婚約者の恋人

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 「……公爵家へ帰ります。馬車の用意をお願いいたします。」

 「何故でしょうか。理由もわからぬまま黙ってお帰しする訳には行きません。」

 シルフィーラは自分の耳を疑った。
 フェリクスは何を言っているのだ。いや、もしかしたら私の耳がおかしいのかもしれない。ストレスが続いて耳の不調に襲われた人の話も聞いた事がある。
 もう少し噛み砕いて話さないと駄目なのかしら。それかしらばっくれようという魂胆かもしれない。
 うん。後者の方が有力ね。
 “それは君の勘違いだ”とか“彼女は静養のために滞在してるだけ”とか“だから私達の間にはあなたが疑っているような事は何もない”とか。
 まるで世間で流行している悲劇のヒロインが人気のロマンス小説のような内容だ。
 今の状況からいくと悲劇のヒロインはローゼリア。そしてヒロインを虐げヒーローとの仲を引き裂こうと画策する悪役令嬢が私と言ったところか。
 この際悪役だろうがどうでもいい。とにかく早くここから出たかった。
 こうなったら淑女にはあるまじき行為だが、包み隠さずあるがままを伝えるしかない。
 シルフィーラは覚悟を決めた。

 「本当におわかりになりませんか?」

 「……。」

 「何のお心当たりもないと?」

 「……私に落ち度があったのだと思っています。ですからどうか話をさせて下さい。私は……」

 「話なら今までだっていくらでも出来たはずでしょう。」

 シルフィーラは強い口調でフェリクスの言葉を遮った。もっともな事を指摘されて黙る男の顔を眺めていると熱された頭が冷めて来る。
 聞きたいのは言い訳ではない。真実だ。

 「おわかりにならないと言うのならエリオに説明して貰いましょう。エリオ、以前私はとローゼリア様の関係についてあなたに聞きましたね。その時あなたが私に言った言葉を一言一句違えぬようもう一度言ってちょうだい。」

 この男の名など絶対に呼んでやるものか。あえてと呼んだシルフィーラの意図が充分過ぎるほど伝わったのだろう。
 (こんな状況なのに傷付いたようなフリをして……とんでもない役者だわね)
 眉間に皺を寄せたフェリクスを見てシルフィーラは心の中で毒突いた。
 
 「……」

 エリオは唇を噛んだまま下を向き何も喋らない。だがシルフィーラは尚も畳み掛けた。

 「なぜ何も言わないのエリオ。さっきだってそこの侍女と私の悪口を言ってたじゃない。“せっかくのローゼリア様からの申し出を……”ってね。」

 「エリオ。一体何の話だ。」

 「だ、旦那様!……私は良かれと思って……お二人には幸せになって頂きたくて……!」

 そしてエリオはフェリクスとローゼリアの仲は屋敷の者達全員が知る事で、シルフィーラとの結婚はそれを隠すための偽装だと告げた事を白状した。

 「お前は……何という事を……!」

 「エリオは何も悪くありませんわ。悪いのは私達を騙したあなたでしょう?これでもうおわかりですよね。私は帰りますので馬車の用意をして下さい。」

 そしてシルフィーラが部屋へ戻ろうとした時

 「待って下さい!」

 大きな手がシルフィーラの手首を掴んだ。

 「何をなさるの!?」

 「私とローゼリアはただの従姉妹だ!あなたが思っているような事は私達の間には何もない!」

 この後に及んでまだ言い逃れしようとするフェリクスにシルフィーラは苛立った。

 「もういい加減にして!触らないでよ!!」

 そう言ってシルフィーラは勢いよくフェリクスの腕を振り払う。

 「私がここに来た日あなたは何をしてました?」

 「……え……?」

 「到着した日だけじゃないわ。私がここに来てからもうどれくらいの時間が経ったと思ってるの?私はずっと一人だったわ。」

 「それは……」

 「でもあなたはローゼリアの寝室でベッドの隣に椅子を置いて楽しそうに話してたわね。そしてまた違う日には手を組んで散歩まで。私がどんな気持ちだったと思う?あなたが望んだ縁談だと聞いたから……お父様が良い話だと勧めてくれたからここに来たのよ。それなのにこんな思いをさせられるなんて……」

 「待って下さいシルフィーラ嬢!どうか話を」

 「私の名前を呼ばないで!!あなたになんて呼ばれたくもないわ!!」

 シルフィーラはフェリクスを睨み付ける。それ以上近寄るなと言わんばかりに。


 「ねぇ、これってどういう状況?」
 「控え目に言っても修羅場だな。」
 「……だからこんなとこに行くのはやめとけって言ったんだよ……」


 その時だった。
 この場にそぐわないやけに呑気な声が響く。しかも三人分。

 「お兄様……と……ルシール!?」

 何といつの間に開いていたのか玄関の扉に寄り掛かってこちらを見ていたのは二人の兄と第二王子ルシールだった。







 

 

 

 

 
 
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