婚約者の恋人

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25 エリオ③

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 経緯はどうであれ娘を預かって貰える事に満足した男爵は、その後いつも通りもてなしを受けるつもりでいたようだ。しかしそんな彼にフェリクス様はすぐさま帰るよう告げた。そしてもう二度とここへ来るなとも。
 バジュー男爵は当然の如く激昂した。  
 
 「二度と来るなだと!?私達はこの子の親だぞ。親が子に会いに来るのは当然だろう!」

 「さっきの答えを聞いただろう。ローゼリアはあなた達と居ることよりも一人で生きて行く事を選んだ。会いたい時はローゼリアが自分で会いに行く。だからもう二度とここへは来ないでくれ。」

 バジュー男爵とその妻は気が狂わんばかりに喚き散らしたが、フェリクス様は表情を変えず、その場しのぎに茶を出そうとしていた侍女達にもそれを片付けさせた。

 「お前達は客じゃない。立場をわきまえろ。」

 それでも帰らないのなら力尽くで帰ってもらう。そう言うとフェリクス様はなんと剣の柄に手を掛けた。奥様が止める声も聞かずに。
 さすがのバジュー男爵も剣の前では無力だったようだ。まだ少年と言えどフェリクス様の腕は騎士に引けを取らない。さっきとは打って変わったように押し黙ってしまった。
 (今なら帰って貰えるかも……)
 僕は扉を開けて少しだけ頭を下げる。
 “どうぞお帰り下さい”
 心の中でそう言いながら。

 バジュー男爵は大きく舌打ちし、無様な悔し文句を口にしながら帰って行った。
 最後に娘を振り向きもしない父親に、ローゼリアが傷付いた様子はなかった。
 彼女の目に映っていたのは何年も共に過ごして来た父でも母でもない。フェリクスだった……


 *


 それから僕ら使用人の日常に、お仕えするべき人が一人加わった。ローゼリア様だ。
 彼女の身体は本当に弱かった。
 まずは咳だ。特に夜中になると一晩中ゲホゲホと屋敷の中に響き渡るほど咳き込む。
 そこに熱が加わると一人で用を足す事すら難しい。こんな状態なのによくあの両親の元で生きてこれたものだと僕は思った。もしかしたらあんな親でもちゃんと娘の看病をしていたのかもしれないと思ったが、ローゼリア様は面倒を見られる事に慣れていなかった。額の冷たく絞った布を取り替える度に起き上がろうとするし、水差しから水を飲むよう近付けても戸惑う。滋養の良い物をスプーンで掬って口に運ぼうものならもう大混乱だ。
 使用人の僕らにすらそんな調子だったから、フェリクス様や奥様も慣れるまではとあまり頻繁に彼女の元を訪れなかったが、色々と気に掛けてあげているようだった。

 身体は変わらず病弱だったがローゼリア様は家庭教師を付けてもらい、勉強にも励むようになった。けれど熱意はあっても出来るようになるとは限らない。どうやら座学は苦手のようだった。

 「エリオ……ここ、教えてくれる?」

 何度そう聞かれたかわからないが、貴族である彼女が気取らず素直に質問してくれるのは気分が良かった。その時だけはまるで自分が特別なものになれたような気がしたのだ。
 気さくな彼女は年月をかけ徐々にだが屋敷中の使用人とも打ち解けて行った。


 ***
 

 この頃奥様が体調を崩される事が多くなった。顔色も悪く食欲の無い日々。
 旦那様は少しでも奥様がゆっくりと過ごせるようにと敷地の奥に別邸を建てる事にしたのだ。

 そうだ。この頃からだ。何もかもがおかしくなってしまったのは。




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