながら養生していたのだが、ここ最近は窓も閉め切っている。
「フェリクスはどうしているのかしら?」
「フェリクスは今街道沿いに出た盗賊被害の調査に出ています。」
「そう……」
あの時……フェリクスが自分を引き取ると言ってくれたあの日、父が目を輝かせながら話していた街道や町も今はすっかり廃れてしまった。
きっと父親の懐は昔に逆戻りだろう。
「早く元気になって下さい。フェリクスも心配してます。」
ローゼリアの言葉にレミリアは笑う。
何がおかしかったのだろうと首を傾げると
「これではすっかり逆ね。ローゼリアもまだまだ身体が弱いけど、昔ほどではなくなったものね。」
「えへへ……。」
柔らかな微笑みを向けられると、まるで本当の母親に言われているようでくすぐったい。
「……私に何かある前にあなたの事をきちんとしてあげないとね。」
「きちんと……?」
「アドルフにも相談して……どこかいい嫁ぎ先を見つけて貰いましょうね。」
「嫁ぎ先!?そんな、私はずっとここに……」
ずっとここにいたい。ここは自分にとってとても優しい場所。できることならずっとこのままこの場所にいたい。
「そうね。そうしてあげたいけれど、フェリクスもそろそろ結婚相手について考える年頃だわ。」
「フェリクスが……結婚……。」
「ええ。そうなるといくら従兄妹と言えどあなたも女性。お相手の方は良い気はしないわ。」
別にフェリクスを愛している訳ではなかったがローゼリアは不思議だった。いとこ同士の婚姻は認められている。なのにどうしてレミリアは私をフェリクスの妻にと言わないのだろう。
ベルクール邸で働くみんなが言うわ。私とフェリクスはお似合いだって。結婚すればいいのにって。なのに何故……。
「心配しなくても大丈夫よローゼリア。身体もだいぶ健康になったんだし、きっといいお相手が見つかるわ。」
これにローゼリアは返事をする事が出来なかった。
「奥様」
「あらポール。もうお薬の時間?」
湯気の立ち上るカップをトレーに乗せてやって来たのはエリオの父、執事長のポールだ。
ローゼリアは邪魔をしてはいけないと思い立ち上がった。
「今日はこれで失礼しますね。」
「ありがとうローゼリア。またね」
扉を閉めた後、ローゼリアは少しだけエントランスに飾られた綺麗な美術品を眺めようと足を止めた。
(いつ見てもとっても素敵だわ)
レミリアは陶器人形を集めるのが趣味だった。羽根を広げた可愛らしい天使は何度見てもうっとりする。
「ローゼリア様が来られてもうだいぶ経ちますね。」
(?)
さっき後にした部屋から自分の名前が聞こえてきた。なにやら自分の話をしているようだ。
いけないとは思ったがローゼリアは足音を消して扉の前で耳を澄ます。
「あの時は本当にびっくりしたわ……まさかフェリクスがあの子を引き取るだなんて……」
「ふふ……旦那様そっくりではありませんか。」
「そうね。本当に……誰に教えられた訳でもないのに嫌になるくらいアドルフにそっくりだわ。アドルフもフェリクスも、目の前で苦しむ民を見捨てられないのよ。たとえそれが自分の首を絞める事になったとしてもね。すべてを救う事なんてできやしないのに……でも二人共この地を立派に守り抜いてる。生まれながらの領主なのね。」
ローゼリアは耳を疑った。レミリアの口から出た言葉がおおよそ理解しがたいものだったからだ。
(今……私の事“民”って言った……?)
レミリアの姪で、フェリクスの従兄妹で、男爵令嬢である自分を“民”と?
「しかしながらそろそろ急がないとなりませんな。フェリクス坊ちゃまもそろそろご結婚を考えられる年ですから。」
「そうね……実家がアレだからどうせ花嫁支度も我が家任せでしょうね。あまり良い家格の方は望めないけれど、ローゼリアを幸せにしてくれそうな男性を見つけてあげないとね。」
「はい。」
カチャリとカップを置く音がして、ローゼリアは再び足音を立てぬよう外へ急ぎ出た。
「何とかしなきゃ……」
早く手を打たなきゃここから追い出されてしまう。自分が安全な場所はここしかないのだ。
「馬鹿だったわ……!!」
悔しくて悔しくて涙が出た。
救ってくれたのは自分が彼らにとって特別な存在……血を分けた存在だからだとそう思っていた。
そして長い年月をかけて本当の家族……ううんそれ以上になれたと思ってた。
けれどレミリアは……母だと思って過ごして来た人は心の中で自分を蔑んでいた。
自分は彼らと同じじゃなかった。
この領内に生きる彼らの“民”だったのだ。
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