婚約者の恋人

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 通常縁談の申し込みはしかるべき人物を介して相手の釣書が届けられるのが一般的だ。
 それなのに申し込む本人が父親のところにまで頭を下げに行くなどと、余程の事が無い限りは有り得ないだろう。
 それなのにベルクール辺境伯ことフェリクス・ベルクールは自らアルヴィア公爵の元を訪れた。しかもわざわざベルクール伝統の正装で。
 
 『どうかシルフィーラ嬢を私の妻に迎える事をお許し下さいませんでしょうか。我が生涯をかけて守り必ず幸せにすると誓います。』

 突然現れた北方の地を守る辺境伯の思ってもみなかった願い事にアルヴィア公爵も面食らった。
 (シルフィーラが辺境伯の妻に!?)
 ベルクール家は代々国防の要所である北方の地ベルクールの統治を任される名門だ。そしてフェリクスの父である先代ベルクール辺境伯とは旧知の仲だった。
 いつもだったら門前払いを食らわすところだが、そんな理由もあってこの申し出を無下にも出来ず、アルヴィア公爵はしばらくの間考え込んだ。
 (都会育ちのシルフィーラにベルクールでの生活は無理だろう……しかし……)
 
 「なぜシルフィーラなんだい?君ほどの男なら結婚相手には困らないだろう。」

 「いえ……自分は戦ってばかりの無骨者です……。ですからこのお話も断られて当然の事と思っています。」

 「それならばなぜ?」

 誇り高き戦士である彼がなぜ無謀と知りつつ頭まで下げるのか。しかも守るべき民のためでも己の信念のためでもない。直接言葉を交わした事すらない女のために。
 どうやって断ろうかとばかり考えていたアルヴィア公爵に純粋な興味が芽生えた。

 「それは……その……」

 しかしフェリクスは気まずそうに口ごもる。何か言えない理由があるのか。それとも望んでいるのはシルフィーラという一人の女性ではなく“公爵家の娘”なのか。返答次第では今後の彼への評価も変わる。
 アルヴィア公爵はじっと答えを待った。
 そしてしばらくしてフェリクスは口を開いた。それも見ているこちらがびっくりするほど顔を真っ赤に染めて。

 「どうか笑わないでやって頂きたいのですが……。」

 「あ、あぁ。大丈夫かいベルクール卿?」

 よく見ると首まで真っ赤だ。
 言葉を交わした事は少ないが、彼が王都へ出てきた時はよく顔を合わせた。口数は少なくたとえ宴の場といえど常に気を張り冷静に周りを観察するその態度には感心したものだ。
 隣国と接するベルクール領の力は大きいがそれだけ危険と隣り合わせでもある。過酷な戦場に幾度も身を投じ数々の死線をくぐり抜けて来たこの男が、シルフィーラの話を振られて少年のように顔を赤く染め、目元口元は優しく緩んでいる。
 これはもしかしたら本当に本気でシルフィーラを想っているのかもしれない。

 「その……詳しい理由はまずシルフィーラ嬢にだけ聞いて頂きたいのです……ですから今はまだ……」

 「……君はシルフィーラを愛しているの?」

 アルヴィア公爵は真剣な表情でフェリクスに向き合う。これでも数多の政争を生き抜いてきた身だ。真実かそうじゃないかくらいは顔を見ればわかる。
 公爵の言葉に落ち着きを取り戻したフェリクスは胸に手をあてた。それはこれから答える事に嘘偽りが無いと言うこの国の騎士の誓いのようなものだ。

 「私はシルフィーラ嬢を愛しています。この気持ちに嘘偽りが無い事をここに誓います。」

 これは駄目だ。本当に本気だ。
 これほどの男にこんな事を誓わせて自分は何もせず逃げる訳には行かない。
 しばらくして公爵は諦めたように弱々しい溜め息をついた。

 「私は娘に甘くてね。」

 「存じ上げております。」

 「シルフィーラの気持ちを一番に考えてやりたいんだ。」

 「仰る通りです。私も無理を強いるつもりはありません。」

 「それに危険因子は排除してもらいたい。娘を物騒な土地へやりたい親などどこにもいないからね。」

 「わかりました。では我がベルクール領が安全であるという事を必ずや閣下に示してみせます。」 

 「……うむ。ではそれが済んだ後になるが……いきなり結婚がどうこうという前に、まずは共に過ごしてみるのはどうだろう。預かってくれるかな?うちの大事な娘を。」

 「はい!!」

 「ふふ……」

 余程嬉しいのだろう。子供のように目が輝いたフェリクスを見て思わず公爵は笑ってしまったのだ。


 *


 「そして約束通りベルクール卿は自領の安全を国内に示して見せた。外敵の危険性だけじゃない。中央行政の手の届かない地方貴族の管理までね。彼は口先だけの男じゃない。だからシルフィーラは大丈夫さ。」

 しかし今の話を聞いても尚二人の兄は納得出来なかった。

 「ならこの目で確かめて来る。なぁアベル。」

 「たまには良い事言うねカイン。僕もそう思ってたんだ。」

 「……頼むからフェリクス殿に迷惑だけはかけるなよ。」

 父は最後まで反対したが、妹の事になると盲目になる息子達を止める事はできなかった。
 こうしてカインとアベルはベルクール領へ向けての旅支度を始めたのだった……




 
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