婚約者の恋人

５

　部屋に戻った後も気持ちは落ち着かなかった。セイラに話そうかとも思ったが、自分ですら未だに混乱しているこの状態で、さっき目にした出来事のすべてをきちんと説明する自信もなかった。
　セイラの用意してくれたお茶を飲み、ようやく気持ちが落ち着いた頃執事のエリオがやって来た。
　なんと今夜フェリクスがシルフィーラの部屋へ挨拶に来ると言うのだ。

　「シルフィーラ様がお夕食を終えられましたら来られるとの事です。」

　「お夕食はご一緒出来ないのですか？」

　挨拶に来ると言うのならなぜ共に夕食を取らないのだろう。彼だって食事くらいするだろうに。

　「申し訳ございません。私はそのようにしか……」

　困り顔の彼にこれ以上聞く訳にも行かず、シルフィーラはそれで納得する事にした。
　（何故なの……あの女性とは向かい合ってゆっくり話をしていたわ……それなのに結婚するはずの私とは挨拶すら……）
　胸の中の不安はどんどんと大きくなっていった。


　＊


　結局夕食はろくに喉を通らなかった。
　フェリクスが来る前に鏡の前に立って自分を見る。王家の血を色濃く継いだこの容姿を彼は気に入ってくれるだろうか。いや、この縁談は彼が望んだものだと聞いた。それならどこかで自分を見掛けた事があるのかもしれない。
　（大丈夫、大丈夫よ。だってお父様もお母様もあんなに喜んでいたじゃない。）
　それはきっと私が幸せになれるという確信があったからに違いない。
　あの女性の事もきっと何でもない。何か事情があっての事だろう。それもすべてこの後彼が話してくれるはずだ。
　シルフィーラはせっかく挨拶に来てくれるフェリクスのため、精一杯明るく振る舞おうとしていた。
　
　しかしフェリクスとの初めての顔合わせはシルフィーラの期待を大きく裏切るものだった。