婚約者の恋人

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 散々だったローゼリアとのお茶会から戻ったシルフィーラは部屋に入るなりセイラに荷物を纏めるよう言った。

 「もう迎えを待つ必要なんてないわ。馬車を用意してもらうから二人で帰りましょう。」

 急に帰ると言い出した自分にろくな馬車は用意してもらえないかもしれないが、それでもここの居心地の悪さに比べれば作りの悪い馬車に揺られて身体が痛くなる方がまだマシだろう。
 そして何よりシルフィーラの口から出た“帰る”の言葉に喜ぶセイラの顔だ。考えて見れば主人である自分がこれだけ冷遇されているのだ。屋敷の中を行き来しベルクール家の使用人達とやり取りしなければならなかったセイラは、今まで何も口にしなかったがもっと嫌な思いをしていたのかもしれない。

 「えぇお嬢様、それが良いですわ!そうしましょう。すぐ支度致します!」

 「お願いねセイラ。私はエリオに馬車の手配をお願いしてくるわ。」

 あんな事があっても後を追って来ないフェリクスの事だ。
 私がここを出て行こうが同じようにただ見ているだけだろう。そしてまた探すのだ。従姉妹との愛の隠れ蓑になってくれる都合のいい女を。
 シルフィーラが部屋を出てエリオを探すと彼はエントランスで侍女から何か報告を受けているようだ。
 話を遮るのも悪いかと思い声を掛けずに近付くと、侍女の気まずそうな声が聞こえて来た。

 「ローゼリア様はショックで泣きながらベッドに臥せってしまわれて……」

 「何て事だ……シルフィーラ様もローゼリア様のせっかくの申し出なのにどうしてそんな酷い事ができるんだ……!」

 ……ちょっと待ってよ。
 もうさっきの話が執事に伝わってるの?しかもとんでもなくローゼリア側に偏った見解で。
 しかも今“ローゼリア様からのせっかくの申し出”って言った?言ったわよね?
 て言う事は何ですか?私はローゼリア様から温情を側って事ですか?
 もう……頭に来たわ……!!

 「エリオ」

 シルフィーラの怒気を孕んだ声音がエントランスへ響くとエリオと侍女はビクッと身体を震わせた。
 (ビクつくくらいならこんな所で人の悪口なんて言ってんじゃないわよ……!!)
 エリオは姿勢を正しシルフィーラに向き合った。侍女はエリオの背中に隠れるようにして下を向いている。

 「シルフィーラ様、何の御用でしょうか?」

 「馬車を用意して下さい。アルヴィアの家に帰ります。」

 「そ、それは……」

 「理由はあなた方が一番よくわかってるでしょう。今回の事……父上にもよく申し上げておきます。私は今後一切ベルクール家とは関わりたくないと。」

 しかしエリオは首を横に振る。

 「それはお止め下さい!!」

 「なぜです?あなた方は私を……いえ、私達家族を騙したのです。報告するのは当然の事でしょう。」

 自分が結婚を前提にベルクール領を訪れている事は社交界で既に知れ渡っている。それならば破談になった責任の所在をはっきりしておかなければアルヴィア公爵家にも泥を塗る事になってしまう。
 本当はもっと言い返したい……それとも小娘を言い負かしたいとでも思っているのだろうか。エリオの顔は悔しげに歪んでいる。

 「私の一存ではできかねます……旦那様の許可がありませんと……!」

 「なぜ許可がいるのです?私はアルヴィア公爵家の者です。あなたの主人の許可など必要ありません。」

 「待って下さい」

 その時だった。自分の頭の上から降ってきた声にシルフィーラは驚いて振り向いた。
 そこには来るはずないだろうと思っていたフェリクスの姿があった。
 


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