婚約者の恋人

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 ベルクール邸へ来てから一週間が経った。しかし相変わらずフェリクスはシルフィーラに会いに来なかった。

 「どうなっているのかしら……」

 ここまで放置されるとさすがに不安になってくる。鬱々としていても身体に悪いと言う侍女のセイラの勧めもあって、シルフィーラは庭園を散歩する事にした。

 庭園はこれだけ広大な敷地なのによく手入れがされている。
 北方特有なのだろうか王都での暮らしでは見た事のない植物がたくさん植えられている。そして取り分け花の種類がとても多く、シルフィーラは時間を忘れてそれらに見入っていた。
 (随分長い時間散策したはずなのに全然飽きないわ)
 そう思ったその時だった。

 「まぁ、フェリクスったら!うふふ…」

 どこかから女性の朗らかな笑い声が聞こえてくる。しかし気になったのはその声よりも内容だ。
 (今“フェリクス”って言った?)
 シルフィーラは聞き間違いではないかと思ったが、その声は再び同じ名前を紡いだ。

 「フェリクスなら大丈夫よ。自信を持って?私も応援してるわ。」

 間違いない。この声の主が呼んでいるのは自分の夫になる予定の男性だ。
 (ではこの声のする方にフェリクス様がいらっしゃるの……?)
 シルフィーラはその声に引き寄せられるように進んだ。そして辿り着いたのはここに来た日廊下の窓から見えたあの建物。近くで見るとそれは丁寧に研磨された質の良い木材で建てられており、まるでここに住む者の立場を表現しているかのようだった。
 さっきの笑い声はこの建物から聞こえてくる。
 (窓でも開いているのかしら?)
 シルフィーラはそっと裏手に回る。すると大きな両開きの窓が開かれ、その中で談笑する二人の男女が目に入った。 
 艷やかな栗毛の女性が寝台の上で身体を起こし、隣に置いた椅子に座る男性に話し掛けていた。男性は品のあるダークブロンドの髪に灰色がかったブルーの瞳をしている。
 (あれが……フェリクス様……?)
 女性の表情はわからないがさっきから鈴を転がすような声で笑っているのを聞くと、男性といる事を心から楽しんでいるようだ。
 そしてフェリクスと呼ばれたその男性も、まるで慈しむような優しい眼差しで女性を見つめ、口元は柔らかく弧を描いている。
 
 「……こんな事を話せるのはローゼリア、君だけだよ。」

 その言葉を聞いた瞬間シルフィーラは来た道を振り返り屋敷に向かって駆け出した。

 (あの女性は一体誰?それにあの男性が本当にフェリクス様なのだとしたら、彼は何故私に会いに来てくれないの?)

 混乱する頭。
 そして心臓がドクドクと激しく脈打つ音で何も考えられなくなる。
 シルフィーラは何もわからぬままただひたすらに走った。



 
 
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