婚約者の恋人

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 「ローゼリア様は何か勘違いしてらっしゃるようですわね。」

 「勘違いですって……?」

 「ええ。私、ベルクール卿の事なんて何とも思っておりませんの。それにこんな事を言うのも品性を疑われるようで嫌なのですが……ローゼリア様はどうやらはっきり言わないとおわかりにならないようなので仕方ありませんわよね。」

 「な、何よ……」

 「私の生家の事はご存知かしら?知らないなら後であなたのお財布係のエリオにでも聞いて下さいな。何をって?……私とあなたの身分の違いがどれほどのものなのかについてよ。」

 「なっ……!!」

 小さな世界の女王様には侮辱される事なんて皆無だったのだろう。みるみるうちに顔を赤く染め上げ、込み上げる嗤いを隠すために押さえていたのだろうその青白い手はいつの間にか外されていた。醜く歪む口元が丸見えだ。

 「私が口煩く申し上げて来たのはあくまであなたの礼儀作法の酷さについてであって、嫉妬じゃありませんわ。だって嫉妬する理由がどこにありますの?」

「それは…!ドレスや宝石や、フェリクスと従業員達の気持ちが私に向いているから…!!」

 「あなた……ご自分の持ち物が私のそれに勝るとでも思ってらっしゃるの?どうせお買い物ばかりして暇な毎日を送るのならもう少し審美眼を養ったらどうかしら。ああ……でもあなたのご実家を考えると無理かしらね。美的感覚を育てるには環境も大事ですから。」 

 居候先で平然とこんな振る舞いができるなんて普通じゃない。どんな家庭で育ったのかも想像に難くない。親を見れば子がわかるしその逆も然りだ。

 「身分で人を差別するの!?あなたってとんでもない人ね!フェリクスや使用人の皆はそんな事気にしないわ!」

 それはそうでしょうよ。あなただって一応は貴族で主人の恋人なんだから。

 「あらローゼリア様……身分なんて馬鹿らしいとでも言いたそうですわね。けれどあなたの大好きなベルクール卿はなぜ辺境伯という身分を賜っているのかしら?」

 「そ、それは……」

 「身分と言うのは責任と同じですわ。彼がこの辺境の地で過酷な任務に就いているのはあなたに贅沢させるためではないはず。」

 男としては最低だが辺境伯としての能力はお父様だって買っていた。彼だって自分の職務には誇りを持っているはず。そんな男性がなぜこんな女にべた惚れなのかは最高に解せぬが今はそんな事どうでもいい。
 
 「病弱で部屋にこもってばかりいる病人にドレスや宝石なんて必要かしら?お姫様に憧れているのなら絵本でも読んで我慢なさい。そして彼の稼いだお金を使うというのなら、もっと彼のためになる事に使いなさい。」

 ローゼリアは黙り込み、苦々しい顔で朱に染められた美しい爪を噛んでいる。
 (人の事嘲笑った割に大した事ないわね。これなら王都の御婦人方の方がよっぽど手強いわ。)

 「どうでもいい事ですけど一応お話を頂いたからには断る理由がいるので聞かせて貰いますわ。ローゼリア様はベルクール卿の何なのかしら?」

 するとローゼリアの表情は一変した。

 「ふふっ、ふふ。何よ……やっぱりフェリクスの事が気になるんでしょう?」

 いやだから違いますから。
 と言うと教えてくれなそうなのでシルフィーラは耐えた。
 何も言わないのは何も言えないからだと勘違いしたローゼリアは喜色満面。打って変わったように饒舌になる。

 「いいわ。見せてあげる。彼から貰った愛の証よ。」

 そう言ってローゼリアはベッドサイドチェストの引き出しを開け、中から小さなビロードの箱を取り出した。

 「フェリクスが跪いて渡してくれたのよ。」

 そう言って箱を開ける瞬間の彼女の瞳は子供のようにキラキラと輝いていた。
 “憧れ”を見つめるような目。
 中から現れたのは大粒のサファイアの指輪。台は白金だろう。傷一つ無い滑らかな表面が白く輝いている。

 「“この心も身体もすべて、あなたを愛するためだけにある。一生を懸けて幸せにします”ってね。」

 指輪を見つめながらうっとりとした表情で語るローゼリア。
 そしてうふふ、と再びあの嫌な嗤いをシルフィーラに向けてきたその時だった。
 
 「何でそれを君が持っているんだ!!」

 「えっ!?」

 覗き見をしていたはずのフェリクスが、何とも表現しがたい恐ろしい形相で、茂みから飛び出して来たのだ。






 
 



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