婚約者の恋人

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 家の中へ足を踏み入れた途端、シルフィーラは妙な違和感を感じた。本邸は厳かで伝統ある佇まいだがここはまるで違う。
 (何かしらこの感じ……そうだわ……まるで子供部屋みたい……)
 決して本当の子供部屋ではないのだが、すべてがちぐはぐなのだ。統一感のない内装に芸術品。まるで子供が自分の欲しかった物をかき集めたような家だった。
 しかし決して安い造りでも品でもない。一つ一つはすべて一流品だろう。自分の目はそれほど肥えてはいないが良い品かそうでないかくらいはわかる。
 (でも……これらがすべてベルクール卿の趣味とはとても思えないわ)
 という事はおそらくこれはローゼリアの指示で造らせ、そして買い集めた物なのだろう。
 (彼女の無駄遣いについても認めているの?これじゃもう本当に夫婦じゃない)
 シルフィーラが思わず溜め息をつくと……

 「フェリクス?フェリクスいるの?」

 家の奥から声がする。
 さっきまで取り乱していた人間とはとても思えないほど明るい声だ。
 シルフィーラは声の聞こえてきた方に見えた扉の前に行き、軽く二回ノックをした。
 するとすぐに何の警戒も無い返事が返って来る。

 「ふふ、どうしたの。早く入って?」

 しかし少しの間を置き遠慮がちに入ってきたシルフィーラを見た瞬間、ローゼリアの表情は豹変した。
 (さっき笑ってたわよね!?)
 しかし笑顔だったその顔は今は怯えた仔猫のように俯き、身体は少し震えている。

 「シ、シルフィーラ様……!」

 ローゼリアはベッドの上で横になっていたようだ。今は半身を起こしている。きっとフェリクスを迎えるつもりだったからだろう。

 「先ほどは……せっかくお招きいただいたお茶の席を早々に退出してしまい申し訳ありませんでした。」

 「え…?」
 
 まさか謝罪されるとは思ってもみなかったのだろう。ローゼリアの目は驚きで大きく見開かれ、そして表情はその後打って変わったように笑顔になった。
 しかしシルフィーラが謝ったのは、動機はどうであれ自分を招いてくれたその気持ちに対してであって、決して無礼な振る舞いを叱責した事に対してではない。

 「そんな……私なら気にしてないわ。良かった……!まだ怒ってらっしゃるのかと思ったから。さあ、どうぞ座って?」

 そう言ってローゼリアが促したのは彼女のベッドの隣に置いてある椅子。
 あの日、シルフィーラが初めて二人の仲睦まじい姿を目撃してしまった日にフェリクスが座っていた椅子だ。
 座面と背もたれの幅がしっかりと確保されたそれは、明らかに座る人間を考えて作られている。つまりフェリクス専用と言う事だろう。
 なぜだかわからないがみぞおちのあたりがひどくムカムカとした。
 立場が下の者に着席を勧められたからだろうか。いや違う。この椅子にはいつもフェリクスが座っているはず。二人の逢瀬のために用意されたのであろう椅子に、平気な顔をして自分に座るよう勧めるその無神経さに腹が立っているのだ。

 「……いえ、ここで結構ですわ。少しお聞きしたい事があっただけですので。」

 「そんな事言わないで。普段はフェリクスが座ってるの。私がエリオに言ってとっても大きめに作らせたのよ!」

 “うふふ”と無邪気に笑うその顔を見た瞬間、シルフィーラは理性の糸が切れそうになった。
 



 
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