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しおりを挟む「カイン兄様……アベル兄様……!!」
懐かしい二人の顔を見た途端涙が溢れる。
自分でも気付く事が出来なくなるほどベルクールでの孤独な日々は精神を疲弊させていたのだ。
兄達はとろけるように微笑んで、走って来るシルフィーラに向かって腕を広げた。
「兄様……兄様ぁ!!」
美形の兄二人が前後で挟むようにしてシルフィーラを抱き締めると、今度は声を上げて泣き出した。
「よしよし。相当辛い目に遭わされたんだね。」
「もう大丈夫。早くアルヴィアの家に帰ろう。」
二人の兄は呆然とするフェリクスやエリオ達からシルフィーラを隠すようにして立った。先に口を開いたのは長男のカインだ。
「“これはどういう事か”なんて聞くつもりはないよベルクール卿。僕達にはシルフィーラのこの様子がすべてだ。」
そして次男のアベルも続く。
「この話はなかった事にしてもらう。そしてちゃんと僕らの納得の行く形で責任を取ってもらうからね。」
自分を愛し守ってくれる兄の存在がどれだけ頼りがいあるものか。そしてそのありがたさをこんな事になって初めて実感したような気がする。
しかし二人の兄に対しフェリクスはまったく怯む様子はない。
「こんな辺境の地までご足労いただくほどご心配をおかけした事は本当に申し訳ありません。しかし私とシルフィーラ嬢には話し合う必要があります。」
そしてこの悪びれた様子のない言動にカインが牙を向いた。
「……話し合うだと?シルフィーラがここに来てもう一月以上経つんだぞ!話し合う時間なら充分あっただろう!?一体何をやってたんだ!」
「それは……私の落ち度です。しかしシルフィーラ嬢をないがしろにするつもりなどなかった。それは本当です!」
「さっき聞かせてもらったが、シルフィーラの話じゃあんた他に女がいるそうじゃないか。シルフィーラがここに来た日も、その後もずっとその女といたんだって?」
「彼女は正真正銘ただの従姉妹です!それに……彼女に会っていたのは……シルフィーラ嬢とどう接するのが良いのか相談に乗って貰っていたのです。」
「はあ?」
呆気に取られたような顔をするカインに代わり、今度はアベルが口を開く。
「何訳のわかんない言い訳してるの?あんたカインと同じ二十六歳だろ?適当な事言うのもいい加減にしなよ。」
しかしフェリクスは明らかにムッとしたような表情をする。
「いい加減な事など申してはおりません。私が父の後を継ぎ、ベルクール辺境伯となってからは、この地を守るためだけにひたすら尽力して来ました。ですから皆様が身を置くような華やかな場所とは無縁……それ故女性を喜ばせるような贈り物や話術を知りません。だからシルフィーラ嬢とのこれからのためにも色々学ばなければならないと思い、同じ女性であるローゼリアの元へ通って教えて貰っていただけです。」
この嘘つき……!!
シルフィーラは涼し気な顔でスラスラと嘘を並べ立てるフェリクスに憎々しげな視線を送る。それと同時に兄達に問い詰められても本当の事を言わないのは一体何故なのか不思議に思っていた。
その時だった。ずっと黙ったまま事態を静観していた第二王子のルシールがフェリクスに向かってある提案をしたのだ。
「これじゃいつまでたっても埒が明かないからさ、そのローゼリアとやらにも話を聞こうよ。」
「そんな事必要ないわルシール!私はもう帰るの!」
「このまま帰ったってシルフィーラも腹が立って眠れないでしょ?ベルクール卿もこう言ってるんだから、この際はっきりさせようよ。いいでしょベルクール卿?」
「私は構いません。」
てっきり断るかと思っていたのにあっさりと承諾したフェリクスにカインとアベルもほんの少し驚いた顔をした。
「じゃあ口裏を合わせられたら困っちゃうから、まずはシルフィーラ一人から行ってみようか。」
「何言ってるのルシール!?」
あんな女にまた会うなんて冗談じゃない。
どうせさっきの事で悲劇のヒロインぶって、ベッドの上でさめざめと泣いている頃だろう。面倒な事になるのは目に見えている。
「だって麗しの第二王子と公爵家の長男次男が来てるなんて知ったら大抵の女性は猫かぶっちゃうでしょ?人の本性を見抜くにはやっぱり覗き見が一番だよ。」
なんかツッコみたいところがいくつかあるが今は置いておこう。
覗き見なんてそんな事をフェリクスやエリオが許すはずがない。絶対に猛抗議するだろうとシルフィーラは思っていた。
「ベルクール卿に……エリオだっけ?僕達はシルフィーラが可愛いってだけでこんな事言ってるんじゃないんだよ。僕だって覗き見なんて趣味の悪い事できればしたくないんだ。でも今の状況を公平に判断するためにはこの方法しかないと思わない?」
嘘だ。ルシールは覗き見とか大好きだ。
どんな状況でもうまく立ち回りながら趣味と実益を両立させる恐るべき中間子。それがシルフィーラの知るルシールという王子だ。
そして彼の口にした事は大体現実のものとなる。
「……わかりました。では彼女の元にご案内します。」
フェリクスの返事にルシールは満足気に微笑む。そして周りを見るとさっきまで悔しげにしていたエリオの顔色も良い。二人の愛を確認できるいい機会だと……自分のした事は正しかったと肯定される良い機会だとでも思っているのだろうか。
「大丈夫かシルフィー?」
兄達が心配そうに聞いてくる。
「ええ……大丈夫よ。」
気は進まないがこれですべてがはっきりする。
こうしてシルフィーラ達はローゼリアの暮らす別邸へと向かったのだった。
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